第183話 ピンピンしとるやろ
「わ、分かったぞ! 富士の麓だ! 学者によれば、富士の麓にヤマタノオロチが封印されたとの伝承があるらしい!」
「富士……?」
「あの遠くに見える美しい山だ!」
トクガワ当主イエトキが指さした先にあったのは、見事な円錐型の山だった。
天気がいいこともあってか、遥か彼方にあるというのに、ここからでもよく見える。
「なるほど。じゃあ、ちょっと行ってくる」
「へ? お、おいっ!?」
ヒデタツ公が連れてきた異国の少年がいきなり空に向かって飛んでしまったので、イエトキは目を剥いた。
彼らが今いるこの階は、地上何メートルもの高さがあるのだ。
あんな子供が落ちたら無事で済むはずがない。
「心配要らへん。あの少年なら落ちたところで何ともあらへん」
「なに?」
「ほら、ピンピンしとるやろ」
「ほ、本当だ……」
地上を覗き込み、イエトキは少年の無事を確認する。
「よう見ときや。今から凄いもんが見られるで」
「凄いもん?」
「大地を走る船や。それに乗ってわしはここまで来たんや」
「大地を走る船……?」
そんなやり取りをしている彼らの眼下で、少年が地面を蹴った。
一瞬にしてその姿が掻き消えたかと思うと、次に現れたのは遥か何十メートルも先の城壁の上だ。
そこからもまた瞬時に姿を消してしまう。
「何者なんだ……あの少年は……?」
「ふ、船よりも速いやん……」
来るときに土船を使用したのは、ヒデタツを運ぶ必要があったためだ。
リオン一人であれば、当然ながら普通に走った方がずっと速い。
「待ってくださいよおおおおおおおおおっ!」
シルヴィアも付いていけず、あっという間に引き離されていくが、リオンは無視してそのまま突っ走った。
やがて前方に巨大な湖が見えてくる。
その向こうに広がるのが広大な樹海で、富士と言われた山はその樹海の先に聳え立っていた。
『相変わらず富士は美しいでござる。自然豊かなヤマト国の、まさに象徴と言っても過言ではないでござるよ』
その富士を前にキサラギが感じ入っている。
『それにこの富士湖でござる。場所によっては富士が湖面に移り、逆さになった富士を見ることもできるでござるよ』
その湖へリオンは真っ直ぐ突っ込んでいった。
泳いでいくのかと思いきや、水面を蹴ってそのまま走り続けていく。
さすがに大地を走るよりは少し速度が落ちるが、迂回するよりは早いだろう。
そのまま一気に湖を走り抜けて、ついには樹海へと突入した。
『気を付けるでござるよ。この樹海は方向感覚を狂わせ、これまでに数え切れないほどの遭難者を出してきた魔境でござるからな』
キサラギが忠告してくれるが、盗賊系統のジョブを極めたリオンにとって、遭難の二文字はあり得ない。
気にせず鬱蒼と茂った樹木の中を走り続ける。
『それから魔物も出るでござる。って、言った傍から!』
リオンの前に立ち塞がったのは、巨大なトレントだ。
この国特有の進化を遂げているようで、独特な枝葉の付き方をしている。
リオンはその幹を蹴り一発で粉砕すると、何事もなかったかのように樹海を疾走した。
『……』
このときにはすでにリオンは遠くに複数の人の気配を捉えていた。
神器を奪い去ったニンジャ集団かもしれない。
地面はなだらかな坂道から、段々と急な坂道へと代わりつつある。
すでに富士の麓に入ってきているようだ。
「何だ、あれ?」
前方に見えてきた謎の柱に、リオンは首を傾げる。
さらによく見てみると、周囲の樹木よりも高い二本の柱が聳え立っており、その上に直線状の橋が上下に二本架かっているような形状だった。
『トリイでござる』
「トリイ?」
『神域への入り口を示す門でござるよ。普通その先に何かが祀られているものでござる。あるいは……封印されているでござるな』
「気配があるのはちょうどあの辺りだし、明らかに怪しいな」
そのトリイを潜り抜けると、そこにあったのは富士の麓にぽっかりと開いた巨大な穴だ。
見張りらしい黒装束が数人いて、いきなり現れた銀髪少年に息を呑む。
「っ!?」
「……子供だと? 一体何の用だ……?」
ニンジャだ。
やはりここがヤマタノオロチが封印されている場所なのだろう。
「誰だろうと構わん、殺せ」
リーダー格と思われるニンジャが即座に命じる。
すると何の躊躇もなくリオンに襲い掛かってきた。
無論、リオンの敵ではない。
ものの数秒でニンジャたちを気絶させると、洞窟の中へと飛び込んだ。
洞窟の奥。
篝火に照らされる中、壁面に掛けられた巨大な縄の下で、四人のニンジャたちが何やら怪しい呪文のようなものを唱えていた。
彼らの前に掲げられたのは、四つの将軍家から奪い去ったものと思われる神器だ。
剣、鏡、宝玉、そして楽器である。
「っ! 侵入者だ!」
「何だとっ? 殺せ!」
護衛として控えていたニンジャたちが、リオンに気づいて躍りかかってきた。
飛来する投擲武器を躱しながら彼らを蹴散らし、呪文を唱えているニンジャの一人を殴り倒すと、ひとまず神器の一つである宝玉を回収した。
「これで防げた?」
と、思った次の瞬間だった。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
足元から突如として響いてくる轟音。
リオンが殴り倒したニンジャが勝ち誇ったように大笑した。
「ふははははっ! 一歩遅かったな! すでにヤマタノオロチを封印から解き放った後だ!」
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