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第39話 夜の一族を統べる帝王なり

 そのヴァンパイアは悠然と夜の闇を背負いながら、静かに語り出した。


「百年前、当時のロードが倒され、我ら夜の一族はその力の大半を失った。レッサーヴァンパイアという、人間にすら劣る劣等種に成り下がってしまったのだ。……だが獣の血を吸って辛うじて生き延び、長き雌伏の時を過ごしてきた」


 長い年月を経て、レッサーヴァンパイアの中からヴァンパイアへと進化する者が現れた。

 しかし少数では人間に勝てず、見つかればすぐに狩られてしまうだろう。

 ゆえに彼らは慎重に、少しずつその歩みを進めていった。


 やがて彼らの多くがヴァンパイアとなった。

 中にはアークヴァンパイアへと進化する者も現れた。

 そうして血への渇望が強くなったが、彼らはそれを懸命に堪えた。

 餌となる人間を少しずつ手に入れては、その限られた血を大切に啜りながら、時間をかけてゆっくりと力を蓄えていったのだ。


「そうしてついに我らはこのときを迎えた! 今ここに新たなロードが誕生したのだ!」


 夜の闇を斬り裂くように、そのヴァンパイアは高らかに告げる。


「そう! 我こそはヴァンパイアロード! 夜の一族を統べる帝王なり!」


 喜悦の声で嗤う夜の王。

 一見すると隙だらけではあるが、アンリエットは踏み込むことができなかった。


 そこでようやく彼女はそのヴァンパイアが何かを抱えていることに気が付いた。


「……カナエ?」


 すぐに分からなかったのは、その姿が普段の彼女とは似ても似つかなかったからだ。

 ヴァンパイアが手を離すと、どさりと地面に倒れ込む。

 その音は酷く軽く、まるで抜け殻のようだった。


「カナエっ!? 返事をしてくださいっ! カナエっ!」


 必死に呼びかける。

 もはやそれに意味がないことを頭では分かりながらも、感情的には受け入れられなかった。


「死んでしまったか。少々吸い過ぎてしまったようだな。だが光栄に思うがいい。なにせロード誕生の糧になることができたのだ」

「っ……」


 瞬間、アンリエットの中で何かが切れた。

 恐怖や圧倒的な力の差を忘れ、仲間をやられた怒りの感情が胸を支配する。


「……許しませんっ!」


 地面を蹴り、ロード目掛けて単身で突っ込んでいく。


「ククク、貴様もなかなか美味そうな血をしているではないか。ロードとなった祝い血としても悪くなさそうだ」


 余裕綽々でそれを迎えるヴァンパイアロード。

 アンリエットは一気に肉薄すると、渾身の斬撃を繰り出す。


 ぶんっ。


 だが彼女の剣は空を切った。

 ロードは完璧に間合いを見切り、一歩下がるだけで躱して見せたのだ。


「はぁっ!」


 その程度のことなど想定内だ。

 アンリエットはすかさず追撃を放つ。


「ククク、当たらないな?」

「くっ!」


 幾度となく斬りつけるが、悉く空を切ってしまう。

 当然ながらアンリエットは全力だ。

 なのにヴァンパイアロードは、まるで子供でもあしらっているかのような余裕の笑みを浮かべていた。


(ここまで力の差があるとは……っ!)


 隔絶した力量の違いに、絶望すら覚えるアンリエット。

 だが、


「これならどうですっ!」

「っ?」


 アンリエットは懐から液体の入った瓶を取り出し、それを思い切りぶちまけた。

 さすがに飛び散る液体を回避することはできなかったようで、ヴァンパイアロードの身体を濡らす。


「まさかこれは……」

「聖水です!」


 彼女が振りかけたのはヴァンパイアを弱体化させる聖なる水だった。

 恐らくこの聡明な吸血鬼に対し、同じ手は使えないだろう。

 最初で最後のチャンスを逃すまいと、アンリエットは乾坤一擲の一撃を繰り出した。


 次の瞬間、彼女の剣はヴァンパイアロードの手のひらで受け止められていた。


「なっ」

「残念。そもそもこの程度の斬撃では我を斬ることはできない。あえて躱して遊んでいただけだ。それと一つ聞きたいのだが、ロードである我に聖水などが本当に利くと思っているのかね?」

「そん、な……」


 アンリエットは言葉を失う。

 それでも反射的に後ろに飛び下がっていた。


 もし自分が血を吸われ、眷属化されでもしたらお終いだ。

 どうにか時間を稼ぐことができれば、他の上級冒険者が加勢してくれるかもしれない。


 今にも潰れそうになる戦意を、そうやってどうにか奮い立たせたときだった。


「もしかして血を吸われることを警戒して逃げたのか? ククク、生憎とロードとなった今、人間など吸血などせずとも操ることが可能だ。――跪け」

「っ!?」


 気づけばアンリエットは地面に膝をつき、深々と首を垂れていた。


「わ、私は……何を……?」


 すぐに立ち上がろうとするも、身体が言うことを聞かない。


「抗おうとしても無駄だ。貴様はすでに我の術中にある」


 と、そのときアンリエットの元へ駆けてくる複数の人影があった。


「ああ! あそこにいらっしゃるのはアンリエット様だ!」

「Aランク冒険者の!? た、助かったぞ!」

「アンリエット様っ!」

「た、助けてください!」


 どうやらヴァンパイアから逃げてきた人たちらしい。


「だ、だめ、です……っ! こっちに来ては……っ!」


 必死に呼びかけようとするが、しかし声がほとんど出ない。

 やがて彼女は囲まれていた。


「アンリエット様!」

「お願いです!」

「死にたくない!」


 そう訴えかけてくる人々に対し、


「そいつらも餌だ。捕まえろ」


 ヴァンパイアロードは無慈悲な命令を下した。


 次の瞬間、アンリエットの拳が中年男性の腹を打っていた。

 さらに若い女性に蹴りを見舞うと、老人の首を掴んで締め上げる。


「アンリエット様!?」

「な、何をっ!?」


 予想外の蛮行に彼らは目を剥く。


(こんなっ……こんなことが……っ!)


 こんな理不尽があるだろうかと、アンリエットは慄然とする。

 戦うことすらできず、それどころか敵の手先となって愛すべき領民たちに手を出してしまったのだ。


 ヴァンパイアロードは愉快そうに嗤いながら近づいてくる。

 他ならぬアンリエットの手で逃げることができなくなった人たちが、恐怖の声を上げた。


「安心するがいい。我らは貴様ら人間を殺す気はない。それどころか繁殖を推奨し、大切に生かしてやろう。なぜなら我らの食糧だからな。貴様らも家畜は大切にするだろう? それと同じことだ」


 そこへ街中に散らばっていたヴァンパイアたちが次々と集まってきた。

 四体のアークヴァンパイアに、百体近い数のヴァンパイアたち。

 ロードの誕生を察知した彼らは、それを祝うため、いったん街の占領を中断したようだ。


 彼らはヴァンパイアロードを取り囲むように膝をつき、一斉に頭を下げた。

 元々はロードの地位を争っていたアークヴァンパイアたちだったが、こうして王が決まった以上、その心は忠誠の念に支配されていた。


「我こそがヴァンパイアロードなり」

「「「汝こそ我らが王なり!」」」


 ヴァンパイアたちが唱和する。

 ロードは満足そうに配下たちを見下ろしながら、


「すでにこの都市は我らの手中も同然。先祖たちが成せなかったことを成し遂げたのだ。しかし、これで満足する我らではない。これはあくまで通過点にすぎぬ」


 その宣言に、ヴァンパイアたちが赤い目を爛々と光らせた。


「忌々しい勇者はすでに死に、人間の中に我らを脅かす存在はいない! そして魔王もいない今、我ら夜の一族こそがこの世界の支配者となるのだ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 ヴァンパイアたちが大きな歓声を上げる。


 もちろん彼らは知らない。

 その勇者が転生していることを。

 その勇者がまさに今、この都市にいることを。


 ……いや、むしろもうこの場にいた。




「おー、なんかヴァンパイアたちがいっぱい集まってんな?」


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