第49話 面倒なクソエルフ
その後、ゴーレムとの幾度かの戦闘を経て、リオンたちは塔の五階へと辿り着いていた。
(確かに人工物って感じのダンジョンだが……数週間で作られたとは思えないな)
塔内の構造や罠などに様々な工夫と規則性が見られ、自然のダンジョンとは明らかに違う。
そもそもダンジョンというのは、膨大な魔力によって長い年月をかけて少しずつ形成されていくものだ。
各階がそこまで広くないとはいえ、これだけの建造物をほんの数週間で作り上げるとは、並の使い手ではないだろう。
と、そのときだった。
「ぎゃぁぁぁっ! 助けてぇぇぇぇっ!」
遠くからそんな悲鳴が聞こえてきて、リオンはフィーリアと顔を見合わせた。
この塔内にいるのはリオンたちだけ。
例外がいるとすれば……。
「行ってみよう」
「ああ」
地面を蹴って、声がした方向へと走り出す。
すると一人の若い女が宙づりになっていた。
天井から伸びる二本の縄がそれぞれの足に巻き付き、そのまま吊り上げられた形だ。
両足が左右に引っ張られて大きく股を開いており、なかなか恥ずかしい格好である。
恐らくトラップに引っかかったのだろう。
さらに彼女に迫るのは、高速回転する巨大な鎌。
ちょうどその首を掻き切るような高さである。
「来るなぁぁぁっ! まだ死にたくないぃぃぃっ! どうか神様っ、助けてくださいぃぃぃっ!」
謎の女は涙目で懇願の悲鳴を上げた。
だが無情にも近づいてくる鎌を前にして自棄になったのか、
「くそっ、神様ぁぁぁっ、とっとと助けろやこらぁぁぁっ! あたしみたいな超絶美女がこんなところで死ぬなんて世界の損失でしょうがっ!? あとついでにお宝を寄越せぇぇぇっ!」
リオンは助けるかどうか一瞬迷ってしまったが、さすがに見過ごすわけにはいかないと判断。
まだ百メートル以上の距離があったが、それをほとんど一歩で走破し、彼女を拘束していた縄を切った。
「っ!?」
突然解放され、地面に落ちていく。
しかしなかなかの反射神経で、彼女は受け身を取った。
「た、助かった……? ふふふ、やっぱり神様も、あたしみたいな世界一の美女を見過ごすことはできないのね!」
どうやらかなり痛い女のようだ。
リオンが半眼を向けていると、そこでようやく気付いたようで、
「うわっ!? ちょっと、いきなりびっくりしたじゃない! って、何でこんなところに子供が? はっ、もしかして君があたしを助けてくれたの?」
「……うん」
「そうだったのね! 礼を言うわ! まぁ別に誰かの手を借りなくても自力でどうにかできたけれどね!」
そうは見えなかったが。
どうやら見栄っ張りな女のようだ。
「お礼にお小遣いをあげるわ。あたしが人に何かをあげることなんて滅多にないんだから、感謝しなさいよ」
そう言って彼女が渡してきたのは銅貨一枚だった。
どうやらケチな女のようだ。
「そうそう、まだ名乗ってなかったわね。あたしはミーナ! 人呼んで、美人過ぎる最強お宝ハンターよ! 畏敬の念を込めてミーナ様と呼んでもらって構わないわ」
年齢は十七、八といったところだろうか。
美人過ぎるかどうかは分からないが、確かに整った容姿ではある。
ただそれ以上に言動の端々から残念さが滲み出ていた。
「それにしても、もしかして君もお宝ハンター? よくここに入れたわね。でもそれはあたしのお陰よ。だってあたしがエルフたちから鍵を盗んで、入り口を開けてあげたんだから!」
やはり彼女が侵入者らしい。
自分でべらべらとしゃべってくれた。
どうやら迂闊な女のようだ。
「だけどここまでゴーレムと罠ばっかりで、お宝が一つもないのよ! 期待してたのに! つまんないお墓ね!」
「ほう。それは我らが英雄への侮辱と捉えて構わないか?」
いつの間にかフィーリアがすぐ近くまでやってきていた。
エルフの英雄の墓への無断侵入に加え、明らかな暴言を吐かれたことで、流麗な顔には青筋が浮かび上がっていた。
「え、エルフっ!?」
「ああ。エルフだ。この都市を守護する騎士団長でもある」
「ななな、何でこんなところに!?」
「それはこっちの台詞だ、この盗人!」
フィーリアが声を荒らげる。
ミーナと名乗った女は、なぜかリオンを睨みつけてきた。
「あんた、お宝ハンターじゃなかったの!? あたしを騙したわね!」
「勝手に勘違いしただけだと思うけど」
「さっきのお小遣い返しなさい!」
たった銅貨一枚なのにどこまでがめついのかと、リオンは呆れた。
「おい、今は私が話を――」
「と油断させておいて、逃げる寸法!」
突然その身を翻したかと思うと、ミーナは猛スピードで走り出した。
お宝ハンター、もとい、盗人だけあって、速い。
「貴様っ!」
「あはははっ! 追いつけるものなら追いついてみなさい! このミーナ様は美人なだけじゃなくて、足の速さも超一流なうぎゃあっ!?」
彼女の姿が汚い悲鳴とともに掻き消えた。
その場所に行ってみると、彼女は穴の中で辛うじて落下に耐えていた。
どうやら落とし穴のトラップが仕掛けられていたらしい。
穴の奥は毒々しい色の液体で満たされていた。
「あたしとしたことがまたトラップに引っかかるなんて!」
「……このまま液体の中に蹴り落としてやろうか」
「ちょっ!? さ、さっきのは冗談! 冗談だから! だから頭を踏まないでぇぇぇっ!」
「反省しているか?」
「してる! めっちゃ反省してます! もう悪口は言いません! 逃げたりもしません!」
「信用できないな。心を込めて謝罪の言葉を口にしろ」
「(……面倒なクソエルフ)」
「何か言ったか?」
「何も言ってません! 本当にごめんなさいぃぃぃっ!」
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