第54話 ちょっと痛かったな
「……バカなのかな?」
「ば、バカって言った方がバカなのじゃ!」
「それ、今日日子供でも言わないと思うけど」
怒ったように地団太を踏むメルテラに、呆れ顔をするリオン。
「じゃが、勇者リオンが死んだというなら、わらわの作ったゴーレムを倒したのは誰じゃ? お主か?」
「い、いや、私ではない」
「ならばお主の方か?」
「あ、あたしでもないわ!」
「では一体、誰なのじゃ」
フィーリアとミーナがそろってリオンを指さした。
さすがにこの流れで否定することもできず、リオンは仕方なく手を上げる。
「……僕だけど」
「なんじゃと!? どこからどう見ても子供ではないか!」
お前に言われたくない、とリオンは心の中で呟いた。
「ふむ?」
メルテラがじろじろとリオンを見てくる。
その目が強い魔力を帯びていることがリオンには分かった。
「……ほう。お主、上手く隠蔽しておるようじゃが、相当な力を隠しておるのう? わらわの魔眼を誤魔化すことはできぬぞ。くくく、ならばちょうどよい。せっかく蓄えた力。披露する相手がおらぬなど、つまらぬ話じゃ。お主には勇者の代わりになってもらうとするかのう」
代わりも何も同一人物なのだが……。
ともかく、これは面倒なことになったぞと、リオンは嘆息する。
「安心するがよい。殺しはせぬからの」
メルテラの身体から凄まじい魔力が立ち上る。
(これは……)
それを見てリオンは違和感を覚えた。
というのも、魔力の流れがあまりにも整い過ぎているからだ。
魔力というのは、常に血液のように体内を巡っている。
その循環の速さや効率といったものは、魔法の威力や発動までの時間に大きく影響し、場合によっては魔力の総量以上に重要な要素である。
生まれつき個人差があり、左右のバランスのズレや滞りやすい場所などがあったりする。
そして完璧に左右対称で完璧な目鼻立ちの顔が存在しないように、完璧な循環経路を有している人間はいない。
リオンですらそうではなかった。
だが目の前のエルフは、まるで人為的に作り出したかのように、完全に理想的な魔力の流れ方をしているのだ。
「まずはあいさつ代わりじゃ」
直後、メルテラは岩塊を出現させる。
恐らく土魔法のロックフォールだ。
しかもその数、十発。
熟練の魔法使いにしかできない魔法の多重発動だ。
合計十発もの直径一メートル近い岩塊が一斉に飛来する。
(魔法で迎撃するのはやめた方がいいだろうな。バレかねない)
リオンは現在、可能な限り魔力を抑え込んでいた。
あのエルフの持つ魔眼とやらの性能は分からないが、もし魔力を解析されたら、勇者のそれと同じ性質であることが分かってしまうだろう。
魔力には人それぞれに固有の色や波動があるのだが、今のリオンの魔力は前世とほとんど変わっていないのだ。
となると、剣でどうにかするしかないのだが、生憎と先ほどゴーレムを破壊した際にダメになってしまっている。
「まぁ、これくらいなら素手で大丈夫だけど」
リオンは迫りくる岩塊を右腕で粉砕した。
残りの九発も同じように腕や脚で破壊する。
「む、やるではないか。ならば――」
メルテラの周囲に再び岩塊が十個、現れる。
大きさは先ほどより少し大きい程度だが、しかし込められた魔力量が大幅に増加していた。
密度もまったく異なる。
恐らく威力は段違いだろう。
「これはどうじゃ!」
一撃一撃がまさに隕石だった。
それでもリオンは先ほどと同じように対処する。
「「ひぃっ?」」
粉砕した岩の破片が、凄まじい速度で顔の近くを通っていき、フィーリアたちは慌てて顔を引っ込めた。
(……ちょっと痛かったな)
リオンは少し赤くなった拳を振って痛みを逃がす。
しかし自然治癒ですぐに治るレベルだ。
「ふむふむ、まだまだいけるようじゃの。次はこれじゃ」
今度は岩の塊が百個。
「し、信じられん! なんという数のロックフォールだ!?」
「ていうか、あれもうロックフォールっていう次元じゃないわよね!?」
「リオン殿! 逃げるのだ!」
「逃げようにも逃げれないでしょ!?」
フィーリアとミーナが目を剥いて叫ぶ。
二人の常識から考えれば、理解の埒外にある光景だったが、
(……これはさすがに面倒なんだけど)
リオンは単に数の多さに辟易するだけだった。
流星群のごとく迫りくる大量の岩塊を、リオンはこれまでと同様に破壊していく。
やがてすべての岩塊が消失したとき、リオンは汗びっしょりになっていた。
岩塊が高速で空気を通過する際には摩擦熱が発生するが、それが百個ともなれば、周囲の気温が大きく上昇するのも当然のことだった。
「熱い……喉乾いた」
「「ええええっ、それだけ!?」」
フィーリアたちは思わず全力で叫んでいた。
「ほう、今のにも耐えるか。面白いのう。これならばもう少し本気を出しても構わぬの」
楽しそうに笑うのはメルテラだ。
これ以上の威力となると、さすがのリオンも素手での対応は遠慮したいところだった。
「い、今までのは本気ではなかったのか?」
「どっちもどんだけヤバいのよ!?」
「「ん……」」
双子も心配そうに見つめる中、メルテラが呟く。
「――メイド・ゴーレム」
直後、部屋の壁という壁が蠢き出したかと思うと、次々とゴーレムが這い出してくる。
どうやらダンジョンの壁を素材にして作り出したらしい。
さらにそのゴーレムたちが、
「っ!」
一斉に岩塊を生み出した。
「ゴーレムが、魔法を……?」
「うむ! これこそが打倒勇者を掲げ、わらわが開発した究極の魔法じゃ!」





