第134話 あの遺跡を探索する
その夜。
テントで眠っていたバザールは、ある夢を見ていた。
「おお、なんと旨そうな料理だ……こっちにも……あっちにも……」
彼の周囲を取り囲むのは、見たこともないほど美味しそうな料理の数々。
バザールはすぐに料理に手を伸ばす。
「う、美味い! 肉汁が溢れ出してくる……っ! このピザも最高だ! トロトロのチーズに、トマトの絶妙な酸味! スシも美味い! 新鮮でよく脂が乗っている!」
次から次へと料理を口にしていくバザール。
しかしあっという間に満腹感が押し寄せてきた。
実はこの体型ながら小食なのである。
「ぐふ……た、食べたいものはまだまだあるというのに……もうお腹がいっぱいだとは……」
悔しそうに腹をさするバザール。
そんな彼などお構いなしに、周囲の料理たちがまるで自分を食べてくれとばかりに、その存在を主張し、近づいてくる。
「す、すまない……もうわしは、食べれないのだ……」
バザールは思う。
幾らでも食べることができる胃袋があったなら、と。
そんな彼の思考を読み取ったかのように。
どこからともなく声が聞こえてきた。
――もっと食べたいか?
「ああ、食べたい! わしは美味いものをたらふく食べたい!」
――この世界のあらゆるものを食べ尽くしたいか?
「食べ尽くしたい! この世にはまだわしが食べていないグルメが沢山あるはずだ!」
――ククク……貴様のその欲望、叶えてやろう。
◇ ◇ ◇
「ん?」
ふと、リオンは目を覚ました。
テントの中。
双子に両側から挟まれる形で眠っていたリオンは、首を傾げる。
「……気のせいか?」
何か嫌な気配を感じ取って目を覚ましたのだが、今は何も感じない。
双子もすやすやと眠っている。
「もう、たべれないですぅ~……むにゃむにゃ……」
シルヴィアも床に転がって寝ていた。
睡眠など必要ないゴーストなのだが……。
しかも寝言を口にしている。
もし魔物が接近してきたとしたら、たとえ寝ていたとしてもリオンには感知することが可能なのだが、どうやら魔物ではなさそうだ。
「じゃあ、何だったんだ?」
結局、原因は分からず、リオンは再び眠りにつくのだった。
翌朝のことだった。
「あの遺跡を探索する」
突然そう宣言したのはバザールだった。
雇い主の急な心変わりに誰もが目を丸くする中、ジギルがおずおずと疑問を口にする。
「バザール様? しかし昨日は、宝よりも食材探しを、と……」
「気が変わったのだ。恐らくこれはまだ誰も探索していない遺跡だ。何も調べずに回れ右するなど勿体ないだろう」
「そ、それはその通りですが……」
「もし貴重な宝を発見したならば、その分、報酬を上乗せするとしよう」
その言葉に冒険者たちが湧いた。
手付かずの遺跡を発見しておきながら回れ右するなど、冒険を生業とする彼らには歯痒いことだっただろう。
そうしてやる気満々の冒険者たちを先頭に、一行は遺跡へと立ち入った。
真ん中にバザール、そして後ろをジギルをはじめとする私兵たちが固めている格好だ。
バザール自身も探索に加わると聞いて、当初はジギルがどうにか止めようとしたが、結局、説得は失敗に終わった。
どうしてもと言って聞かなかったのである。
(一体どうしたんだ? 遺跡の中で食材が見つかるとは思えないが……)
リオンとしても、バザールの急変に驚くしかない。
「なんか悪霊にでも憑りつかれたんじゃないですかね」
「悪霊はお前だろ」
「私は善良なゴーストですよっ!」
シルヴィアとそんなことを言い合いつつ、リオンは頭を切り替えて遺跡の中をざっと見回す。
目で見える範囲だけではない。
その高い探知能力で、遺跡の奥まで把握していった。
(……かなり深いな。中には魔物もいるし、ダンジョン化しているようだ)
魔力の籠った建造物は、長い年月を経てダンジョンと化すことが多い。
恐らく数百年以上前に作られたであろうこの遺跡も、その例外ではなさそうだった。
「トラップは……大丈夫なようです」
索敵や探索などの能力に長けた冒険者が、念入りに調べながら最先頭を注意深く進んでいく。
そもそもこの周辺にトラップなんて全然ないんだけどなー、とリオンは思ったが、口を挟まないことにした。
「「ん!」」
突然、双子が身構える。
「ん? どうしたんだ、ボウズたち?」
「「まもの」」
「魔物……?」
そんな気配はまったくないぞと、冒険者たちが顔を見合わせる。
怪訝そうな視線が双子に注がれる中、二人は、
「「ここ!」」
いきなり何もない壁に向かって蹴りと叩き込んだ。
「ギャアアアアアッ!?」
「「「なっ!?」」」
絶叫とともに姿を現したのは、全長一メートルを超す蜥蜴のような魔物だった。
どうやら壁にへばりついていたらしいが、双子の強烈な攻撃を浴び、ほとんどペシャンコになってしまう。
「こいつはまさか、アサシンリザードかっ!?」
「アサシンリザード?」
「姿はもちろん、気配まで消して襲い掛かる蜥蜴だっ! しかも牙に猛毒があって、噛まれたら最後、上級の毒消しか解毒魔法じゃねぇと助からない厄介な魔物だ……っ!」
皆が驚きをもって双子を見やる。
「俺にはまったく分からなかったんだが……」
「どうやって分かったんだ……?」
「なんて幼児たちだ……ただ強いだけじゃねぇのか……」
「斥候の私の立場が……」