第174話 ちょっとうるさいだけだから
『拙者はまだいるでござる!』
脳内にそんな声が響いた。
リオンは咄嗟に魔法を発動する。
「アンチカース」
『ぎゃっ!? ちょっ、何も言わずに祓おうとしないでほしいでござる!』
リオンは溜息を吐いた。
「……諦めて消えてくれたんじゃないのか? 本当に往生際が悪いやつだな」
『せ、拙者にも分からぬでござるが、まだ何か、やり残したことがある気がするでござる! それを果たすまではまだ逝けぬでござるよ!』
「そうか。アンチカース」
『だから息をするように祓おうとしないでほしいでござる!』
「アンチカース」
『んぎゃあああっ!? 容赦なさ過ぎでござろう!?』
そんなリオンと女サムライのやり取りは、周囲からはリオンの独り言にしか聞こえないらしい。
「リオンはん? 一体誰と話しとるん? って!?」
「け、剣が空を飛んだのじゃ!?」
ヒヒイロカネの剣が逃げるようにリオンの手から飛び出し、空へと舞い上がったのだ。
「自力で動けるのかよ」
『貴様のお陰で新たな力に目覚めたでござる! このまま大人しく祓われては堪らぬでござるからな!』
自ら動くことができる呪いの剣など、危険極まりない。
『人間の剣士の身体では貴様には勝てぬ。となると、魔族にでも憑りついて……』
「サムライとしての誇りはどこにいったんだ……」
このまま逃げられると面倒なことになりそうだ。
リオンは両手を上げて降参を示した。
「分かった分かった。もう祓おうとしないから、大人しく降りてきてくれ」
『……本当でござるな?』
女サムライはリオンを疑っている。
「ああ。実はもっと良い剣が欲しいと思っていたところだったんだ。アダマンタイトじゃすぐ壊れてしまうしな。ヒヒイロカネ製なら申し分ない」
あのヒヒイロカネの剣は逃すには惜しい逸品だ。
できれば解呪してから所持したかったが、こうなったら仕方がなかった。
『き、貴様に使われるのは癪でござるが、そこまで言うなら仕方ないでござるな~』
心なしか声が弾んでいる。
「それでこの剣、何ていうんだ?」
『拙者の名はキサラギでござる! 二月生まれでござるよ!』
剣の銘を聞いたのだが、女サムライは自分の名前を教えてくれた。
「なるほど、キサラギか。とりあえずよろしくな」
キサラギの剣を鞘に納めるリオン。
「え? リオンはん、もしかしてその剣、持ってく気か?」
「うん。ヒヒイロカネ製だし、こんな強い剣は滅多に手に入らないから。……呪われたままだけど」
「の、呪われたまま……。おい、大丈夫なんじゃろうな?」
キサラギにはそんな周囲の声が聞こえているらしい。
『心配は要らぬでござる! 呪いとなっても拙者はサムライ。その精神は忘れておらぬでござるよ!』
「どの口が言うんだ……いや、剣に口なんてないか」
その後、アンリエットが目を覚ました。
「私は一体……?」
「あの道場破りを倒した後、今度はじぶんが剣に乗っ取られてしまったんや」
カナエが詳しく説明すると、アンリエットは悔しそうに顔を顰める。
「わ、私としたことが……安易に剣を手にしてしまうなんて……。しかもあちこちの道場を襲撃し、多くの負傷者を……」
「アンリのせいやない。それもこれも呪われた剣のせいや。それに、どこの道場も事情を話したら分かってくれたで。そもそも剣に生きる彼らにとって、道場破りに負けるのは自分たちの修練不足、要するに自業自得らしい」
「そう、ですか……。それであの剣は……?」
「それならリオンはんが腰にさしとるで」
「え?」
アンリエットの視線がリオンの腰に向く。
「だ、大丈夫なのかっ?」
「うん、心配ないよ。ちょっとうるさいだけだから」
「うるさい……?」
どういうことだという顔になるアンリエット。
『うるさいとは何でござるか!』
「サムライはどんな物事にも応じない、寡黙な人たちだと聞いてたんだけどな……」
『……』
「今さらサムライぶろうとしても遅いぞ?」
キサラギの声はリオン以外には聞こえないので、独り言を口にする様子に「本当に大丈夫なのか……?」とアンリエットが真剣に心配し始めている。
『仕方ないでござろう! 人間の肉体を持たぬ拙者は、言葉でしか自分を現すことができぬのでござるからな!』
「開き直った……」
『けれど元々は清楚なヤマト撫子としても知られていたほどでござるよ』
本当だろうか。
リオンにはとても信じられなかった。
「キサラギちゃんの生前の姿、見たかったです~」
『自分で言うのも何でござるが、絶世の美女と謳われるほどで、それはもう多くの殿方から恋文をいただいたでござるよ』
「へえ~、凄いです~」
ちなみに同じ精神体同士だからか、シルヴィアだけはキサラギの声を聞くことができるらしかった。
何やら女子トークに花を咲かせているが、リオンにはまったく興味がない。
「さて、アンリエット殿も無事に目を覚まし、ひとまず一件落着ということで……リオン殿」
「え?」
フィーリアが不意に話の矛先をリオンへと向けてくる。
急に空気が張り詰めて、嫌な予感を覚えるリオンへ、彼女は言った。
「貴殿は一体、何者なのだ? 今度こそ正体を教えてもらうぞ」
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