第164話 こんなに早く反抗期が
「そうか……やはり行ってしまうのか……」
玉座に座る新獣王シアンは、残念そうに呟いた。
「うん。でも、また遊びに来るよ」
そう約束するのはリオンだ。
実は今日、しばらく滞在したここ獣王国を旅立つつもりだった。
シアンにも今朝それを伝えたばかりである。
そのときはもう数日だけでもと止められたのだが、リオンの結論は変わらなかった。
(だって、もう五回くらい止められてるしな……。いい加減そろそろ行かせてもらいたい)
内心で苦笑するリオン。
是が非でも長く居てほしい獣人たちに懇願され続け、結局ずるずると出発の日が遅くなってしまったのだった。
「なんと……」
「もう少しゆっくりしていただきたいのだが……」
突然知らされて、謁見の間に居並ぶ獣人たちも驚いている。
ベンガールと対峙したときとは違い、新獣王の方針を象徴づけるように、その種族は様々だった。
「悲しいが、仕方がない。貴公にも貴公の事情があるのだろう」
(まぁ特に何か目的があるわけじゃないけどな。ただ世界各地を旅して回ってるだけで)
「しかし……せめて……っ! せめて……っ!」
シアンは目に涙を浮かべ、叫んだ。
「二人だけは置いていってくれないだろうか!?」
飛び散る涙。
その視線の先には、彼女の実の弟と妹がいた。
「そう僕に言われても……。二人とも、ここに残る気はないんだよね?」
「「ん!」」
「そんな……」
そう。
リオンと一緒にアルクとイリスの双子もこの国を発つつもりだった。
一応、リオンは二人に話をしたのだ。
血の繋がった姉もいる、生まれ故郷であるこの国に残ってもいいと。
けれど、双子は首を振った。
どうしてもまだリオンと旅を続けたいらしい。
「な、なぜだ……お姉ちゃんは、こんなにも二人のことを愛しているというのにっ!」
シアンは双子に駆け寄ると、力強く抱き締めた。
「よ~しよしよし! うへへへへへ……」
双子をナデナデしまくり、弛緩し切った顔になるシアン。
逆に双子は迷惑そうな顔をしている。
「……たぶん、それが嫌がられてるんだと思うよ?」
「そんなはずはない! お姉ちゃんの愛情たっぷりの愛撫なんだ! もっといっぱいしてあげなければ! よ~しよしよし! うへへへへへ……」
「「いや!」」
「がーん……」
ついに双子に突っ撥ねられて、シアンは絶望の表情を浮かべる。
「ま、まさか、こんなに早く反抗期が……?」
「反抗期じゃないと思うよ?」
ともかくこうして惜しまれながらも、双子と共に獣王国を旅立つこととなった。
もちろんメルテラやシルヴィア、それにスーラも一緒だ。
「またねー」
「「ばいばい」」
土船の上から手を振るリオンたち。
王都の外で、シアンをはじめとする多くの獣人たちがそれを見送った。
リオン一行を見送り、玉座へと戻ってきたシアンは大きなため息を吐く。
「行ってしまったか……。世界各地を旅していると言っていた……次に二人に会えるのはいつになることか……」
また五年後なんてことになったら、果たして耐えられるだろうか。
いや、耐えられない。
「ああっ! むしろもう会いたくなってきてしまった……っ! 五年どころか、一か月ですら絶対に無理だっ! 二人の成分を摂取しなければ、私はもう生きていけない!」
頭を抱えて叫ぶシアン。
このままでは獣王としての仕事にまで支障をきたしてしまう。
今すぐ船を追いかけて二人を連れ戻したい気持ちに駆られるが、しかし高速で大地を疾走するあれに今から追いつくのは不可能だ。
「ああああ……どうすれば……」
と、そのとき。
突然、背後から鮮烈な光が弾けた。
一体何事かと慌てて振り返った彼女が見たのは、つい先ほど王城を発ったはずの少年リオンと可愛い双子の姿だった。
「……へ?」
「言い忘れてたけど、ここに転移してこれるようにしておいたから」
「て、転移……?」
「転移魔法のことだよ。移動先をあらかじめマーキングしておく必要があるんだけど、その術式をこの床に刻んでおいたんだ」
言われてみてみれば、玉座のすぐ後ろの地面に、以前はなかったはずの複雑な文様が刻まれていた。
普通、玉座の背後など注意しては見ないため、言われなければまず気づかなかっただろう。
「というわけだから。じゃあね」
「「ばいばい」」
そしてまた光が弾けたかと思うと、その姿が一瞬で掻き消える。
「……」
どうやらそれほど次の再会は遠くなさそうだ。
なぜ玉座の後ろにしてしまったのか、せめて刻む前に一言欲しかった……と思いつつ、シアンは政務に戻るのだった。
「まったく、そんな大事なことを事後報告するやつがあるか」
土船へと戻ってきたリオンに、呆れた様子でメルテラが苦言を口にする。
「そうか? そもそも報告すらしてないところもあるけどな」
「……わらわが言うのもなんじゃが、貴様はもう少し常識を身に付けた方がよいと思うぞ?」
某鍛冶工房をはじめ、幾つかの場所に勝手にマーキングを施していた。
長距離を一瞬で移動できるので非常に便利なのであるが、許可もなく転移先に指定されてしまった方はいい迷惑だろう。
「それで、次はどこに行くのじゃ?」
「ずっと東に行こうと思ってる」
「「ひがし?」」
土船を東に向かって一直線に走らせながら、リオンは言う。
「東方の島国――ヤマト国だ」
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