第156話 残って手を貸してあげてくれ
暴行→治療→暴行、という地獄ループを、五回以上は繰り返しただろう。
ようやく溜飲が下がったのか、双子はやっと手を止めた。
「ひぎぃ……」
ズタボロになった獣王は、いつの間にか獣化が完全に解けていた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、下半身からは嫌なニオイがしている。
どうやら途中で失禁してしまったらしい。
衣服もボロボロで、とてもではないが、獣王国を治める王には見えない。
「「「「申し訳ありませんでしたああああっ!」」」」
その場にいた猫人族たちが一斉に地面に跪き、双子に向かって額がつくほど深々と頭を下げてくる。
「お、お二人こそ、真にこの国を継ぐべきお方っ!」
「にもかかわらず、数々のご無礼、大変失礼いたしました……っ!」
「し、しかし、我らは獣王ベンガールに従うしかなかったのですっ!」
どうやら獣王を裏切り、双子の側に付く方がいいと判断したようだ。
その変わり身の早さに、かえって双子は不愉快そうにする。
だが中には、先ほど命懸けでリオン一行に危険を知らせてくれたマチンカのように、元から反獣王派だった者もいるだろう。
「そう言えば、そのマチンカとやらは大丈夫なのかのう? 兵士に連れて行かれたが」
メルテラが言うと、双子は近くにいた猫人族を睨みつけた。
「「ん!」」
すると顔を真っ青にして教えてくれた。
「ま、マチンカ殿であれば、きっと地下牢に囚われているかと……っ!」
「「案内」」
「かかか、畏まりました!」
部屋を出ようとしたところで、リオンは彼らを呼び止めた。
「その心配はないよ。もうすぐ向こうから来るはずだから」
「「……?」」
「連れてきましたよ~」
そこへタイミングよく、壁をすり抜けて現れる陽気なゴースト。
少し遅れて、謁見の間に長身の猫人族が入ってきた。
マチンカだ。
「こ、この状況は一体……?」
実は兵士たちに連行されていった彼を追いかけ、助けるようにと、ゴーストのシルヴィアに頼んでいたのである。
シルヴィアが見えないマチンカからすれば、なぜか看守が牢の鍵を開けてくれたり、脱走を知って追いかけてきた兵士たちが勝手に気を失ったりと、理解しがたい現象が幾つも発生していたのだが……。
「っ! ご無事だったのですか!?」
無傷の双子に気づいて、マチンカが駆け寄る。
「「平気」」
「ああ、よかった……し、しかし、獣王は……」
「「あそこ」」
「っ!?」
玉座の傍にゴミのように転がっている獣王の姿に、マチンカは唖然とする。
「「倒した」」
「なんと……い、いえ、さすがはフィンクス様の……」
どうやらフィンクスというのが、双子の父親に当たる前獣王らしかった。
「わたくしを初め、獣王ベンガールの治世に反発する者は、猫人族の中にも大勢おりました。ですが、それが見つかっただけで危険思想の持ち主であるとして、処刑されてしまう……。それでも政権打倒のため、密かに牙を研ぎ続けておりました。しかしまさか、このような形で悲願が叶うとは……」
感極まったように、マチンカの目から涙が零れ落ちる。
「あのときのこと、今でも今日のことのように思い出せます。まだ赤ん坊だったお二人を逃がすため、御后様が泣く泣く手放され……」
その双子の母親も、幽閉されたのちに病で亡くなってしまったという。
「それがこんなにも立派になられて……きっと今頃は天国で、獅子王様とともにお二人の成長を喜んでおられることでしょう」
「「……ん」」
せっかく故郷に帰ってきたというのに、残った親族は叔父であるベンガールだけ。
双子にとっては悲しい里帰りになってしまったようだ。
「そ、そうです!」
と、そこでマチンカが何かに思い至ったのか、いきなり叫んだ。
「実は我ら反政府派には、旗頭がいるのです! お二人と同じく幼少期に辛くも叔父の魔の手から逃れた、お二人にとっては姉君に当たるお方です!」
「「あね?」」
「はい! 政権を打倒した暁には、彼女に新たな獣王となっていただくつもりだったのです!」
「「どこにいる?」」
「そ、それが……」
何か言い辛いことでもあるのか、一瞬、言葉に詰まるマチンカ。
「実は、この国最大のダンジョンに潜っておられるのです……。そこなら身を隠すことができるだろうとの考えと、ベンガールを倒せるだけの力を付けるために……しかし、今まで定期的に連絡を取り合っていたのですが、どういうわけか、しばらくそれが途絶えてしまっていまして……」
もしかしたらダンジョンで何かあったのかもしれない。
双子がリオンの方を振り返ってきた。
「「リオン」」
「そうだな。こちらから探しに行ってみるか」
「「ん!」」
リオンはマチンカに訊く。
「それで、そのダンジョンはどこにあるの?」
「は、はいっ、地図をお見せ致しましょう!」
しばらくして、獣王国内を記した地図が運ばれてきた。
「ここが今いる王都です。ここから北北東へずっと行った……この辺りにそのダンジョンがあります。距離としては百キロほどでしょうか……」
「百キロね。それなら一時間もあれば着けそうかな」
「……え?」
耳を疑うマチンカを余所に、リオンは早速、出発しようとする。
しかしふと思い至って、
「ここを放置していくのもマズいか。……じゃあ、メルテラは残って手を貸してあげてくれ」
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





