第48話 なんだあのスライムは
(……あれ?)
背後で魔法が発動したことに気づいて、リオンは後ろを振り返った。
そこにあるのはこの塔の出入り口となる扉で、リオンたちが通った後に閉められている。
だがその扉に、先ほどまではなかった結界が生じていた。
外にいたエルフたちの仕業かと思ったが、しかしわざわざそんなことをする理由が思い至らない。
(まぁいいか。いざとなったらどうとでもなるし)
そう結論づけ、リオンは扉から視線を外した。
塔内は侵入者を阻むような複雑な構造をしていた。
初見であれば大いに迷うはずだが、何度も調査に入っているフィーリアは正しいルートをしっかり記憶していた。
「ここは――」
「真っ直ぐだね」
「この分かれ道は――」
「左だね」
「三つある扉のうち――」
「中央だね」
「そこに罠が――」
「もう解除したよ」
もっとも、リオンには彼女の助けなど必要なかったが。
「……まさか過去に来たことがあるのか?」
「え? もちろん初めてだけど」
「じゃあ何でさっきから完璧に道順や罠を言い当てているんだ……?」
「まぁ、勘? かな」
適当に誤魔化すリオン。
と、そこへ近づいてくる影があった。
ゴーレムだ。
大きさは二メートルほど。
岩と土で作られた人型の魔法生物である。
「気を付けてくれ。このダンジョンのゴーレムは並のそれとは性能が違う」
フィーリアが注意を促す。
一般的なゴーレムは攻撃力や耐久力こそ高いものの、その重量のせいもあって、動きが鈍重で機敏さに欠ける。
歩き方も人間のそれとは違い、どこかたどたどしい。
だがここのゴーレムは違った。
スムーズな歩調で、バランスに優れている。
しかもこちらの存在を感知するや、走ることも可能だった。
今までの探索でも、フィーリアたちはここのゴーレムに大いに苦労させられていた。
英雄メルテラは土系統の魔法を得意としていたらしく、恐らく彼女が作り出したゴーレムなのだろう。
「それでいて、決して耐久力に劣るわけでもない。幸い数は少ないため、皆で協力して戦――」
「「えい」」
ズゴンッ!
フィーリアが言い終わる前に、双子がゴーレムの両足を蹴り、粉砕していた。
「――うのだが……相変わらず出鱈目な子供たちだな」
支えを失ったゴーレムが大きな音を立てて倒れ込む。
あとは足元にきた頭部を踏みつけ破壊すると、ゴーレムは沈黙した。
「「たおした!」」
嬉しそうに小走りで戻ってきた双子の頭を、リオンは撫でてやる。
(……前世だとこれくらいの性能のゴーレムは普通だったけどな)
都市の土木工事などでも重宝されていたゴーレムだが、足場の悪い場所で作業を行うにはそれなりの器用さと安定感が必要だ。
(人間のように剣や槍を扱うゴーレムもいたっけ)
痛みも恐怖も感じないゴーレムは、一定以下の戦闘力の兵士との集団戦であれば最強だ。
もっとも魔王クラスのような強敵が相手となると、ただの木偶の坊でしかないが。
『すーらもたたかうのー』
新たに現れたゴーレムに、今度はスーラが立ち向かっていく。
今のところ愚直な突進しかできないスーラだが、その威力は以前に増して凄まじいものとなっていた。
重量級のゴーレムがあっさりと吹っ飛んで、壁に叩きつけられた。
「……なんだあのスライムは?」
初めてスーラが戦うところを見たフィーリアが、唖然としながら呟く。
スライムと言えば、最弱の魔物。
なので今までただの愛玩用ペットかと思っていたのである。
実際、物好きな人間がスライムを飼っていることがある。
「そもそも柔らかいスライムがなぜこんな威力の突進ができるんだ?」
スライムの身体の柔らかさは常識だ。
その軟性によって衝撃を抑えることにより、彼らは敵の攻撃から身を護っている。
だが反面、それは攻撃のときには不利に働く。
柔らかさが仇となって、ダメージが落ちてしまうのだ。
それは実はリオンも一度、疑問を抱いたことだった。
なので以前スーラに確認したところ、
「ぶつかる瞬間に身体を固くしているみたいなんだ」
『そうなのー』
恐らく器用さが上がったことが影響しているとリオンは見ている。
他にも触手を伸ばしたり、変形して槍型や星形になったりもできるようだった。
「ほら」
金属のようにカチカチになったスーラを、フィーリアに渡してみる。
実際に触ってみた方が納得できるだろう。
「~~~~っ!?」
だがリオンからスーラを受け取った瞬間、彼女の上半身が前のめりに倒れ込む。
慌てて手を離すと、ずどん、と重たい音とともにスーラが地面に落ちた。
『おとすなんて、ひどいのー』
不服そうに抗議するスーラだが、生憎と魔物使いではないフィーリアには伝わらない。
一方、フィーリアは目を見開いていた。
「何でこんなに重たいんだ!?」
「え? そうかな?」
「どう考えても重いだろう! 岩でも渡されたかと思ったぞ!」
もう一度スーラを抱えようと試みるフィーリアだが、辛うじて地面から数十センチ持ち上がる程度だ。
「確実に百キロは超えている……。しかもこの体積で……」
こんな重量のものが猛スピードでぶつかったら、ゴーレムがああなるのもおかしな話ではないと、フィーリアは思った。
「確かに、最近ちょっと重くなってる気はしてたけど……」
そう言いながらリオンは片手であっさりと持ち上げてしまう。
「……どう考えても一番おかしいのは貴殿だがな」
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