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第37話 まったく勝てる気がせえへんけど

「っ」


 リオンは目を覚ました。


 眠ってからまだ三十分くらいしか経っていない。

 リオンは体感時計でそう理解しつつ、魔法で明かりを灯すとベッドから起き上がった。


「「……?」」

『どーしたのー?』


 その拍子に眠っていた双子とスーラも目を覚ましたようだ。


 そのとき廊下の方からガタガタと物音が聞こえてくる。

 何かが暴れているような音だ。

 さらに男が叫ぶような声も混じっていた。


 リオンが廊下に出ると、そこで宿の娘のルルカと出くわした。

 彼女もこの物音に気づいたのだろう。

 料理の仕込み中だったのか、エプロン姿だ。


「ぼ、冒険者くん? 今の音って……」

「危険だから来ない方がいい」

「え?」


 リオンは音の発生源である部屋のドアを開こうとした。


「鍵がかかってるな」


 構わず力任せにドアノブを回して、鍵を破壊。

 そうして中に入る。


 そこにいたのは二人の男だった。


 一人はこの部屋を借りていた青年であり、リオンと同じ冒険者だ。

 確かランクはまだDだったか。

 それが今はぐったりとした様子で床に倒れている。


 そしてもう一人、青年の傍に悠然と立つ男がいた。

 口の周りに付着した血を長い舌でぺろりと舐めとりながら、リオンを見て愉悦の笑みを零す。


「ほう、餌が自らやってきてくれるとは。なんと素晴らしい夜だろう」


 そのとき背後から息を飲む音が聞こえたかと思うと、


「ちょっ、何してるんですかっ!? うちでトラブルを起こさないでくださいっ!」


 ルルカがリオンの後ろから部屋の中を覗き込んでいた。

 危険だって言ったのにと、リオンは嘆息しつつ、


「あいつはヴァンパイアだよ」

「へ? ヴァンパイア……?」

「に、逃げるん、だっ……き、君たちも、血を吸われてしまう……っ!」


 倒れていた青年が必死の形相で告げる。

 その首には鋭い牙で噛まれたような痕が付いており、恐らくすでに吸血されてしまったのだろう。


 そこでようやくルルカも単なる客同士のいざこざではないと理解したようで、


「ヴァ、ヴァンパイアって、あの!? ひぃっ、早く逃げないとうぎゃっ」


 しかし焦ってしまったせいか、足が絡まって転んでしまう。

 そんな少女のドタバタなど気にも留めず、ヴァンパイアの注意はただリオンだけに向いていた。


「ククク、我には分かるぞ。その身体から漂ってくる濃厚な血の匂い……。貴様、ただの子供ではないな。その血を飲み干せば、我はさらにロードへ近づくことができるだろう」

「ロード?」


 ヴァンパイアは誇らしげに言う。


「そう、ロード、我らヴァンパイアの王だ。長き雌伏の時を経て、すでに我々はその一歩手前にまで近づいている。間違いなく今宵、我を含む六体のアークヴァンパイアたちの誰かが、必ずやロードへの進化を遂げるだろう」


 どうやらこのヴァンパイアは、リオンが砦で倒した通常のヴァンパイアたちとは違うらしい。

 その上位種のアークヴァンパイアのようだ。


「なるほど? そんなに変わらない気がするけど」

「……クク、そこはやはり子供か。進化した我と並のヴァンパイアの違いが分からぬとはな」


 そう言いながらも、並のヴァンパイアと同列に見られたことにイラっとしたのか、アークヴァンパイアの頬はぴくぴくと引き攣っていた。


「なんでもいいけど……生憎とお前に飲ませてやる気はないな」

「っ!?」


 次の瞬間、リオンは一気にアークヴァンパイアとの距離を詰めていた。

 アイテムボックスから素早く剣を取り出すと同時、斬撃を見舞う。


 アークヴァンパイアは咄嗟に後方に飛び下がって躱そうとしたが、遅い。

 リオンの剣がその胸をざっくりと斬り裂いた。


「ガァァッ!? ば、馬鹿なっ……この我がっ!?」


 愕然とするアークヴァンパイア。

 しかもその傷は剣に付与された不死殺しによって癒えることがない。


「なぜ傷が回復しない!? くっ、お前たちっ!」


 直後、アークヴァンパイアのマントの中から四体の蝙蝠が飛び出してきた。

 そしてヴァンパイアへと姿を変える。


「後ろの子供を狙え!」


 ヴァンパイアたちが狙ったのはアルクとイリスだった。


「「えい」」

「「「ぶごっ!?」」」


 だがあっさりと蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「は?」


 予想外の状況に硬直するアークヴァンパイアへ、リオンは無造作に接近して追撃を見舞う。


「ガァッ!?」


 不死殺しの剣によって心臓を貫かれ、アークヴァンパイアの身体が崩れていく。


「ク、ククク……まさか、我を倒すとは……。だが、貴様ではロードは倒せぬ……。夜会はすでに始まっているのだ……。我以外のアークヴァンパイアたちがロードとなり、貴様を……」


 死に際に何やら長々と語り出したが、リオンはさっさと踵を返した。

 別に聞き届けなければならない道理はないだろう。

 もちろんそこらに転がっているヴァンパイアたちにとどめを刺すのは忘れない。


 すでにだいたいの状況は理解した。

 この上位種の話によれば、今頃、街は大変なことになっているだろう。

 実際、窓の外から悲鳴が聞こえてきていた。


「え? ぼ、冒険者くん!? ヴァンパイアは!?」

「倒した」

「倒した!? って、どこ行くのっ!?」

「ヴァンパイア狩り。みんなを起こして、地下の倉庫にでも隠れてて」


 まだ廊下でわたわたしていたルルカにそう言いおいて、リオンは夜の街へと飛び出した。




    ◇ ◇ ◇



 リオンがヴァンパイアと戦っていた、ちょうどその頃。

 リベルトでも随一の繁華街にある酒場で、カナエは一人飲んでいた。


「もう飲めへーんわ~、ひっく」

「飲まなくて結構。毎度毎度あんた飲み過ぎよ」


 そう窘めるのは、この酒場を切り盛りする女大将だ。

 カナエより一回り以上も年上の彼女は、しょっちゅうこの酒場に入り浸っている常連客の毎度の惨状に嘆息する。


「そんな飲んだくれてばかりいないで、良い男でも捕まえたらどうさ? 同業に誰かいないのかい?」

「冒険者なんて、どいつもこいつもごつくてむさい男ばっかやしなー。うちの好みやないわー」

「じゃあ、どんな男がいいんだい?」


 カナエは「そんなん決まっとるやろー」と酒臭い息を吐き出し、


「美・少・年っ!」


 と叫んだ。


「大人でも子供でもあかんねん。ちょうど子供から大人へと変わる頃。それが最も清く美しく尊い瞬間や……ハァハァ」

「……まったく、静かにしていれば美人なのにねぇ」


 女大将は呆れ顔で呟く。


「こりゃ、結婚なんて到底無理だろうね」


 と、そのときだった。

 突然、店内で悲鳴が上がり、客たちの視線が一か所へ集中する。


「ん?」


 カナエもぼんやりと振り返り、そして見た。

 一人の客が、別の客の首に噛みついているのを。


「コラあんた、何やってるんだい!?」


 女大将が咎めるが、カナエはすっと立ち上がって彼女を制する。


(ちょっ、なんでこんなとこに!? とにかく、どうにかせんと!)


 一瞬にして酔いが覚めていた。


「気いつけ! そいつはヴァンパイアや!」


 カナエの注意に、店内がざわめいた。


「ヴァンパイアだって?」

「どういうことだ? 絶滅したはずだろ?」

「いや待て。あの女、上級冒険者だぞ」

「じゃあ本当に?」


 半信半疑といった空気の中、血を吸われた客が崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。


「ククク、活きのいい餌がこれほど集まっているとはな。我ながらツイている」


 そう嗤いながらヴァンパイアが赤い目で周囲を見回す。


(てか、こいつ砦におったヴァンパイアとはちゃう! 遥かに強い魔力や!)


 そのことに気づいて、カナエの背筋を嫌な汗が流れる。


(まさか……ヴァンパイアの上位種!?)


 そこでヴァンパイアの視線がカナエを捉えた。


「ほう、お前は中でも特段、美味そうだ」

「っ!」


 カナエは即座に踵を返し、店の入り口へと走った。


「ククク、逃がしはしない」


 案の定、ヴァンパイアは後を追ってくる。

 どのみちこの狭い店内で戦うことはできない。

 カナエはヴァンパイアを店の外へと誘導し、そこで迎え撃つつもりだった。


「正直、まったく勝てる気がせえへんけど……」




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