第147話 そうじゃなきゃ帰らない
「こ、これは……っ!?」
巨大ミイラの部屋の先にあった扉を開けると、そこは無数の金銀財宝が納められた宝物庫となっていた。
「宝の山よおおおおおっ!」
ミーナが目を黄金の色に変えて叫ぶ。
その一方で、リオンは部屋の奥へと目を向けていた。
淡い水色をした、陶器のような質感の美しい水差しだ。
他の財宝が無造作にその辺りに転がっている中、それだけは祭壇のようなものの上に大切に安置されている。
「これが無限の水差しみたいだね」
持ち上げて中を覗いてみると、ずっとこの場所に置かれていたはずなのに、清らかな水がたっぷりと入っていた。
そのままアイテムボックスの中に保存しておく。
「……水差しは諦めてやるとして……ふふふ、どれにしようかしら?」
「ダメだよ」
涎を垂らしてお宝を物色していたミーナを窘めるリオン。
打ち捨てられた遺跡ならともかく、ここはあの街の領主が管理している遺跡だ。
その中で発見した財宝を無断で持っていくのはご法度である。
「これだけあるなら、十やニ十、盗ったところでバレやしないわよ!」
「せめて一つや二つって言ってよ……」
どれだけ持っていこうとしているのか。
「どうせどんな財宝があるのか知らないんだから大丈夫よ! それに、こんなところで眠らせるより、あたしみたいな美女が持っていた方がこのお宝たちにとっても嬉しいはずだわ!」
「でも売るんでしょ?」
「当然。だって持ってても仕方ないじゃない」
言っていることがめちゃくちゃである。
「あんたがなんと言おうと、絶対お宝を持って帰るわ! そうじゃなきゃ帰らない!」
そう駄々をこね、財宝にしがみつくミーナ。
リオンは淡々と告げた。
「じゃあ、ここに置いてこっか。扉も閉めて、永遠にお宝と一緒に過ごせばいいと思うよ」
「ちょっ、そんなことされたらミイラになっちゃうじゃないのーっ!」
溜息を吐いて、リオンはシルヴィアに依頼する。
「面倒だし、憑依して連れてっちゃって」
「任せてください!」
「ひぃっ!?」
いきなりシルヴィアが突進してきて、ミーナは悲鳴を上げた。
しかしシルヴィアが身体の中に入り込むと、その瞳から意思の光が消失する。
「……カエリマス」
大人しくなったミーナを連れて、リオン一行は宝物庫を後にするのだった。
「ん? どうした、二人とも?」
帰り道の途中、双子の元気がないことに気づいて、リオンは声をかける。
「「……しんどい」」
「大丈夫か?」
「「……」」
喋る気力すらもないようだ。
巨大ミイラと戦ったとはいえ、いつもならこのくらいで疲れるような二人ではない。
『りおーん』
「スーラ? どうした? む、そうか」
スーラが触手で自分を指さしているのを見て、リオンは察した。
「もしかしたら二人とも進化しようとしているのかもしれないな」
獣人の場合、人族のようにジョブを取得することができないが、魔物と同じく進化することが可能とされている。
スーラのときと違い、今のところ身体が光っている様子はないが、そのうち同様の現象が起こるかもしれない。
「ステータスを見てみるか」
アルク
種族:猫人族
種族レベル:60(MAX)
力:SS 耐久:SS 器用:SS 敏捷:SSS 魔力:SS 運:SS
状態:リオンの従魔
イリス
種族:猫人族
種族レベル:60(MAX)
力:SS 耐久:SS 器用:SS 敏捷:SSS 魔力:SS 運:SS
状態:リオンの従魔
「種族レベルが二人とも60に到達しているな」
そしてどうやらカンストしてしまったらしく、MAXと記載されていた。
やはり進化する兆候と見て間違いなさそうだ。
「仕方ない」
リオンはぐったりしている双子を両脇で抱え上げた。
「二人は休んでいろ」
「「……ん」」
双子に加えて、往路で大活躍だったシルヴィアもまた、ミーナに憑依しているため戦力にならない。
「なぁに、復路は我に任せておくのじゃ!」
「「「う~あ~」」」
「ひいいいっ、やはりアンデッドは嫌なのじゃ~~っ!」
ついでにメルテラもあまり役に立たず、ほとんど独力で復路を進まなければならないのだった。
「まぁ、浄化魔法を連射してるだけでいいんだけど」
古代遺跡から無事に帰還したリオンたちは、領主の屋敷へと戻ってきた。
「おおっ! これが無限の水差しですかっ? ありがとうございます!」
喜ぶ領主は、居ても経ってもいられないのか、早速、湖へ向かおうとする。
「あ、その前に二人を寝かせておいてもいい?」
「っ、もしや遺跡で負傷を!?」
「単に疲れただけだから大丈夫」
いつの間にか眠っていた双子を、領主の屋敷のベッドに寝かせる。
「スーラ、二人を見ていてやってくれ」
『わかったのー』
そうして一行は領主とともに湖へ。
すると噂を聞き付けた街の住人達も集まってくる。
「本当に湖が復活するのか?」
「そしたら若者たちも戻ってくるかも……」
「俺はこの目で見るまで信じられねぇな」
そんなふうに騒めく中、湖の畔に立った領主は、ゆっくりと水差しを傾けていく。
「「「おおっ!」」」
水差しからどれだけ注いでも、一向に水が無くならないことに気づいて、住民たちが驚きの声を上げる。
「あの水差し、まったく水が途切れないぞ……」
「どうなってるんだ……?」
不可思議な光景を前に目を瞬かせる彼らの前で、領主は延々と湖に水を注ぎ続けた。





