第151話 この肉はなかったことに
手足を縛られ、地面に転がされている犬人族たちへ、リオンは肉を焼きながら声をかける。
「どう? 話す気になった?」
「ぐ……だ、誰が……こんな手に……じゅる……」
ハイオークの肉を焼いただけで、もはや陥落寸前といった様子。
リオンはさらに一押しする。
「二人とも食べていいぞ」
「「んっ!」」
最も美味しい状態で焼けたハイオークの肉を、双子の前に差し出す。
二人は目を輝かせ、口からそれに齧りついた。
「「~~~~~~~~~~~~~っ!」」
あまりの美味しさに、双子は言葉を忘れて食べ続ける。
それを何とも羨ましそうに見ている犬人族たちの前で、リオンは新たな肉を焼き始めた。
「食べたいでしょ? 話してくれるだけで食べれるんだけどなー」
「ひ、卑怯者めっ……じゅるじゅる……」
「じゅるり……お、オレはもう、無理だ……」
「貴様っ、仲間を売る気かっ!? くっ、だったらいっそのこと、俺が……じゅる……」
あと一歩といった彼らの鼻先に、リオンは焼き上げた肉を近づけてみた。
「「「~~~~っ!?」」」
暴力的な匂いが、嗅覚に優れた犬人族たちを襲う。
口から溢れ出た涎が地面に水溜まりを作っていった。
「ばうっ!」
「おっと」
中には首を伸ばして肉に噛みつこうとしてきた者もいたが、リオンは素早く腕を引いて肉を遠ざける。
「うーん、どうやら話してくれないみたいだね。じゃあ、この肉はなかったことに――」
「「「話す! 話すから食べさせてくれぇぇぇっ!」」」
犬人族たちは洗いざらい話してくれた。
「なるほど。この国の政権打倒を目指すレジスタンスなんだ」
「そうだ。この国をこれ以上、猫人族どもに任せてはいられない。奴らから政権を奪い、この国の中枢を一新することが俺たちの目的だ」
そのために賛同者を増やしたり、武器を調達したりといった活動を、秘密裏に続けているのだという。
当然それは、権力者たちにバレてはならない。
だから口を割ろうとはしなかったのだろう。
……結局、食べ物の誘惑に負けてしまったわけだが。
「はい、ひとまず半分食べていいよ」
「「「っ!」」」
リオンはハイオークの肉を切り分けると、彼らの口へと放り込んでいく。
「「「うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
予想を超える美味さに衝撃を受けたのか、犬人族たちは次々と地面にひっくり返っていった。
「じゃあ、次の質問ね。何で僕たちを襲ったの?」
「……そこの猫人族が目的だ。俺たちは猫人族を攫っては監禁している。もちろん、人質を集めるためだ」
猫人族の多くはこの国の有力者だという。
人質に取れば、いざというときの交渉材料に使えるからだろう。
「なるほどね。生憎だけど、この二人は人質にしても意味ないよ。物心ついた頃には奴隷として人間の国にいたから。今回、里帰りで初めてこの国に来たんだ」
「なにっ……」
「そうだったのか……」
自分たちの過ちに気づいて、犬人族たちは耳を萎れさせた。
ただし涎は垂れたままだ。
「すまなかった……」
「許してくれ……この通り」
どうやらちゃんと反省しているようだ。
リオンは残りの肉を彼らに食べさせてやった。
「「「やっぱ、うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」」」
……反省しているのだろうか?
「まぁいいや。それより、領主の屋敷はどこにあるの? あ、もちろん君たちの活動を報告するわけじゃないから安心して。二人の所縁を調べたいだけだから。領主も猫人族なんでしょ?」
犬人族の話を聞く限り、色々と問題がありそうだが、それでも双子が猫人族であることには変わりないのだ。
……進化したので今は虎人族だが。
そうして屋敷の場所を教えてもらったリオンは、犬人族たちを拘束から解放し、その屋敷へ向かうことにした。
「随分と立派だね」
寂しい街の様子とは対照的に、領主の住む屋敷は広い庭と大きな建物で構成された豪奢なものだった。
どうやら領民たちから搾取する一方で、自分は贅沢な生活をしているらしい。
「「止まれ!」」
屋敷の門に近づいていくと、また衛兵らしき者たちに止められた。
縦長の三角形の耳と吊り目が特徴的だ。狐の獣人だろうか。
「人族とエルフの子供が何の用だ?」
「領主様に会いたいんだけど」
「面会の予定など聞いていないぞ」
「うん、アポなしだから」
「貴様っ、それでお会いできると思ったのか!」
やはり最初は突っ撥ねられたが、しかし双子に気づいた彼らはまたしても態度を急変させた。
「っ……その子たちは……猫人族っ?」
「しょ、少々、お待ちください!」
一人が慌てて屋敷内に駆け込んでいく。
しばらくして戻ってくると、
「失礼しました! お通りください! 領主様がお会いくださるそうです!」
どうやらこの国においては、猫人族というだけでほぼ顔パス状態らしい。
使用人に案内されて、広い部屋へと通される。
贅を尽くした調度品の数々に、双子が落ち着かなさそうに尻尾を振った。
少し待っていると、恰幅のいい獣人が入ってきた。
「待たせたな。わしがこの辺りを治めておるシャームだ」
丸々と太り、種族特有の俊敏さを完全に失ってはいるが、間違いなく猫人族だ。
双子と違って、毛の色はくすんだ茶色である。
「それで、猫人族の双子の幼児というのは……」
「「ん」」
「……っ! やはり!」
アルクとイリスを見て、領主は目を見開いた。





