第138話 随分と気持ち悪くなったのう
バザールの私兵が冒険者ギルドに駆け込んできたとき、偶然にもその場にいて事態を知ったリオンは、すぐにギルドを飛び出して屋敷へと向かった。
恐らくギルドへの依頼という形になるだろうが、緊急事態なのは明らかなので、その辺りはもちろん後回しだ。
「何だ、あれは……?」
やがてバザールの屋敷へと辿り着くと、その天井を突き破るようにして、巨大な肉の塊が蠢いていた。
だがよくよく見てみれば、ほとんど肉に埋もれかけてはいるが、頭や腕といった部位が存在している。
そして屋敷を破壊しながら、木材などを喰らっているようだった。
「モットダァァァッ! モット食ワセロォォォッ!」
涎を撒き散らし、そんな怒鳴り声を響かせている。
「もしかして、あれがバザールのおっさん……?」
なるほど、確かに化け物だ。
「随分と気持ち悪くなったのう」
「「ん」」
「おデブってレベルじゃないです!」
『なかまなのー?』
同じぶよぶよでも、スライムの方が遥かに可愛らしい。
「お前は……っ!」
「あ、ジギルのおじちゃん」
そこへ見知った顔が現れた。
バザールの私兵団で団長を務めるジギルだ。
彼は血だらけだった。
どうやらかなり負傷しているらしく、今にも倒れそうなほどフラフラである。
「ヒール」
「っ……傷が一瞬で……?」
リオンが回復魔法をかけると、瞬く間にジギルの怪我が癒えていった。
「お前、従魔士じゃなかったのか……?」
「そんなことより何があったの?」
「そ、そうだっ……信じられねぇかもしれないが、あれはバザール様なんだ……っ!」
それからジギルが語ってくれたのは、数日前からバザールに起こった異変だった。
あの食材探査から帰ってきてからというもの、バザールが異常に食べるようになった。
最初はその程度の変化だったのだが、段々と食べる量が増えていき、料理人の手が回らないほどに。
同時に身体がどんどん大きくなっていき、さらには食べ物ではないものにまで手を出し始めたという。
食器を喰らい、テーブルを喰らい、最終的には屋敷で働く人間をも喰らおうとした。
その巨大化は留まることを知らず、屋敷の天井を突き破ってもなお、周囲の物を喰らって大きくなり続けている。
「どうにか屋敷の人間たちは避難させた……っ! 後は――」
「倒しちゃっていいの?」
「こうなったら以上、仕方ねぇだろう……っ! だが生憎と俺じゃまったく歯が立たねぇ……っ! 恐らく並の物理攻撃じゃ、あの肉の塊に弾き返されちまうんだ……っ!」
それを聞いて、双子がやる気に燃え始めた。
「「やる」」
双子はそろって走り出すと、その勢いを乗せて、バザールの巨体へと拳を叩きつけた。
ぶよおおおおおんっ!
「「っ!?」」
だが双子の渾身の一撃はバザールの柔らかな贅肉によって、いとも簡単に吸収されてしまう。
さらにはその反発で、双子は思い切り弾き飛ばされた。
「「つよい……」」
「くっくっく、どうやらお主らの攻撃は効かないようじゃのう。ここはわらわに任せておくがよい」
「「むぅ」」
メルテラは勝ち誇ったように笑うと、得意の土魔法を使った。
巨大化したバザールの頭上、空中に鋭く尖った岩塊が形成されていく。
長さ三メートルを超えたところで、それが猛スピードで回転し始めた。
ギュルルルルルルルルルルッッッッ!!
「あのデカブツを貫くのじゃ!」
メルテラが手を振り下ろすと、高速回転する岩塊がバザールの頭目がけて急降下する。
それに気づいたバザールは何を思ったか、迫りくる岩塊を前に、大きく口を開いた。
次の瞬間、岩塊はバザールの口の中へと呑み込まれていった。
「……なっ!?」
メルテラが愕然と目を見開く。
「ウマイッ、ウマイィィィィィッ!!」
バザールは歓喜の声を上げていた。
どうやらメルテラの魔法を気に入ったらしい。
しかもダメージを受けるどころか、さらに身体が大きくなっている。
「今ノ、モット食ワセロォォォッ!」
「ひぃっ!?」
目を血走らせながらこちらへと踊りくる巨大バザール。
その姿に恐怖を覚えたのか、メルテラは慌てて逃げ出す。
一方、リオンは迫りくるバザールを前にしても冷静だった。
「魔法を食った……? ……これならどうだ?」
放ったのは雷魔法だ。
一瞬の閃光とともに雷撃が虚空を貫き、バザールに直撃した。
やはりこの速度の攻撃なら反応は難しいようだ。
バリバリバリバリ――
「食事ノ邪魔ヲ、スルナァァァッ!」
「……っ?」
だがリオンの雷撃をまともに浴びながらも、バザールは痛がるどころか、まったく怯むこともなかった。
そのままリオン目がけて突っ込んでくる。
リオンは素早く剣を抜いた。
「ソードインパクト!」
繰り出したのは、斬撃に伴う強烈な衝撃波で相手を吹き飛ばす剣スキルだ。
バザールの腹に叩き込むと、吹き飛ばすまでには至らなかったものの、超重量の巨体が弾かれるように停止した。
「あ、あの巨体を止めやがった……っ!? 相変わらず出鱈目だな……」
「「りおん、つよい」」
さらにリオンは追撃を繰り出す。
ほんの一瞬の間に、バザールの肉を何度も斬りつけた。
ぶよよよよよよよよよよんっ!
だが刃は一度たりとも通らず、すべて肉に弾かれてしまった。
「……打撃どころか、斬撃も効かないのか」
スライム以上の柔軟性と弾力性に、さすがのリオンも舌を巻いた。