第144話 カマかけたわね
領主が言うには、この砂漠の湖は魔道具によって作り出されたものらしい。
「それを可能にしたのが〝無限の水差し〟。その名の通り、永遠に水を供給し続けることが可能な水差しなのです」
しかもその水差しで生み出された水は、たとえ利用しても減ることがないという。
そうしてこの地に現れた湖は、長い年月の間ずっと人々の水源として活躍してきた。
「だけど、どうやらそれにも限界があったらしいのです。すでにご覧になられたかもしれませんが、最近になってどんどん水嵩が減ってきて、今ではあの有様です。若い子たちは見限って、街を出て行ってしまいますし、このままじゃ近いうちにバールは消滅してしまうことでしょう」
「でもその水差しがあれば……?」
「再びかつての水量を取り戻せるかもしれないのです」
そしてその魔道具が、あの巨大遺跡の中に保管されている可能性があるというのだ。
「湖をどうにかできないかと思って、色々と調べておったのです。そんなとき、ご先祖様が遺したと思われる石板のことを思い出しましてね。専門家に解読をお願いして、そうしたらその水差しのことが書かれているというのです」
そこで早速、街の力自慢たちを集めて遺跡を探索しようとしたという。
古代王の子孫だという領主の家には、普段は硬く閉じられた遺跡の入り口を開閉する鍵が伝わっているそうだ。
だが遺跡の内部は危険なダンジョンと化していて、あえなく断念してしまう。
「冒険者に依頼しようと考えたのですが、見ての通りこの街には冒険者ギルドがありません。だから偶然、立ち寄った冒険者に探索をお願いすることにしたのです」
まだ若い女性だが、遺跡や迷宮の探索を専門にしているらしく、自信満々で引き受けたという。
「そろそろ戻ってくる頃だと思うのですが……」
と、そのとき入口の方から声が聞こえてきた。
「戻ったわ」
「噂をすれば。どうやら帰ってきたようです」
そうして部屋に入ってきたのは、どこかで見たことのある女だった。
「どうでしたか?」
「このあたしにかかればあの程度の遺跡、大したことないわね。たぶん、あと三日もあれば探索し尽くせるんじゃないかしら」
「おおっ」
「その水差しとかいうとびっきりのおた――貴重な魔道具も、きっと見つかるはずよ」
「本当にありがとうございます……っ! 大した依頼料もお支払いできないというのに……」
「いいのよ! あたしは世のため人のために冒険者になったのだから! ……ん?」
と、そこでその女性とリオンの目が合う。
その瞬間、女性が盛大に顔を歪めた。
「げっ、あんたは……」
「あ、もしかして」
リオンも思い出す。
確か、エルフの街セドリアで遭遇したミーナという名の、
「お宝ハ――」
「あああああああああああっ!」
突然、大声で叫びながらリオンの口を塞いでくる。
「もごもご(何するのさ?)」
「(しーっ! あたしがお宝ハンターっていうのは黙ってなさい!)」
領主が不思議そうな顔で問う。
「もしや、お二人はお知り合いですか?」
「あ、あははっ! 実はそうなの! ちょっとした冒険者仲間っていうかね!」
「おおっ、そうだったのですか!」
リオンは半眼でミーナを睨んだ。
「ねぇ、何のつもり?」
「そうそう! 実はちょっと積もる話があるのよ! というわけで領主さん、この子と部屋でお話ししてくるわね!」
ミーナはそう言って、リオンを借りている部屋へと引きずっていく。
そして部屋の扉を閉めると、
「お姉ちゃん、正規の冒険者じゃないよね?」
「に、似たようなものよ」
「でも領主様を騙してるよね?」
「いいじゃない! あたしが遺跡探索に長けてるってことは間違いないし!」
「遺跡を探索して、あわよくばお宝を盗もうって魂胆でしょ」
「ななな、何のことかしらー? あたしは世のため人のためをモットーに生きてるわよー?」
盛大に目を逸らすミーナ。
どう考えても領主を騙してあの遺跡に侵入し、眠っている希少な宝を強奪しようと目論んでいるに違いない。
「あの水差しが本当に見つかれば、とんでもない値段で売れそうだよね」
「そうなのよ! きっと一生、遊んで暮らしてもお釣りがくるわね! ああ、ぜひとも手に入れたい……ぐへへへ……」
「やっぱり」
「はっ? あ、あんた、カマかけたわね!?」
むしろ勝手に自爆したというべきだろう。
「誰かと思えば、わらわの塔で見た頭の悪そうなオナゴではないか」
「誰が頭の悪そうよ! って、あんたはあのときのっ!?」
割り込んできたメルテラに、ミーナは顔を引き攣らせる。
「ななな、何であのときのエルフがここにっ!?」
「わらわはリオンとともに旅をしておるのじゃ。冒険の仲間というわけじゃな!」
何とも嬉しそうに言うメルテラに、ミーナは戸惑う。
彼女の記憶でメルテラは、いきなり攻撃してきた非常に好戦的で狂暴なエルフという印象なのだった。
「とにかく、ダメだよ、盗んじゃ。この街には必要なものなんだから」
「「だめ、ぜったい」」
「だ、大丈夫よっ! ちゃんと湖を復活させてから持っていくから!」
やはり盗む気らしい。
「そういう問題じゃないでしょ。……仕方ないなぁ」





