第143話 随分と寂れているな
「ランスロットじゃないか」
「ん」
砂漠のど真ん中に倒れていたのは、あのSランク冒険者ランスロットだった。
どうやら砂漠の厳しい環境に耐えられず、力尽きてしまったのかもしれない。
「いや、まだ生きてるか」
氷の船を近づけて確かめると、どうやら死んではいないようだ。
こちらの気配に気づいたのか、砂の中に突っ伏したまま手を伸ばしてきた。
「だいじょうぶ?」
そう声をかけたのはアルクだ。
一方、イリスは別の方向を指さしながら、
「あっち」
よく見るとランスロットの後方にも何人か倒れていた。
どうやら集団で砂漠を渡ろうとしていたようだ。
リオンたちは手分けして彼らを回収し、一か所に集めることにした。
「これで全員だな。一応、死んではいないみたいだ」
それでも酷い脱水と疲労で、放っておいたら間違いなく死ぬだろう。
「どうするのじゃ?」
「とりあえず回復させてあげるか」
「それなら任せてください。エリアヒール!」
シルヴィアが魔法を使い、彼らを治癒していく。
「一応、水と食べ物くらいはあげようかな。後は自分たちで何とかするでしょ」
「このままじゃと魔物に襲われるかもしれぬぞ」
「じゃあ、こうしておこう」
サービスで氷の家を作り、その中に寝かせておくことにした。
熱で氷が溶け切るまでには目を覚ますだろう。
そうして再び氷の船に乗り込むと、再び砂漠を走り出した。
「む、見えてきたぞ。オアシスじゃ」
リオン一行が辿り着いたのは、この厳しい砂漠の中で唯一、旅人が身体を休めることのできるオアシスの街バールだった。
煉瓦でできた四角い家々が並ぶ中に、ヤシの木などの緑が生え茂っている。
街の中心には湖があって、この街で暮らす人々の貴重な水源となっていた。
遥か古代、この一帯は大いに栄えていたらしく、現在この地で生活する住民たちの大半はその末裔であるという。
その古代文明の名残か、遠くに四角錐の巨大遺跡が見える。
「それにしても随分と寂れているな」
百年前にも少し立ち寄ったことがあったが、当時はもう少し活気があったはずだった。
旅人が少ないのは元からなので、そもそも住民の数が減っているのかもしれない。
「おや、珍しいねぇ。あんたたち旅人かい?」
リオン一行に声をかけてきたのは、住民らしき中年女性だった。
「うん、そうだよ。獣人国に向かっているんだ」
「子供ばかりだろう? それでこの砂漠を越えようなんて、なかなか無茶なことするねぇ」
「心配要らないよ。これでも冒険者だから」
「いやいや、冒険者でも毎年、砂漠で何人も力尽きてるよ」
そう言えばランスロットも死にかけていたな、とリオンは思い出す。
砂漠の環境はSランク冒険者にとっても厳しいものらしい。
(まぁ、ランスロットはSランクの中でもかなり弱い部類だと思うけどな)
「それはそうと、おばちゃん。この街、随分と寂しい感じだね」
「湖が枯れかけちゃってるからね。もうこの街に未来がないと悟って、若い子たちがどんどん出ていってるんだよ」
「湖が?」
「見に行ってみるかい?」
中年女性に連れられて、リオンたちは湖畔へとやってきた。
しかしそこにあったのは乾いた砂地ばかり。
その中心に、せいぜい直径二十メートルくらいの水たまりがあるだけだった。
「昔はこの砂地一帯すべて湖だったんだけどねぇ。今ではこの有様さ」
「どうしてこんなことになったのじゃ? 雨が降っておらぬからか?」
メルテラが問うが、元からこの地にはほとんど雨が降らない。
それなのにこの湖はずっと、なみなみと水を蓄えてきたのだ。
「さあねぇ。言い伝えによると、遥か昔、ある人が特別な力でここに湖を作ったらしいよ。それから街を作って、どんどん人が増えていって。そうして生まれたのが、かつてこの地にあったという都市さ」
そしてその湖を作り出した人物が初代の王様となったらしい。
遠くに見える四角錐の巨大遺跡が彼のお墓だそうだ。
「詳しいことを知りたければ、領主様のところに行ってごらん。領主様はその子孫らしいからね。どのみちこの街には宿がないから、泊まれるとしたら領主様の屋敷くらいだし」
滅多に旅人が来ないので、そもそも宿屋がないそうだ。
リオンは場所を教えてもらい、領主の屋敷に行くことにした。
「……ここか?」
屋敷と言っても、他の家屋より少し大きいだけで、それほど変わらなかった。
「ごめんくださーい」
「はいはい」
中から出てきたのは初老の男性だ。
砂漠の住民らしくラフな半袖半ズボンという格好だが、どうやら彼が領主らしい。
リオンが事情を話すと、あっさり宿泊を快諾してくれた。
「ただ、ちょうど今、別の旅人も泊っておりましてな。部屋が一つしかないのです。それでも構わないですかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ちなみに彼女も冒険者でして、私の依頼で今ちょっと出かけておりましてね」
「依頼?」
「あそこに見える遺跡の調査です」
領主が指さす窓の向こうには、あの四角錐の巨大遺跡が見えた。
「どうやら彼女、遺跡や迷宮なんかの探索を専門にしている冒険者らしくてですね。あの遺跡に眠っているという、あるものを探してもらっているのです」
「あるもの?」
「この街の湖を作り出したとされている伝説の魔道具――〝無限の水差し〟です」





