第161話 本当にお前たちなのか
「ようやく片付いたな」
蟻の残骸で埋め尽くされた地面を眺め、リオンは呟く。
一人で三千以上は倒しただろう。
それでもまるで疲れた様子がない。
「「はぁ……はぁ……」」
一方、双子は肩で息をしている。
大きな傷は見当たらないものの、かなり疲労したようだった。
『おそうじなのー』
『『『わー』』』
スーラはベイビースーラたちとともに、蟻の死骸を食い漁っている。
任せておけばそのうち綺麗になるだろうと放置し、リオンは双子とともに防壁へと近づいていく。
蟻の死体が山のように積み上がっている。
防壁は特に下半分が抉られ、穴が開いていて、いつ崩れ落ちてもおかしくない状態だった。
もしリオンたちが加勢していなければ、完全に突破されていたかもしれない。
「……貴公らのお陰で助かった。礼を言いたい」
防壁の上から声が降ってくる。
まだ十代半ばくらいと思われる茶髪の猫人族の少女が、警戒気味にこちらを見下ろしていた。
毛色こそ異なるものの、その目鼻立ちはアルクとイリスによく似ている。
なるほど、どうやらこの少女が二人の姉らしいと、リオンはすぐにピンときた。
双子も直感的にそれを察したのか、僅か二身体を強張らせる。
初めて出会う血の繋がった家族に、緊張しているのだろう。
「しかしなぜこんなところに人族が? それに……」
少女の視線が、リオンの後ろにいる双子へと向けられる。
「その双子は……いや、まさか……そんな、はずは……」
その目が大きく見開かれた。
他の獣人たちも何かに気づいたように息を呑む。
「その黄金の毛並みに、青い瞳……獅子王と称された父上と瓜二つ……」
少女の瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
彼女もまた、二人が生き別れた弟と妹であることに気が付いたらしい。
「スティ……それにコティ……本当にお前たちなのか……?」
それが双子の本来の名前なのかもしれない。
リオンが背中を押すと、二人はおずおずと前に出た。
「「……おねえちゃん」」
「ああっ!」
少女が防壁から飛び降て駆け寄ると、双子を抱き締めた。
「生きてっ……いてくれたのかっ……あのときはまだ、ほんの赤ん坊だったのにっ……こんなに大きくなって……っ!」
「「ん」」
双子もまた少女の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きつく。
「今まで一日たりとも、忘れたことはなかった……っ! もう二度と会えないだろうと覚悟していたが……きっとどこかで生きていてくれている……ただそれだけを信じて……。それが……こうしてまた、再び会うことができるなんて……っ!」
嗚咽を漏らして少女は涙する。
他の獣人たちからもすすり泣く声が聞こえてきた。
感動の再会に水を差しては悪いと思い、リオンは静かにその様子を見守るのだった。
その後、リオンたちは集落の中へと案内された。
そこでなぜ二人がリオンと旅を共にしているのか、そのきっかけやこれまでの経緯を簡単に話す。
「そうか……今はアルクとイリスと名乗っているのか……。いや、すでに定着しているのなら、アルクにイリスで構わない。スティ、コティというのは、二人に付けられる予定だった名前で、まだ正式に決まっていたわけではないしな」
生まれてまだ一週間も経たないうちに、二人は敵から逃れるため、家族や故郷から引き離されることとなってしまったのだという。
「それでも、貴公のお陰で二人と再会することができた。改めて礼を言わせてほしい」
双子の姉、シアンが深々と頭を下げてくる。
「二人の恩人は私の恩人だ。感謝してもしきれない。だが情けないことに、生憎と今の私には何の力もない。叔父のベンガールに玉座を奪われ、このダンジョンに築いた集落を拠点に反乱の時を窺うばかり。貴公に相応の礼をすることができない状況だ。しかし約束しよう。我らが政権を取り戻した暁には必ず褒賞を出すと」
申し訳なさそうに告げるシアン。
リオンは言った。
「あ、そのベンガールなら倒しちゃったよ」
「「「……は?」」」
獣人たちの声が重なる。
「えっと、シャームとかいう領主に騙されて王城に行ったら、殺されそうになったから反撃して。そこでマチンカっていう猫人族から、このダンジョンに双子の姉がいると聞いてここまで来たんだ」
「ベンガールを倒した、だと……? や、奴は愚王だが、力だけは確かだ。それに周囲は歴戦の猛者ばかりを集めた近衛兵たちが固めている……そう簡単には……」
「「たおした!」」
双子が力強く主張する。
「獣王は二人だけで倒したよ」
「なっ……いやいや、まだほんの五歳だろう!? そんなはずは……」
先ほど双子がアンガーアントを蹴散らしていたことを忘れているのか、シアンはあり得ないとばかりに首を振った。
「「……たおした」」
疑われて悲しかったのか、目を潤ませて姉を見上げる双子。
「うん、倒したんだな! すごいぞ!」
シアンは一瞬で迎合した。
「「ん!」」
「よしよし、偉いな~、二人は~。お姉ちゃんなんて、五歳のときはまだよちよち歩きだったぞ~」
どうやら五年ぶりに再会した弟妹にメロメロのようだ。
さすがに五歳でよちよち歩きはないだろう。
頬が緩みまくっているおかしなことを言い始めているシアンに、リオンは言った。
「というわけだから、すぐにでもここを出て王城に戻ることができるよ」
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