第18話 もう何が何だか分からねぇや
「マジで突っ込む気かよ!? 正気か!? あんなにいるんだぞ!?」
ゼタは必死にリオンを止めようと叫ぶ。
「確かに素手で戦うにはちょっと数が多いかな?」
しかしリオンは彼女の忠告などどこ吹く風で、暢気に呟いた。
「〝ちょっと〟だと!? アタシの知ってる〝ちょっと〟と違う!」
強硬手段だとばかりに、ゼタはリオンに抱き着く。
「……汗臭い」
「誰のせいだと思ってんだよ!? あと仮にも女性に対して臭いはねぇだろ!」
「あ、気づかれた」
「おい、聞いてんのか!?」
「そんなことより今は魔物。こっちに気づいて向かってきてるから」
「っ!?」
リオンは先ほどから隠蔽の魔法を発動することで、魔物に見つからないようにしていた。
隠密系のスキルに比べると効果こそ下がるが、魔法なら同行者にまで及ぶ。
そのため部屋のすぐ近くまで来ても中にいる魔物には気づかれていなかったのだ。
ただ、さすがにこれだけ大声で喚いていたらバレてしまう。
「ひいいいっ! ど、どうにかできるんだよな!?」
引き攣った顔でリオンの背中に隠れるゼタ。
もはや大人のプライドも、男勝りな女鍛冶師の顔も、完全にどこかに行ってしまっていた。
……少し漏らしかけてしまったのはもちろん秘密だ。
「大群を相手にするにはやっぱり魔法かな」
そう呟くと、リオンは魔力を練り始めた。
収束していく膨大な魔力に気づいて、ゼタが目を剥く。
「ま、魔法……っ!? テメェ、魔法まで使えるのかよ!?」
「――ヘルフレイム」
リオンが無詠唱で放ったのは最上級の火魔法だった。
漆黒の炎が部屋を埋め尽くした。
断末魔の悲鳴が連鎖し、魔物が次々と灰化していく。
「……は?」
その信じがたい光景に、ゼタは変な声を漏らした。
「続いて消火ね。――グレイトフォール」
今度は最上級の水魔法だ。
大瀑布が部屋を水浸しにする。
黒い炎を完全に消し、死体を一気に押し流した。
気づけば百匹以上もいた魔物が、僅か数匹しか残っていなかった。
その残った魔物もリオンの馬鹿げた魔法に恐怖し、我先にと逃げていく。
モンスターハウスは一分も経たずにただの無人の空間と化してしまった。
「……」
ゼタはもはや声も出ない様子である。
「さて。先へ進もうか」
盗賊系統のジョブは、お宝を探索するスキルを覚えやすい。
それはダンジョン内において、とりわけ高い効果を発揮する。
「ここには純度の高いミスリルが埋まってるな」
現在地は三十五階層。
ここまでくると、ミスリルならかなり高純度のものを多く見つけることができる。
リオンは近くを歩くだけでそれらを簡単に発見していた。
ドガンッ!
リオンがダンジョンの岩壁を殴りつけると、ぼろぼろと崩れて落ちてくる。
その中にキラキラと銀色に光る岩片があった。
ミスリル鉱石だ。
「ほら、お姉ちゃん、これ鍛冶に使えるよね? あげるよ」
「……うん」
リオンにその高純度のミスリル鉱石をあっさり譲られ、すっかり大人しくなったゼタが素直に受け取る。
なぜそんなに簡単にミスリルを見つけられるのかとか、なぜダンジョンの壁を殴って破壊できるのかとか、疑問は幾らでもあった。
だがもはや彼女にはそれを問うだけの気力が残っていない。
ちなみに受け取ったミスリルは重さにして三キロくらいあり、売れば数年は働かなくても生きていけるほどの価値である。
「ははは……もう何が何だか分からねぇや……」
ゼタは投げやりに笑う。
スーラが『だいじょうぶ?』という風に触手を伸ばして、ぽんぽんと肩を叩いてあげていた。
しかし三十五階層まで来ても、未だにアダマンタイトは見つかっていない。
リオンはさらに深層へと足を延ばす。
「ん?」
そうして四十階層に辿り着いたときだった。
ある場所が気になり、リオンは足を止める。
見たところ他と変わらない岩壁だ。
だがリオンにはここに何か貴重なお宝が眠っているという直感があった。
「こいつか」
例のごとく壁を殴って破壊すると、四散した石片の中に光沢のある黒い塊があった。
アダマンタイトだ。
念のため叩いてみると、
「……痛い」
間違いない。
この硬さはアダマンタイトである。
純度も悪くなさそうだ。
「マジで見つけちまいやがった……」
ゼタは諦めたように嘆息する。
さらにアダマンタイトの塊が幾つか、同じ場所から見つかった。
剣一本を作るには十分な量だろう。
これでようやく地上に戻れるぜ……とゼタは安堵の息を吐く。
だが、
「せっかくだしもうちょっと採っていこうよ。この階層ならまだ見つかりそうだし」
「……」
リオンの勘は的中した。
アダマンタイトが次々と見つかり、最終的にかなりの量のアダマンタイトを採掘することができた。
「これだけあれば百本は作れるよね?」
「デキルトオモイマス」
ゼタは死んだ魚のような目をして答える。
アダマンタイト製の剣が百本……オークションにかければ一体どれだけの価格になるのか、考えたくもない。
「じゃあそろそろ帰るとするか」
◇ ◇ ◇
――ダンジョン最奥。
「……誰、ダ……ワガ眠リヲ……覚マス者ハ……」
長き年月に渡ってそこに鎮座し続けてきたソレが、ゆっくりと眠りから目を覚ました。
「ッ……コノ、忌々シイ、魔力ハ……マサカ、アノ男ガ……」
そして禍々しい怨念を撒き散らしながら、その身を置き上がらせる。
「……忘レハセヌ、ゾ……貴様カラ受ケタ、コノ屈辱ヲ……」
復讐の炎を燃やし、伝説の魔物が動き出した。
2019年1月26に改稿いたしました。大まかなストーリーは変わってませんが、設定を結構いじっています。