第28話 餌になるのを受け入れないでください
アンリエットがビッグタラントラ相手に手間取っている間に、タラントラの群れが押し寄せてきた。
「くっ、ほんまに多勢に無勢やっ!」
「カナエ、後ろ」
「っ!」
背後から飛び掛かってきた子蜘蛛に、カナエは反応できない。
『えーい』
びゅーんっ!
横から突っ込んでいったスーラが、その子蜘蛛を吹っ飛ばした。
「……え?」
唖然とするカナエに『だいじょぶなのー?』とスーラが触手をふにふにさせる。
「い、今、じぶんがやったんか? た、助かったわ……」
彼女たちだけでは荷が重そうだと判断し、リオンも加勢することにした。
「二人はここで待っていろ」
「「ん」」
双子をその場に残すと、リオンは最も子蜘蛛が群れている場所へ突っ込んでいった。
「リオン君っ!?」
「ちょっ、何しとんねん!? 危ないで!?」
リオンの蛮行に息を飲むアンリエットたちだったが、次の瞬間、信じがたい光景を目の当たりにする。
「よっと」
ズバババババッ!
「「「……はい?」」」
リオンが子蜘蛛に食いつくされる未来しか予想していなかった彼女たちの口から、変な声が漏れる。
「とりゃ」
ズバババババッ!
「そいや」
ズバババババッ!
リオンが剣を一閃すると、それだけで冗談のように子蜘蛛五、六匹がバラバラになっていく。
いや、正確には瞬間的に何度も斬撃を放っているのだが、八つもある蜘蛛の目ですらそれを捉え切れていない。
仲間がやられたからか、アンリエットが相手をしていたビッグタラントラが、リオンを最大の脅威と認識して標的を変更した。
アンリエットを放置し、リオンに襲い掛かる。
「くっ! 行かせません!」
なんとかそれを抑えようとするアンリエットだが、しかし失敗に終わった。
ビッグタラントラが糸を吐き出し、まずはリオンの動きを封じようとする。
しかしリオンが剣を軽く振ると、それだけで蜘蛛の糸が簡単に斬り裂かれた。
『っ!』
驚く巨大蜘蛛へ、周辺の子蜘蛛を殲滅し終えたリオンが肉薄する。
一閃。
それだけで巨大蜘蛛の巨体が両断された。
魔物の大群をたった一人で蹂躙したばかりか、上級冒険者が苦戦する魔物を瞬殺。
アンリエットたちは立ち尽くして口をぽかんと開けた。
「こ、これは夢ですか……?」
「アンリ並みの剣捌きやんか!」
「……い、いえ、今のは私でも……難しいかも……」
「嘘やん……」
「マジ?」
Aランク冒険者であるアンリエットが自分にもできないと言ったことに、カナエとティナは言葉を失う。
「ていうか、じぶん、テイマーちゃうんか!?」
「剣もちょっとは使えるんだ」
「どこがちょっとなんですか!?」
と、そのときだ。
まだ生き残っていた子蜘蛛の一匹が、無防備な双子に襲い掛かった。
「っ、危ないです!」
やはり森に連れてくるべきではなかったのだと、アンリエットたちが戦慄する。
「「えい」」
子蜘蛛が吹っ飛んでいった。
「「「……は?」」」
アルクとイリスが、迫ってきた子蜘蛛を蹴って撃退したのだ。
こういうこともあろうかと、リオンは事前に魔物が来たらとにかく思い切り蹴り飛ばせと言っておいたのだ。
双子はそれを忠実に実行したのである。
実戦経験は皆無だが、従魔になったことで引きあがったステータスに任せれば、そこらの魔物くらい敵ではない。
「「……とんでった」」
二人とも夢中で言われた通りにやっただけなのだが、その結果に驚いている。
子蜘蛛は木の幹に叩きつけられ、無残に潰れた。
「ちょっ、なんなん今の!?」
「やはり夢でも見ているのでしょうか……?」
「可愛い上に強いロリショタ……最高か」
アンリエットたちが三者三様の驚きを見せる中、リオンは新たな敵が接近してきていることを察知していた。
(なるほど、こいつが親玉か)
やがて大木すら簡単に薙ぎ倒され、ビッグタラントラをも超える巨体が姿を見せた。
さらに二体ものビッグタラントラを引き連れている。
「こ、これはっ……まさかクイーンタラントラですか!?」
「災害級の魔物やんかっ!? しかもビッグタラントラまで……!」
「……撤退を推奨」
「もちろん撤退です! リオン君! あなたたちも――」
そのときだ。
クイーンタラントラが四方八方に広がる網目状の糸を吐き出した。
それがさながら魚網、あるいは檻のようにリオンたちを閉じ込める。
糸と糸の隙間は小さく、潜り抜けられるとしてもせいぜい双子やスーラくらいだろう。
「はぁっ!」
アンリエットが糸を斬ろうと剣を叩きつけるが、糸は大きく伸びることでその威力を吸収。
さらに剣が勢いよく押し返されて、アンリエットは後方に吹き飛ばされそうになる。
「っ! なんていう伸縮性ですかっ!」
「こんなもん、火で燃やせば……っ!」
ならばとカナエが魔法で火を放つが、
「あかん! 全然燃えへん!」
強い耐火性能があるようで、糸はまったくの無傷だ。
クイーンタラントラは再び糸を吐き出す。
それが一番近くにいたティナを捕えた。
「ティナ!」
「無念……最後にロリショタと一緒にお風呂に入りたかった……」
「あっさり餌になるのを受け入れないでください!」
アンリエットたちが慌てて救出しようとするが、強固な糸に雁字搦めにされたティナは地面を引きずられ、クイーンタラントラの口腔へ。
「させへんでっ! アイシクルエッジ!」
カナエがクイーンタラントラへ氷の刃を放つ。
しかし巨体とは思えない身軽さで回避されてしまう。
「ライトニング」
直後、閃光が走った。
ピシャァァァンっ! と激しい雷鳴。
光が収まったとき、雷の直撃を受けたクイーンタラントラは身体から煙を上げ、さらには感電してマヒ状態となっていた。
未だ糸に捕らわれたままだが、ひとまず難を逃れたティナが安堵の息を吐く。
「カナエ、助かった。けど、いつの間に雷魔法を覚えた? しかも強力」
「う、うちちゃうで!? 雷魔法なんて使えへんし!」
「え? では一体、誰が……」
三人の視線は、自然と一人の少年へと向けられていた。
「魔法も少しは使えるんだ」
「「「どこが少し!?」」」





