第41話 うち普通に生きとるやん
アンリエットは信じられない光景を目の当たりにすることとなった。
「ヴァンパイアロードが……」
彼女が手も足も出なかった吸血鬼の王が、一人の少年に圧倒されているのだ。
少年の名はリオンと言った。
伝説の勇者と同じ名だ。
「まさか、これほどとは……」
少年の実力を少しは知っているつもりでいた。
すでにAランク冒険者である自分を凌駕し、下手をすればSランク冒険者クラスかもしれないと考えていた。
だがそんなこの少年でも、さすがにヴァンパイアロードには敵わない――
まったくの見当違いだった。
そもそもSランクどころではない。
そんな次元ですらない。
かつて魔王がいた時代には、Sランクを超える冒険者たちが何人もいたという。
SSランク、あるいはSSSランクといった、まさしく人外の領域に到達した存在。
この少年は間違いなくそれだ。
「ああああああああっ!? もうやめてくれぇぇぇっ!? 殺してくれっ! 早く殺してくれぇぇぇっ!」
なぜか真っ黒い色の炎に呑まれたヴァンパイアロードが、ついにはそんな悲鳴を轟かせ始めた。
「なんですか、この炎は……ていうか、あのヴァンパイアロードが死にたがってるんですけど……」
やがて夜の王は完全に焼き尽くされてしまった。
すでに他のヴァンパイアたちは倒されているので、これで彼らを全滅させたことになる。
「助かった、のですか……?」
たった一人の少年の活躍により、この街は救われた。
未だ驚愕の中にあったが、アンリエットはひとまずほっとして息を吐く。
しかしすぐにその心が沈痛の想いに落ちていった。
「カナエ……」
ヴァンパイアロードに血を吸いつくされた彼女はすでに助からないだろう。
そのときリオンが遺体へと近づいていった。
「リオンくんっ、見ない方がっ」
少年にはショックが強すぎるだろうと、アンリエットは反射的に声をかける。
だがリオンはまったく動じる様子もなく、遺体の傍に立つと、
「――リヴァイヴ」
次の瞬間、すべての闇を打ち払うほどの光が弾けた。
やがてそれが収まったとき、カナエの身体が元に戻っていた。
「ん……? なんや……?」
それどころかすぐに目を開けた彼女は周囲をきょろきょろと見渡して、
「もしかしてうち、酔ってこんなとこで寝とったんか? しかも変な夢見取ったわ~」
まるで何事もなかったかのようにそんなことを呟いている。
「……そ、蘇生魔法!?」
少年が使った魔法の正体に気づき、アンリエットは愕然とするのだった。
さらに彼女の脳裏を過ったのは、幼い頃から憧れた伝説の存在の逸話だ。
勇者リオン=リベルト。
彼はたった一人で魔王を倒したが、そんな偉業を成し得たのは、四つの系統の最上級ジョブを極めていたからだという。
剣士系統の【剣聖】
魔術士系統の【大魔導師】
盗賊系統の【盗賊王】
治癒士系統の【聖者】
そしてこの規格外の少年も、アンリエットに勝る剣技に、カナエ以上の魔法、ティナを超える索敵能力、さらには究極の回復魔法と言われる蘇生魔法まで――
「まさか…………いえ、さすがにそれはありませんね……」
あまりに荒唐無稽だと、自身の想像をすぐに否定するアンリエット。
「アンリ、そんなとこで何しとるん?」
「……何をしている、ですって?」
「へ? ちょっ、アンリ?」
「何しているじゃないでしょうっ!」
暢気に声をかけてきたカナエに、未だ整理のつかない色んな感情が爆発し、つい声を荒らげてしまった。
「何で勝手に死んでいるんですか! どうしようかと思いましたよ!」
「死んで? え? じぶん何言っとるん? うち普通に生きとるやん」
「死んでたんですよ! 生き返っただけで!」
「いやいや、んなわけあらへんやろ?」
「あるんです! ばかーっ」
「アンリ!?」
いきなり涙目で抱き着かれ、当惑するカナエ。
その後、彼女は泣きじゃくるアンリエットを朝まで慰める羽目になったのだった。
「……仲間外れ」
遅れて合流したティナが自虐的に呟いた。
一方その頃、アンリエットたちの元を離れ、リオンは街中を回っていた。
「被害自体は大したことなさそうだな」
元々ヴァンパイアは血を吸うことが目的だったこともあり、死傷者はほとんどいなかった。
さらにヴァンパイアたちが全滅したことで、眷属からも解放されている。
「さて、後は、と」
リベルトの街から少し離れた森の中にある洞窟。
そこに一匹の蝙蝠が飛び込んできた。
その蝙蝠は人の姿になると、中にいた仲間たちに告げた。
「大変だ……! みんな、みんなやられてしまった……!」
その言葉に、洞窟の中にいた者たちが愕然とする。
「う、嘘だろう……?」
「ロードは? ロードへの進化はできなかったのか?」
「進化は成功した……だが……ロードは……ロードも人間に殺されてしまったんだ……」
「「「なんだって!?」」」
彼らは一様に項垂れた。
「まさか、ロードが破れるなんて……」
「また長い不遇の時を過ごさねばならないのか……」
と、そのときだった。
「やっぱりな。百年前もこうして戦力の一部を残しておいたのか」
「「「っ!?」」」
突然の闖入者に、彼らは一斉に肩を跳ねさせる。
だがその正体が人間の子供と知り、
「なんだ、子供ではないか」
「自ら我らの住処に立ち入るとは愚かな」
「死んだ同胞たちの弔いとして、貴様の血を吸いつくしてくれよ――ぎゃあああっ!?」
少年がどこからか取り出した聖水をいきなり浴び、洞窟内に絶叫が反響した。
「聖水だけでこのダメージか。レッサーヴァンパイアって弱いんだな」
そう冷静に呟くのはもちろん、リオンである。
前世で生き残りのヴァンパイアを出してしまった反省から、今度は確実に全滅させようと彼らの拠点を探っていた。
そのため、あえて一体のヴァンパイアを殺さなかったのだ。
そうして後を付けてきたのだった。
洞窟内には二十体ほどいるが、その大半がヴァンパイアの劣等種であるレッサーヴァンパイアのようである。
脆弱な種族だが、放っておくとまた進化してしまうだろう。
「こいつらは回復力も低いし、二人でもちゃんと仕留められるぞ」
「「ん!」」
先ほどのヴァンパイア戦ではあまり出番がなかったからか、双子はやる気満々だ。
「「「ぎゃああああああっ!」」」
洞窟内にレッサーヴァンパイアたちの断末魔の叫びが響き渡った。
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