第25話 勇者様に祈りに来たの?
街の至るところに勇者リオンの銅像が立っていた。
銅像の前には祈りを捧げている人までいて、もはや英雄というより信仰の対象のようになってしまっている。
「あら、あなたたちも勇者様に祈りに来たの?」
「……まぁ、はい」
銅像の近くにいた中年女性に声をかけられ、リオンはとりあえず頷いた。
「その歳で偉いわねぇ。だけど勇者様の加護があればきっと将来は有望よ」
(加護て)
生憎とリオンにそんな神様のような力はない。
「わたしも毎日勇者様に祈り始めてから持病が治ったの!」
「へー、すごいやー」
きっとただの偶然だろう。
リオンは適当に相槌を打ってから、そそくさとその場を去った。
リオンが真っ先に立ち寄ったのは市場だ。
双子の服を購入するためである。
今まで着ていたものはあまりにもボロボロで、すれ違う人たちが時々憐れむような目線を向けてきていた。
市場でひとまず最低限の服を買い揃えると、今度は宿を取ることにした。
お金はかなり稼いだので、それなりに高級な宿だ。
最初は子供ばかりのリオンたちを見て店員が眉をひそめたが、ちゃんとお金があることが分かるとすぐに態度を改めた。
取ったのはバスルーム付きの部屋である。
「服を脱いでくれ」
すっかり警戒心がなくなった双子は素直に服を脱いで裸になると、買ったばかりの服に着替えようとした。
「待て待て。まず身体を綺麗にしないと」
「「?」」
不思議そうな顔をする双子だが、髪はぼさぼさで肌は泥だらけと酷い有様だった。
実はちょっと匂いもキツイ。
リオンは双子をバスルームへ強制連行すると、身体を洗ってやった。
猫の獣人らしく水が苦手なのか、最初は少し抵抗したが、それでも途中から大人しくなった。
全身の泡をお湯で流すと、タオルで拭いてやる。
「よし、服を着ていいぞ」
「「ん」」
新品の服に袖を通した双子は、さっきまでとは見違えるほどキレイになっていた。
灰色にくすんでいた髪は本来の銀の輝きを取り戻しており、肌は透き通るように白い。
よく見ると幼いながらも整った顔立ちをしており、愛くるしい大きな瞳が、鏡に映った自分たちの姿を見て丸々と見開かれている。
「そういえば二人とも名前は?」
ふと気になって問うと、双子はそろって首を左右に振った。
どうやら名前がないらしい。
聞けば奴隷商人のところにいた頃は、酷いことにオスとメスで呼ばれていたらしい。
獣人は差別されやすい種族だが、どうやら人間扱いすらされていなかったようだ。
名前がないと不便なので、リオンは二人に名前を付けてやることにした。
「お前はアルクな」
「ん!」
「お前はイリスだ」
「ん!」
男の子の方がアルク。
そして女の子の方がイリスだ。
「あるく」
「いりす」
「あるく」
「いりす」
気に入ってくれたようで、二人で無邪気に互いの名を呼び合っている。
なんだか可愛らしいので頭を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうな顔になった。
翌日、リオンは冒険者ギルドへとやってきていた。
「随分と立派だな」
バダッカのギルドよりもさらに大きくて新しい建物だ。
中に入ると、子供ばかりだということで注目されてしまう。
ただ前世で注目されることには慣れているリオンは、特に気にせず窓口へ。
双子の冒険者登録のためだ。
二人のステータスなら冒険者として十分やっていけるだろうし、ギルドカードがあれば万一のときに身分の証明になる。
「あら、可愛らしい子たち。どうしたのかしら? 何かギルドに依頼かな?」
受付嬢がリオンたちを見て、頬を緩めながらそんなふうに言ってくる。
どうやらリオンのことを依頼者だと思ったらしい。
「ううん、僕は冒険者だよ」
言いながらギルドカードを提示すると、受付嬢は目を丸くした。
「え? Dランク? 君みたいな子が? でも明らかに本物ね……」
驚く彼女へ、リオンは要件を伝える。
「この二人も冒険者にしたいんだけど。試験はいつ?」
「その子たちを? ……さすがにそれは難しいわね」
「どうして?」
聞いてみると、どうやら冒険者になるには最低限、依頼主とコミュニケーションを取れる必要があるという。
パーティを組んでいるなどの条件を満たせば、認められることもあるというが、それでも五歳かそこらの子供ではやはり難しいそうだ。
「なるほど」
納得せざるを得ない内容だったので、双子の冒険者登録は諦めることに。
代わりに何か依頼を受けることにした。
「何かいい依頼はないかな」
いったん窓口を離れ、依頼内容を書いた紙が貼ってある掲示板を確認する。
「これにしよう」
リオンはある依頼を掲示板から剥がした。
【レジーナの村周辺の調査 ランク制限:D以上】
最近、森に棲息している魔物の目撃情報が、村の近くで多発しています。原因を突き止めてほしいです。報酬:金貨三枚。
レジーナの村はここから北に三十キロほど行ったところにあるらしい。
普通なら馬車が必要な距離だが、リオンが走れば三十分ほどで付くだろう。
と、そのとき。
「おい、なんでこんなところに餓鬼がいるんだよ?」
背後から威圧的な声がしたので振り返ると、目つきの悪い青年がリオンたちを睨んでいた。
「なんでって、僕も冒険者だから」
「ああ? じゃあその獣のチビどももか?」
獣と馬鹿にされ、リオンの陰に隠れながら双子が「ぐるる」と唸った。
「二人は冒険者じゃない」
「餓鬼が餓鬼を連れて冒険とは、舐めたもんだな、オイ」
青年はリオンが持っていた依頼書を見ると、内容を確認することもなく、
「寄越せ、そいつはオレが目をつけてた依頼だぜ」
そう言って依頼書を引っ手繰ろうとしてくる。
バシンッ。
次の瞬間、大きな音が鳴って青年の腕が弾かれた。
スーラが触手を伸ばして手を払ったのだ。
「痛ってぇ!?」
青年が手を押さえて悲鳴を上げる。
『こいつぬっころすー?』
殺さない殺さない、とリオンはぷにぷにの身体を揉んでやりつつ、
「ごめんね、お兄ちゃん、うちのスライムが」
いきなり依頼書を奪おうとしたからだが、従魔の躾ができていなかったリオンにも責任がないとは言えない。
謝罪ついでに回復魔法をかけてやろうとして、
「今のこいつのせいか!? 何をしやがるッ!」
どうやらスーラの仕業だということに気づいてなかったらしい。
黙っていればよかったかもしれないと、リオンは少し後悔する。
青年が剣を抜いた。
ギルド内がざわつく。
「そのスライム、オレがぶっ殺してやる! 人間を傷つけた従魔は処分されるって決まりだからなァ!」
「処分? さすがにそれは納得できないんだけど……。そもそもそっちが不用意に手を伸ばしてきたのがいけないと思うよ」
「あんだとっ?」
「ぐ、グリスさん、困りますっ! こんなところでトラブルは……っ」
そこで騒ぎを聞きつけた職員らしき男性が慌てて駆け寄ってくるが、グリスと呼ばれた青年は怒り心頭といった様子で、
「うるせぇ! オレはBランクの冒険者だぞ! 平職員ごときが口を出すんじゃねぇ!」
まったく聞く耳を持たない。
「何をしているのですか」
「ああん? こいつがオレの腕を――っ!?」
そこへ割り込んできたのは赤い髪の女だった。
年齢は二十歳前後といったところだろうか。
受付嬢並みの端正な顔立ちながら、防具を身にまとい、腰には剣を佩いている。
どうやら彼女も冒険者らしい。
「あ、アンリエット……っ!」
2019年1月26に改稿いたしました。大まかなストーリーは変わってませんが、設定を結構いじっています。





