第159話 前哨戦だと思え
「シアン様っ! し、信じられない数のアンガーアントの群れがっ……この拠点に押し寄せてきています……っ!」
仲間の猫人族からその報告を受けて、シアンと呼ばれた少女の端正な顔が歪む。
「くっ、やはりこうなったか……っ!」
ダンジョンの奥深くに築かれた拠点。
ほとんど集落と言っても過言ではないそこは、反政府派に属する獣人たちが、来る革命に備えて牙を研ぐための秘密基地だ。
政府もおいそれとは手を出すことができない一方で、ダンジョン内であるがゆえの危険が常に付きまとう。
その最たるものが魔物だ。
強力な魔物が徘徊するダンジョン深部だから当然だが、これまでも幾度となく襲われては撃退してきた。
しかし今回の相手は、恐ろしい蟻の大群だ。
アンガーアントと呼ばれるこの昆虫の魔物は、常に巨大な群れを形成して棲息している。
一体一体はせいぜい中型犬ほどの大きさで、こちらから手出ししなければ大人しい魔物ではあるのだが、革命に燃える獣人たちをも戦慄させる、厄介な性質を持っていた。
それは仲間の蟻が一体でも殺されると、殺した相手を巨大な群れでどこまでも追いかけ、必ず復讐するというものだ。
たとえ相手が巨大な魔物であろうと容赦なく噛みつき、腹部の毒針で動きを封じて、最後には骨まで喰らい尽くしてしまう。
無論その性質を知っていたため、彼女たちは今まで絶対に手を出さなかった。
なのになぜ今、蟻の大群が押し寄せてきているのかといえば、それは完全に不運な不可抗力だった。
というのも、他の魔物を倒した際、その巨体がたまたま近くにいた子供のアンガーアントを潰してしまったのである。
恐らく群れから逸れてしまった個体だろうが、そんなことはこの蟻たちには無関係だった。
死と同時に周辺に撒き散らされる体液が少しでも付着すれば、それを辿ってどこまでも追いかけてくるのだ。
それこそダンジョンの外までも。
「この拠点で奴らを迎え撃つ! これは打倒ベンガールの前哨戦だと思え! 我々の訓練の成果を見せつけてやれ!」
「「「おおおおおおおおおおおっ!」」」
シアンの叫びが仲間も獣人たちを大いに奮起させる。
この拠点をベースキャンプにしながら、彼女たちは日々、ダンジョン内の魔物と戦ってはレベルを上げてきたのだ。
ここには戦えない獣人どころか、弱者は一人たりともいない。
全員が強力な戦士たちである。
たとえ何百、いや、何千というアンガーアントの群れであろうと、打ち破れないはずがなかった。
「「「ギイギイギイギイギイギイギイギイ」」」
対するアンガーアントは、その強い顎で特徴的な音を奏でながら、いよいよ先頭が獣人たちの拠点へと辿り着く。
「撃てっ!!」
防壁を攀じ登ってこようとした彼らへ、獣人たちが一斉に矢を放った。
矢はその硬い頭を見事に貫いて、次々と蟻を落としていく。
だが味方をやられたところで怯むアンガーアントたちではない。
さらに怒り狂って、死んだ味方をも足場にしながら防壁を攻略しようとしてくる。
「はぁっ!」
ついに防壁の頂上へ辿り着いた一体のアンガーアントがいたが、それは少女の強烈な蹴りによって吹っ飛ばされた。
先ほどの少女シアンだ。
「イカれた蟻どもめ! たった一体のために、何体もの犠牲を厭わないなど、どう考えても割に合わんだろうが!」
ヤケクソ気味に叫びながらも、攀じ登ってきた蟻を連続で蹴り落としていく。
他の獣人たちも負けじとそれに続いた。
「くそっ……一体どれだけいやがるんだ!?」
「か、数が多過ぎるぞ……っ!」
だがキリがない。
何千どころか、万を超える勢いの蟻の大群に、さすがに獣人たちの体力も限界が近い。
しかも他の蟻の身体が簡易の攻城塔となり、それがすでに防壁に肉薄する高さにまで至りつつあった。
さらに追い打ちをかけるように、防壁の下部から異音が響き出す。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
「な、何だこの音は!?」
「まさか……」
そのとき防壁の一部に穴が開いて、そこから黒い悪魔が顔を出した。
すぐさま控えの獣人が蹴り殺すが、その穴からすぐに別の蟻が姿を見せる。
「この防壁を掘ってきやがっただと!?」
ダンジョン内で採れた鉱石を素材にして作られた防壁。
それを強力な顎によって削り、ついには貫通してしまったのである。
当然それは一か所では終わらなかった。
新たな穴が次々と開いて、もはや控え組も休んでいるどころではなくなってしまう。
「このままだと防壁ごと破壊されるぞ!?」
「そ、そうなったら一巻の終わりだ……っ!?」
悲鳴を上げる獣人たち。
変わらず防壁の上で奮闘していたシアンがそれを叱咤する。
「狼狽えるな! 仕留めた蟻の身体で穴を埋めていけっ! 奴らの硬い外骨格を逆に利用してやるんだ!」
「「「りょ、了解っ!」」」
と、そのときである。
「っ……何だ? 群れの後方が反転し始めている……?」
大群の後ろの方が、なぜか向きを変えて逆方向へ動き始めたのだ。
そして眉根を寄せるシアンは、その蟻たちが襲い掛かる先に幾つかの人影を見た。
「誰かが、戦っている……?」
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