第35話 死んだふりをしても無駄だよ
「うん。犯人はこの中にいるよ」
「「「こ、この中にっ!?」」」
リオンの言葉に驚く冒険者たち。
お互いに疑心暗鬼の目を向け合う中、リオンは、
「ファイアランス」
天井に向かって炎の槍を放った。
『『『ッ!』』』
炎が突き刺さり、石の天井が真っ黒に焦げる。
それと同時に、複数の小さな影が四方に飛び散った。
「鳥?」
「いや、蝙蝠だ!」
その小さな影の正体は蝙蝠だった。
全部で五匹ほどいる。
慌てて逃げようとするが、そうはさせまいとリオンは再び炎の槍を放つ。
蝙蝠は懸命に躱そうとするも、何体かが槍の直撃を受けた。
「「「ぐあああっ!」」」
次の瞬間、燃え上がる炎の中から悲鳴が聞こえ、何かが地面に落下してくる。
「なっ!」
「人間!?」
リオンは「違うよ」と否定する。
よく見ると彼らの背には蝙蝠のような翼が生えていた。
それに肌が青白く、口からは牙らしきものが覗いている。
さらにその目は血のように赤かった。
「まさか、ヴァンパイアか!?」
「う、嘘だろっ?」
「ヴァンパイアが生き残っていたなんて……っ!?」
冒険者たちは目を剥いて驚く。
ヴァンパイアはアンデッドモンスターの一種だ。
人型で知能も高く、人間の血を吸って生きることから恐れられている魔物である。
さらに血を吸った人間を自らの眷属とし、操ることができるとされていた。
だが彼らはすでに絶滅したとされていたのだ。
「つまり、ギャングたちを操っていたのはヴァンパイアで……」
「人間を浚っとったのは血を吸うためってことか?」
「衝撃」
長らく目撃情報すらなかった魔物が、ギャングを使って人々を誘拐――いや、拉致していた。
目的は人身売買などではなく、吸血のためだろう。
しかもギャングを操ることで、自分たちの存在を完全に隠蔽していた。
その恐ろしい事実に、アンリエットたちも驚きを隠せない。
先ほど炎の槍を回避した蝙蝠たちもその姿を現した。
全部で五体ものヴァンパイアが冒険者たちと対峙する。
「人間の分際でよくぞ我らを見破ったな」
「いかにも、その男どもを操っていたのは我らだ」
正体がバレたにもかかわらず、彼らに動揺している様子はない。
逆に多勢の冒険者側が緊張の面持ちで後ずさった。
「ヴァ、ヴァンパイアって確か、一体でも災害級と言われてたよな……?」
吸血することで仲間を増やすという厄介な能力もあり、ヴァンパイアたった一体でも災害級として認定されていた。
それが五体いることの脅威を、熟練の冒険者たちに理解できないはずがない。
「だが戦闘力自体は大したことねぇって話だ! 眷属のギャングどもを捕らえた今、むしろチャンスだ!」
一人の冒険者がそう声を張り上げた。
その叱咤に、冒険者たちは気勢を取り戻す。
「そうだ! こっちには十分な戦力がある!」
「ここで全員まとめて始末してやれ!」
ヴァンパイアたちが嗤った。
「ククク、我らも随分と甘く見られたものだな?」
「「「速っ!?」」」
五体のヴァンパイアが残像を残す速度で一斉に四散し、冒険者たちに襲い掛かった。
その速さに反応できたのは、アンリエットたち一部の冒険者だけだ。
「ハハハ、君も我が眷属となるがいい」
「ひっ!?」
何人かがあっさり背後を取られ、その首筋に鋭い牙を突き立てられ――
ガキンッ!
「「「え?」」」
肌を突き破るはずだったヴァンパイアたちの牙が弾かれた。
中にはその拍子に牙が欠けた者もいるほどだ。
まったく予想していなかった手応えに、彼らは呆然とする。
「ど、どういうことだ……っ?」
「なぜこんなに硬い!?」
「我が牙がぁぁぁ……っ!」
リオンが種明かしする。
「そうくると思って、あらかじめ防御魔法をかけておいたんだ。これで血を吸うこともできないし、操ることもできないよ」
「「「防御魔法だと!?」」」
ヴァンパイアたちが声を上げる。
「我らの牙は鋼鉄にすら穴を開けるのだぞ!?」
「防御魔法をかけた程度で防げるはずがないっ!」
予期せぬ事態に今度こそ狼狽えるヴァンパイアたち。
実は彼らは敏捷度こそ高いが、腕力や耐久性はそれほどでもないのだ。
少数ということもあり、まともにぶつかれば万一もあり得る。
だからこそ速攻で何人かの冒険者を支配下に置くことで、一気に蹴りをつけようと考えていたのだが、その作戦が完全に防がれてしまった。
「見た目に騙されるな! 先程も我らに気づいたのはこの子供だ!」
「ともかくこの子供を最初にヤれ!」
彼らはリオンを最大の脅威と見たらしい。
五体同時に躍りかかる。
その判断は正しかったと言えるだろう。
相手が規格外だという点を除けば。
次の瞬間、ヴァンパイアたちは全身を斬り裂かれていた。
「「「ぐあぁっ!?」」」
明らかな致命傷を受け、地面に倒れるヴァンパイアたち。
「ヴァンパイアを瞬殺するとか」
「……相変わらず出鱈目な強さですね」
「規格外」
呆れているのはアンリエットたちだ。
「き、斬った、のか? 今の一瞬で五体のヴァンパイアを……?」
「え? 俺には何も見えなかったんだが……?」
冒険者たちの中には何が起こったのかすら分かっていない者もいた。
「死んだふりをしても無駄だよ?」
リオンは血だまりの中で動かないヴァンパイアたちに言う。
ヴァンパイアは通常のアンデッドと違い、痛みを感じる。
だがその反面、異常なほどの自己再生能力を持っており、受けた傷がすぐに回復していく――はずだった。
「っ……な、なぜだ!? なぜ傷が一向に回復しない!?」
「我もだ! どういうことだ!?」
自分の身に起きる異変に気付いたヴァンパイアたちが愕然と叫ぶ。
「武器に対アンデッド向けの付与をしてあるからね」
リオンは何でもないことのように言った。
(さて、どうしようか)
このまま始末することも可能だが、いなくなった人たちの行方などを知るためにも、生かしておくべきだろう。
その考えをリオンが提案すると、
「そうですね。それがいいでしょう」
他の冒険者たちもそれに同意してくれた。
もちろん全員を生かす必要はないので、適当に一体を選ぶ。
だが突然、その身体がボロボロに崩れ始めた。
「……ククク、我らを舐めるな。人間ごときに捕らわれるくらいなら死を選ぶわ!」
2019年1月26に改稿いたしました。
大まかなストーリーは同じですが、設定の練り直しに伴い、順序が入れ替わっていたり圧縮されたりしています。キャラもほぼ同じですが、一部いなくなったり名前が変わったりしました。
旧版をお読みいただいていていて、一から読み直すのは面倒!という方は、27話辺りから読めば一応つながるかと思います。





