第139話 食用にはできそうにないな
「モット! モット食ワセロィィィッ!」
リオンの連続斬りを分厚い肉で防いだ巨大バザールは、そう叫びながら野太い腕を振り下ろしてきた。
素早く飛び下がり、回避ざまに腕を斬ろうとしたリオンだったが、やはり傷一つ付けることができない。
「あいつの剣でも通じないのか……っ!」
顔を顰めるジギル。
だがその言葉を聞いて、いつの間にか近くにいたメルテラが笑った。
「くくく、そんな心配は無用じゃぞ」
「なに?」
「本気を出せばあの肉団子ぐらい、簡単に斬れるはずじゃ。なにせあやつは、このわらわが唯一、認めた人間なのじゃからな!」
「……」
逃げたくせに随分と偉そうなエルフだな、とジギルは思った。
「仕方ない。また剣が壊れちゃうかもしれないけど……」
前回壊したときは、ゼタにこっぴどく怒られた。
それからまだ大して日が経っていないのにまた壊してしまったとなると、今度はどれだけ叱られることか。
「まぁでも、今回はもっと強力な不壊性能を付与してるし、どうにか持つかな?」
そんなことを考えながら、リオンは闘気と魔力を融合させ、剣へと集めていく。
前回はこの段階で刀身に罅が入ったものだが、多少は加減していることもあってか、どうやら大丈夫そうだ。
「これならどうだ?」
バザールの膨らんだ腹へ、強烈な一撃を叩き込んだ。
ズバァァァァァァンッ!
肉がごっそりと弾け飛ぶ。
どんなに高い弾力性を有していようと、やはり限度があるようだ。
「……よし、これならいけそうだ」
バザールの肉の壁をようやく破壊できたことに、満足するリオン。
しかし、身体の一部を斬り飛ばされたというのに、バザールはまるで痛がる様子はない。
痛覚を失っているのだろうか。
「腹ガ、減ッタァァァッ!」
「っ?」
痛がる代わりに空腹を訴え始めたバザールは、近くの建物へと突っ込んでいった。
巨体で建物を粉砕すると、砕けた壁や屋根をバリボリと食っていく。
「肉が……」
さすがのリオンも唖然としてしまう。
バザールが建物を口に入れる度に、与えた傷口が段々と周囲の肉に埋もれていき、やがて元の綺麗な(?)肉塊に戻ってしまった。
恐らく食べたものを一瞬で吸収し、肉へと変換させているのだろう。
ならばと、再び斬撃を見舞い、肉を粉砕する。
だがバザールが建物を喰らえば、すぐに新たな肉が増えて元通りだ。
「身体は幾ら攻撃してもダメだな」
そう判断したリオンは、肉を足場にしながら一気にバザールの頭の上へ。
「さすがに頭部を破壊されたら死ぬだろ」
こうなってしまった以上、残念だがバザールには死んでもらうしかない。
ぶよぶよの後頭部へ、リオンは剣を振り下ろした。
ズバァァァァァァンッ!
バザールの頭が弾け飛んだ。
巨体が力を失い、地響きを立てて地面に倒れ込む。
「……バザール様」
ジギルが悼むように呟く。
私兵団長を務める彼にとっては、決して悪い雇い主ではなかったのだろう。
だが突然、ジギルが目を見開いた。
「ま、待てっ!? まだ動いているぞっ!?」
見ると、ごっそりと抉られたバザールの頭の一部が、もぞもぞと蠢き、近くの建物の残骸を呑み込もうとしていた。
「頭を失ったというのに、なんという食い意地じゃ! 誰かさんたち異常じゃの!」
「「ん?」」
「き、気持ち悪いですぅ……っ!」
誰もが目を剥く中、ついには頭部が周囲の肉によって埋まってしまう。
もはや頭というより、ただの肉の塊が首の上に乗っかっているような状態である。
そこには口の代わりとなる穴が一つ空いていた。
「モット……モットダ……」
バザールはのっそりと立ち上がると、その穴から辛うじて声を発しながら食事を再開する。
「……頭を破壊しても死なないのか」
リオンは頭を抱えたくなった。
悪魔の右腕を処理したときのように、異界へのゲートを開いて捨てるという手は使えない。
あれはせいぜい数十センチ程度の腕だから可能だったことで、これだけの巨体が通れる大きさのゲートを開くのは、さすがのリオンにも難しい。
ただでさえディメンション・ゲートは超高難度の時空魔法なのである。
いや、時間をかければどうにかなるかもしれないが……その間、このデカブツがこの場所に留まり続けてくれる保証はなかった。
「一撃で丸ごと消し飛ばす? さすがにそうすれば回復は不可能だろうが……」
そんな威力の攻撃をこんな街中でやってしまえば、周囲に尋常ではない被害が出るに違いない。
「まぁこのまま放っておいても一緒か」
今や巨大バザールの身長は十メートルを超え、横幅に至ってはその倍に迫る。
大きくなるにつれて食べる速度も上がっているようで、いずれ放っておいたら街ごと食い尽くしてしまうだろう。
そして恐ろしく危険な魔物を生み出してしまうことになる。
街の被害を無視した方法を取る前に、リオンは念のため、改めて巨大バザールを観察してみた。
「食用にはできそうにないな……」
あの贅肉はもちろん、内臓も食えそうにない。
食ったら腹を壊すどころか、何か恐ろしい呪いにかかってしまいそうに思えた。
「って、そうじゃない。料理人としての視点で見てどうする」
そう思い直したリオンだったが、
「……ん? ちょっと待て」
あることに気づいた。





