第36話 内容はところどころ違うなー
冒険者たちは街へと戻ると、すぐに冒険者ギルドに報告した。
内容が内容だけに、ギルド長へと直だ。
「そ、それは本当かね?」
「はい。間違いありません」
信じられないという顔をするギルド長のディンバに、アンリエットが代表して断言する。
「だけど、ヴァンパイアなんて、誰も会ったことがないはずだろう? 何か別の魔物と間違えたのではないかね? 例えば、サキュバスとか……ほら、サキュバスだって、人を操る力を持っているだろう?」
「それはありません。サキュバスがあれほどの戦闘能力を持っているはずがないですし、何より当人たちが自らをヴァンパイアと称していましたから。だいたいサキュバスは女性型しかいません」
「失敬失敬、インキュバスの方だった。……ええと、自分たちがヴァンパイアだということで、見得を張ろうとしたとか?」
ディンバは現実を受け入れたくないのか、頓珍漢な思い付きを口にする。
見かねて口を挟んだのは、同席していた受付嬢のマリアだ。
「ギルド長、早急に認めてください。そうやってうだうだしている時間が無駄ですので」
「うだうだて……」
ともかくようやく受け入れる気になったのか、ディンバは居住まいを正すと、
「しかし、ヴァンパイアはもう君たちの活躍によって始末されたのだろう? これでもう、誘拐事件は起こらないわけだね。うん、めでたしめでたし」
「そんなはずがないでしょう」
冷たい目で上司を睨むマリア。
アンリエットが説明する。
「ヴァンパイアが彼らだけとは思えません」
「誘拐された人たちの一部しかおらんかったからな。他にも連中の拠点があって、そこに残りがおると考えるのが自然やろ」
わざわざギャングを操って人間を拉致したり、砦に隠蔽を施していたりと、慎重に動いていることが伺える。
万が一を考え、拠点を複数設けていたとしてもおかしくないだろう。
「下手をすると、報告されているより遥かに多くの人が攫われている可能性がありますね」
当然ながら報告される数というのは、全体の一部だ。
これだけ人口の多い都市となれば、人知れず拉致されてしまった人もいるに違いない。
幸いと言うべきか、彼らは吸血鬼とも呼ばれている通り、人の血を好物としている。
ゆえにすぐに殺されることはないだろう。
だが最大の問題は、彼らヴァンパイアは、人の血を吸うことで力を得て、やがて進化するということ。
「もし進化したヴァンパイアまでいたとしたら……」
最悪の事態を想定し、顔を青くする冒険者たち。
ギルド長のディンバもようやく深刻さが理解できてきたのか、
「す、すぐにこの1件は領主様に報告するとしよう」
「それなら私から伝えておきましょう。その方が早いと思います」
「それは助かるよ、アンリエット君。ではよろしく頼む」
◇ ◇ ◇
ギルドでの報告を終えた後。
ひとまず今後の方針が決まるまでは待機ということで、上級冒険者たちは解散となった。
「拠点が一個潰されたことはバレてるだろうしなー。どう動いてくるか」
現状、ヴァンパイアたちの戦力規模も何も分かっていない。
リオンとしても相手の出方を待つしかなかった。
「あ、おかえりなさい、新米冒険者くん!」
リオンがいつも泊まっている宿に戻ってくると、可愛らしい笑顔の女の子が出迎えてくれた。
彼女はこの宿の娘で、ルルカといった。
歳は今のリオンより一つ、二つだけ上といったところだろう。
「今日はどんなお仕事をしてきたの?」
「簡単に言うと、誘拐事件の調査かな。犯人たちの拠点を見つけて乗り込んできた」
「ふふふ、偉いねー。君はもう立派な冒険者なんだねー」
ルルカは笑ってリオンを褒めるが、実は内心では、
(また出任せ言っちゃって、ほんとかわいいなー)
と思っていた。
(さすがに冒険者なのは本当だと思うけど、やってる仕事はたぶん薬草の採取とか、人やペットの捜索とか、そんなところだよねー)
小さな頃から両親の手伝いで大人の客を相手にしてきた彼女にとって、年下の男の子の吐く嘘なんて丸分かりだ。
けれど分かっていても野暮な指摘はしない。
少年の小さな矜持を傷つけないためにも、大人な彼女はにっこり笑って受け止めてあげるのだ。
「凄いね、将来はきっと勇者リオンみたいな英雄さんだね!」
……もちろん彼女は目の前の少年がその勇者であり、何一つ嘘なんて吐いていないことなど知らない。
そのときルルカの服の袖がくいくいと引っ張られた。
見ると、少年が連れている獣人の双子が何かを訴えるような顔でこちらを見上げていた。
「あら? またいつもの?」
「「ん」」
「ふふふ、本当に好きだねー。ちょっと待っててね」
そう言いおいて、ルルカは宿の奥に走っていく。
やがて戻ってきたときその手には、一冊の本があった。
「はい」
「「っ!」」
ルルカから本を受け取り、双子は嬉しそうだ。
「後でまたカウンターに返しておいてね」
「うん、ありがとう」
リオンは礼を言って、いつも泊っている部屋へ。
部屋に入るなり、双子が早速、本を読んでほしいとせがんできた。
「そんなに気に入ったのか」
「「うん!」」
『なのー』
「スーラまで」
ベッドに腰掛けたリオンの両の太腿の上に、双子がちょこんと腰を下ろす。
もちろんスーラは定位置の頭の上だ。
そうして二人の真ん中で先ほどの本を持ってくる。
それは子供向けの絵本だった。
双子はタイトルを嬉しそうに指さす。
「「りおん!」」
『勇者リオンの冒険』。
そう、これはリオンの前世のことを描いた絵本なのである。
双子には前世のことを話していないし、単に同じ名前だから気に入っているのだろう。
「「にてる」」
なのに絵本に描かれた勇者の絵を指して、そんなふうに言ってくる。
肉体は完全に別人なので、正直まるで似ておらず、当の本人でも「そうか?」と首を傾げるしかないのだが。
ともかく、リオンはまだあまり文字を読めない双子のために読み聞かせをしてあげる。
言ってみれば自伝なので、なんだか奇妙な感じがあった。
何よりやたらと勇者を賛辞する言葉が並んでいるのである。
それを自分で読むというのは、なかなか恥ずかしいものがあった。
「「わくわく」」
それでも双子が楽しんでいるので我慢して読み進めていく。
(内容はところどころ違うなー)
恐らく書き手が想像して書いた部分があるからだろう。
例えばその出自だ。
赤ん坊の頃、天使によってとある名家の夫婦の元へと運ばれてきたことになっているのだが、実際にはそうではない。
前世のリオンは田舎の貧しい村の生まれである。
もちろん天使に運ばれてなどいない。
「そうしてついに勇者リオンは魔王の元へと辿り着きます。魔王は恐ろしい姿をしていました。獅子の頭に、熊の身体。尾は大蛇です」
「「がくぶる」」
(そんなキメラじゃなかったけどなー。見た目は人間、いや、大きいから巨人族って感じだったし)
魔王の姿を見たことがあるのは勇者であるリオンだけだったので、これも想像で書いたに違いない。
「激闘の末、勇者はついに魔王を倒し、世界に平和が訪れました。めでたしめでたし」
「やった」
「すごい」
ルルカが持っていたこの絵本を知ってから毎晩の日課になっており、もう何度も読んでいた。
なのに読み終わると、二人は目を輝かせて小さな手で拍手をする。
『りおん、つおいのー』
スーラも頭の上で二本の触手を操って、ぺちぺち音を鳴らしていた。
「さて、そろそろ休まないとな」
「「ん」」
◇ ◇ ◇
漆黒の闇に支配されたそこに、幾つかの人影があった。
この暗さでは人間の目で見ることができないだろうが、彼らの背には蝙蝠のような翼が生えており、肌は青白く、そしてその目は血のように赤かった。
彼らはヴァンパイア。
だが並みのヴァンパイアではない。
人の血を吸い、進化した上位種。
アークヴァンパイアだった。
そんな彼らが言葉を交わす。
「拠点の一つが人間どもに見つかったか」
「だが、むしろちょうどいい」
「そう。ほんの少し予定が早まっただけだ」
「ああ、すでに我らは十分な力をつけた」
「時は来た」
「夜の支配者――我らが王、ロード復活の時が」
「「「さて、夜会を始めようではないか」」」
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