第171話 正気に戻ってくれ
土船に乗って大地を疾走する。
「ほんまに走っとる!?」
「……確かにこれならばすぐに着いてしまいそうだ」
「これ、元々はわらわの魔法なんじゃがの?」
街から離れると、あちこちに緑色の絨毯が広がっていた。
水を張ったところへ、等間隔で草のようなものが植えられているのである。
このヤマト国以外ではあまり見かけない光景だった。
「あれは田んぼだな」
「「たんぼ?」」
「スシに使われてるコメがあるだろ? グルメ大会で売ったカレーにも使ったあの白い粒だ。それを作ってるんだよ」
「「こめ!」」
双子は目を輝かせ、通り過ぎていく田んぼを眺める。
「もうそろそろだな」
しばらくすると街が見えてきた。
独特な雰囲気の城が中心に聳え立っており、城下町を形成しているらしい。
あそこなら道場も多くあるに違いない。
『ここなのー』
ベイビースーラを発見する。
ぴょんぴょんと飛び跳ね、リオンたちを出迎えてくれた。
「道場だな」
かなり大きな道場のようだ。
広大な庭があって、その奥に幾つもの建物が見える。
敷地内に幾つもの道場があるのだろう。
門下生の数もかなり多そうだ。
「なぁ、なんか騒がしい気がせえへん?」
言われてみれば、奥から怒号や悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「今まさにアンリエット殿が来ているのかもしれない!」
一行はすぐに門から敷地内へと飛び込む。
戦闘音が聞こえてくる方へ向かって走っていく。
戦いは中庭らしき場所で行われていた。
「がっ……」
「な、なんて強さだ……」
「くそっ! 我ら柳生理心流を舐めるな……っ!」
何人もの剣士たちを相手に、たった一人の女剣士が大立ち回りを演じているのだ。
赤い髪を振り乱し、前から横から後ろから次々と迫りくる剣を、人間離れした動きですべて捌き切ったかと思えば、隙を突いて一人二人と切り伏せていく。
恐らく最初は何百人もいたのだろう。
だがそのほとんどがすでに倒れ伏し、苦しげに呻き声を発している。
残っているのはせいぜい数十人。
それもあっという間に数を減らしていく。
「……雑魚、ばかり……者は……どこ、だ……ち倒し……最強に……」
何やら譫言のように呟いているが、その女剣士は明らかにアンリエットだった。
「間違いない! アンリや!」
「いきなり見つかったね」
「アンリエット殿っ! 正気に戻ってくれ! ……くっ、ダメだ。やはり我々の声は届かないか……っ!」
フィーリアが呼びかけてもまるで反応はない。
ただひたすら目の前の相手を斬り伏せていくだけだ。
「「たおす?」」
と、双子が聞いてくる。
「そうだな。とりあえずあの剣を奪うか。……む?」
そのときリオンとアンリエットの目が合った。
次の瞬間、周囲を取り囲んでいた剣士たちをあっさりと蹴散らし、なぜか一直線にリオンの方へと躍りかかってきた。
ガキイイイインッ!
繰り出された剣を受け止めるリオン。
かなり重い。
さらに猛烈な勢いで次々と斬撃を繰り出してくる。
明らかに以前のアンリエットとは別人だった。
「強さだけじゃなくて、剣筋そのものが根本から違う。この短期間でこんなに変わるなんてことあり得ないし、やっぱり操られてるのかな?」
もっとも【剣聖】を極めたリオンにかかれば、この程度の剣を捌くことなど造作でもない。
「な、何だ、あの異国の少年は……っ!?」
「道場破りの猛攻を凌いでいるだとっ!?」
まだ動ける道場の剣士たちが驚愕する中、リオンはアンリエットから剣を手放させようとする。
簡単なのは剣そのものを破壊してしまうことだろうが、
「ただこの剣、さっきからかなりの力で打ち合ってるのに、刃毀れ一つする気配がないな。むしろこっちの剣が先にダメになりそうだ」
リオンの剣は、鍛冶師のゼタに売ってもらったアダマンタイト製だ。
それに勝る強度となると、その素材はかなり限られる。
「オリハルコン……いや、ヒヒイロカネかな」
ヒヒイロカネはこの国でしか産出されない、非常に希少な金属だ。
その強度はオリハルコンにも並ぶと言われている。
「……者だ……っ! 見つ……けた……っ!」
「っ!?」
攻撃を易々と捌き、剣の素材を見極める余裕すらあったリオンだったが、突如としてアンリエットの動きがさらによくなったため、思わず目を見張った。
「ステータスが上がった? まだ完全には力を引き出していなかったということ? いや、それより今、見つけたとか言わなかったか……?」
とはいえ、無理やり上がったステータスに、身体が付いていけるとは限らない。
アンリエットの身体を考えれば、早急にこの剣を引き離す必要があるだろう。
しかしリオンをもってしても、そんな隙を見いだせないほどアンリエットの攻撃力や敏捷性、それに剣技の質がどんどん上がっていく。
攻撃を剣で受け止める度、それに伴って発生する衝撃波がリオンの身体を叩き、さらには後ろの道場の壁を軋ませる。
気づけばアダマンタイト製の剣が、いつ折れてもおかしくないような状態となっていた。
「まぁ、剣がダメでも魔法があるんだけど」
リオンが一瞬で放った雷撃が彼女の身体を痺れさせ、その隙に地面から生えてきた土の手が両足を掴んだ。
さらにそこへ間髪入れずの重力魔法で地面に引き倒すと、全身を土の枷で拘束していく。
「~~~~っ!」
身動きを取れなくなったアンリエットに近づいていくと、風の刃で剣を手にするその腕をあっさりと切り落とした。
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