第22話 わるいすらいむじゃないのー
ダンジョンが何者かに攻略されたことで最大の収入源を失い、バダッカの冒険者ギルドは頭を抱えることとなった。
「くそっ! 一体誰が攻略したんだ……っ!」
苛々と机を叩き、怒声を上げたのはギルド長のボルスだ。
もし攻略者がこのギルドを拠点とする冒険者であったと判明すれば、少なくとも名声だけは得られる。
職員たちはたとえ異動することになったとしても、移動先の支部で肩身の狭い思いをせずに済むことになるだろう。
とりわけボルスは必死だった。
躍起になって攻略者の特定に乗り出している。
攻略者には多額の報酬を出すことを決定しており、すでに何人か私だと言ってくる者が現れたが、今のところ報酬目当ての詐欺師ばかりで特定には至っていない。
冒険者ならば名乗り出ないのはおかしい。
となると、攻略者が冒険者ではない可能性の方が高いだろう。
たとえそうだとしても、ボルスはその人物を説き伏せ、冒険者だということにしてしまうつもりだった。
ちょうどそこへ調査を任せていた部下がやってきた。
「失礼します。調査結果の報告に参りました」
「どうだった?」
「残念ながら未だ特定には至っていません。ですが、一つ……有力情報、と言えるか分からないものですが……」
部下は歯切れ悪そうに言う。
「なんだ? 今はどんな些細なことでもいい。言ってみろ」
「は、はい。実はですね……とある少年が攻略者なのではないかと、冒険者たちの間で噂になっていまして」
「少年?」
「ええ。まだ十二歳の少年で、つい最近、冒険者になったばかりなのですが……」
ボルスは鼻を鳴らした。
「はっ、馬鹿を言うんじゃない。十二の子供がダンジョンを攻略できるわけないだろう」
「いえ、ですからあくまで噂で……。ただ、その少年、試験では試験官を務めたCランク冒険者を倒したばかりか、最初の依頼でコボルトキングを討伐したとの記録がありまして……」
「……お、おいおいおい、なんだその冗談じみた話は?」
「しかもダンジョン前の露店で話を聞いたところ、確かにそれらしき少年がダンジョンに入るのを見たかもしれない、と……。とはいえ曖昧な感じでしたので、どれほど確かなものかは分かりません」
どうやら彼の部下は半信半疑、いや、ほとんど疑ってかかっているらしい。
だがボルスには、元上級冒険者の勘ともいうのか、その噂にピンとくるものがあった。
「すぐにそいつを連れてこい! 今すぐにだ!」
「え? は、はい、畏まりましたっ」
部下は首を傾げつつも、慌ててギルド長室を飛び出すのだった。
そんなやり取りが行われているとは露知らず。
リオンは別の都市へ行くため、すでにバダッカの町を発ってしまっていた。
「せっかくだし色んな都市を見てみたいよなー」
との考えからだ。
前世でも散々各地を旅したが、常に魔物と戦ってばかりだった。
当然、観光する余裕などまったくなかった。
だからこそ、今度はのんびりとした旅がしてみたかったのだ。
この百年で世界がどう変わったのかにも興味がある。
前世のリオンの記憶では、バダッカの西にはメリッサという町があったはずだ。
ひとまずそこに向かってみようと考えていた。
『たのしみなのー』
頭の上のスーラも嬉しそうだ。
ちなみに徒歩である。
バダッカでそれなりに稼いだので、馬車に乗ることもできるのだが、リオンが歩いた方がずっと早い。
「一人なら最短距離を進めるもんな」
などと言いながら、まさに今、森の中を突き進んでいるところだった。
時折魔物が現れるが、すべて瞬殺である。
「ん? 何かいるな。……人か?」
前方左に二十メートルほど。
そこに生き物の気配を感じて、リオンは足を止めた。
だがこの感覚からして魔物ではなさそうだ。
それに随分と弱々しい。
「どうやらこの穴の奥のようだな」
そこにあったのは洞窟だ。
入り口はリオンでもしゃがまなければ入れないくらいの大きさしかない。
気配はこの先から感じられる。
『みてくるのー』
リオンの頭から飛び降り、スーラが穴へと入っていく。
「気をつけてな」
リオンもその後を追って穴へと潜った。
穴の先はどうやら少し開けた空間になっているらしい。
一足先にそこへ辿り着いたスーラが『うわー、ぼく、わるいすらいむじゃないのー』と飛び跳ねていた。
「どうした? 誰かいたのか?」
リオンも遅れて狭い穴を抜ける。
そこでスーラと対峙していたのは、
「うーっ!」
威嚇するように喉を鳴らす男の子だった。
まだ五、六歳くらいだろう。
獣の耳があることから獣人のようだ。
見たところあちこち怪我をしている。
そんな男の子が庇っているのは、壁に背中を預けて座る同じくらいの年齢の女の子。
よく見ると右腕が変な方向に曲がっていて、大怪我を負っている。
「心配するな。スーラは俺の従魔だ」
「っ……」
男の子はリオンに気づいたが、警戒を解く様子はない。
それどころか、さらに激しく喉を鳴らした。
「しゃーっ!」
「その子を助けてやるからそこを退いてくれ」
「……いや!」
「なるほど、信用する気はないってことか。仕方ない。スーラ、取り押さえてくれ」
『はいなのー』
触手をぴょこっと吐き出してから、スーラは男の子に接近し、その足に絡み付いた。
「っ!」
さらにスーラは器用に触手を伸ばすと、両手両足を捕えて動けなくしてしまう。
リオンは女の子の脇に座り、確かめる。
「これは…………すでに死んでいるな」
「あ~~~~っ!」
男の子がリオンの診断に抗議するように大声で叫んだ。
「安心しろ。死んでまだ間もないようだから、俺なら助けられる」
リオンは回復魔法を使った。
それは最上級ジョブ【聖者】でなければ習得できないとされる、最上位の回復魔法だ。
いや、回復魔法というより、こう呼んだ方がいいだろう。
蘇生魔法、と。
「――リヴァイヴ」





