第137話 これも食べれそうだなぁ
「た、大変ですっ、ご主人様が……っ!」
バザールの私兵団で団長を務めるジギルの元に、屋敷のメイドが慌てた様子で駆けてきた。
その顔は真っ青になっており、よほどのことが起こったと推測できる。
「な、何があった?」
「そ、それがっ……そのっ……」
なんとも要領を得ない。
団員の訓練中だったジギルはメイドから話を聞くことを諦め、数人の私兵たちを引き連れて、すぐさま屋敷の方へと急いだ。
この時間、彼の主人は朝食を取っているはずだ。
「バザール様っ、何が――――っ!?」
そこで彼が見たのは、異様な光景だった。
広い食堂の真ん中。
そこに大きな肉の塊が立っていた。
「バザール様……?」
よく見れば、それは肥大化した彼の主人だった。
元から肥満体型ではあったが、今は一回りも二回りも大きくなっており、着ている衣服がはち切れそうになっている。
にもかかわらず、バザールは肉を揺らしながら食事を続けていた。
だが見たところ、テーブルの上にはもう料理がない。
あるのは食器やスプーンなどだけだ。
「バリボリバリボリバリ……」
響く異様な音から、ジギルは主人が何を食べているのかを察し、戦慄する。
「お、おい、これは一体、どういうことだっ?」
「わ、分かりませんっ……と、突然、食器を食べ始められてっ……」
部屋の隅で震えていた老齢の執事に問うが、彼もまた何が起こっているのか理解できないと首を振った。
そんな配下たちをよそに、バザールはテーブルの上のものをすべて食べ尽くすと、
「これも食べれそうだなぁ」
などと言いながら、今度はテーブルに齧りついた。
高質な木材でできているはずが、それをバザールはいとも簡単に噛み砕いていく。
「ば、バザール様っ、おやめください! それは食べ物ではありませんっ!」
ジギルは慌てて止めに入るが、
「邪魔をするなァッ!」
「ッ!?」
バザールが振るった腕で吹き飛ばされてしまった。
そのまま部屋の壁に強かに叩きつけられる。
「がはっ……な、なんて力だ……?」
ジギルは身長二メートル近い屈強な大男だ。
それを片腕で易々と吹き飛ばしてしまったバザールの腕力に、その場にいた誰もが言葉を失う。
しかも彼には身体を鍛える習慣などない。
「バリボリバリボリ……うむ、皿とはまた違う噛み応えがあって、なかなか美味かったな」
気づけばバザールはテーブルを食べ切っていた。
大人数でも利用できる大きさだったのだが、それがすべて彼の胃袋に収まったことになる。
無論、本来そんなことなどあり得ない。
「ど、どうなってるんだ……?」
「ますます身体が大きくなっている……っ!?」
バザールの肥大化は加速していた。
すでに衣服は破け、ぶよぶよの肉が完全に露出している。
それでもまだ彼は飽き足らずに、次の食べ物を探した。
「……人も、美味そうだよなぁ」
「ひっ?」
彼が目を付けたのは、近くにいたメイドだ。
彼女はその威圧感に腰を抜かし、そのまま地面にへたり込んだ。
「くっ……こ、攻撃するぞ!」
「だ、団長!? しかし……」
「相手が雇い主だろうが、人を殺すところを黙認などできるか! 構わん! 俺が責任を取る!」
ここにきて、ジギルはさすがに放置してはいられないと判断。
他の私兵たちとともに、一斉にバザールへ斬りかかった。
ぶよんっ!
「「「なっ!?」」」
だが彼らの剣は、バザールを傷つけることができなかった。
その分厚く柔らかい肉に阻まれ、刃が通らなかったのだ。
「なんだ? お前も食べてもらいたいのか?」
「っ!?」
バザールが腕を伸ばし、私兵の一人の頭を鷲掴みにした。
ジギルほどではないが、それなりに大柄な彼を、信じられないことに片腕で軽々と持ち上げてしまう。
そして大きく開いた口で、なんと上半身を丸ごと呑み込んだ。
「ぎゃああああああ――――」
絶叫の後に響いたのは、悍ましい咀嚼音だ。
口の端から大量の赤い液体が流れ落ちていく。
「化け物だ……」
「に、逃げろぉぉぉっ!」
仲間があっさりと食われたことで、私兵たちが慌てて逃げ出した。
彼らの大半は安定した所得を望んで今の職に就いている。
こうした危機的な状況下で、すぐに逃走を選択する者が多いのも当然だろう。
とはいえ、冒険者経験もあるジギルでも、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
何より雇い主がこの有様なのだから、団長とはいえ今さらその責務も何もない。
だがこの屋敷にはまだ、ここで働いている多くの人たちがいる。
もし避難できなければ、彼らもバザールの餌食になってしまうだろう。
ジギルはまだこの場に留まっていた私兵たちに命じた。
「こ、こいつは俺が引きつけておく! 今のうちに屋敷にいる人たちを避難させろ!」
「「「は、はいっ!」」」
その頃、リオンはというと。
「どうじゃ! わらわもこれで冒険者の仲間入りじゃ!」
冒険者ギルドで、メルテラからギルド証を見せられていた。
どうやら本当に冒険者として登録したらしい。
「くくく、これでお主と一緒に依頼を受けることができるの?」
「いいなー、いいなー、私も冒険者になりたいです~っ!」
シルヴィアが羨ましそうにぐるぐると回る。
「ちなみに試験は余裕じゃったぞ。試験官が弱すぎて、三秒で倒してしまったほどじゃ」
と、メルテラの自慢話を聞いているときだった。
「た、助けてくれっ!」
ギルドに駆け込んできたのは、バザールの屋敷の私兵で。
冒険者たちが何事かと注目する中、彼は叫んだ。
「バザール様がっ……ば、化け物になってしまったっ!」