第130話 言及してもらえるだけいいですよ
魔境として恐れられる〝虹の森〟。
そこへ立ち入ろうとする主の護衛には、相当な実力者が必要だ。
しかし残念ながら私兵団の中に、求められる水準に到達している者は、ジギルをはじめとしてごく少数しかいない。
それゆえ冒険者ギルドに依頼を出しているのだ。
当然、人選に一切の妥協は許されなかった。
そしてこれまでの実績から、Bランク冒険者であっても、採用されるのはせいぜい三割といったところである。
(この歳でBランクというのは凄いが……ま、適当にあしらって帰すとするか)
ジギルは相手を完全に甘く見ていた。
Bランクとはいえ、所詮は十歳かそこらの子供だ、と。
「じゃあ、行くよ」
「ああ、どこからでもかかって――は?」
ジギルは唖然とした。
一瞬前まで数メートル先にあった少年の姿が、いきなりすぐ目の前に移動していたのである。
「ぐおっ!?」
少年が繰り出してきたのは、ジギルの顎を狙った蹴りだ。
ギリギリで頭を逸らして回避したが、凄まじい風圧で髪の毛が逆立った。
もしまともに浴びていたら、今頃は意識が飛んでいたかもしれない。
(なんて蹴りだ!? てか、こいつ拳士なのかっ!? 腰の剣はただの飾りかよ!)
腰に剣を提げているというのに、いきなり蹴り技でくるというのも完全に予想外だった。
ジギルは必死に飛び下がって距離を取る。
相手が徒手空拳なら、剣士であるジギルにとっては間合いを取って戦った方が有利だ。
試合開始から一秒も経たずして、ジギルは本気にさせられていた。
(いや待て待て! 別にこの試合の目的は勝つことじゃない!)
そう自覚しつつも、ジギルは湧き上がる闘志を抑え込むことができなかった。
子供相手に負けていられないという対抗心もあるかもしれない。
「はっ!」
「よっと」
下がりながら放った斬撃は、いとも容易く回避されてしまう。
だがジギルは構わず一気に攻勢を仕掛けた。
目にも止まらぬ剣捌き。
ハイオークですら浴びれば一溜りもない連撃が、小柄な少年に襲いかかる。
ジギルは冒険者だった当時でも、Aランクに届きそうな実力を持っていた。
貴族の私兵となり、実戦そのものは減ったものの、絶やさず鍛錬を重ねてきたのだ。
今ならAランク冒険者にも肩を並べられるだろう。
そんな彼の全力攻撃はしかし、ただ宙を斬るだけだった。
「後ろだよ」
「い、いつの間に……っ?」
慌てて振り返ると、少年は息一つ上げずに平然とした顔でそこにいた。
一方、ジギルの呼吸は荒い。
(マジかよ……まったく底が分からねぇ……)
相手の実力を測るどころか、勝ち負けを競うレベルですらない。
自分など到底及ばない次元にあると、ジギルは今の攻防だけで悟った。
「まだ続ける?」
「……バカ言え。合格だ」
ジギルは宣言した。
その様子を見ていた他の私兵たちが騒めき出す。
「お、おい、今の見えたか……?」
「いや全然……途中から団長が一人で剣を振ってるようにしか……」
「ご、合格なのか? まだ一分も経ってないぞ?」
「あんな子供が……何かの間違いじゃねぇのか?」
「団長が合格って言ってんだから合格だろ」
その大半が、今の一瞬で何が起こったのか理解していないようである。
(無理もねぇ。俺ですらよく分かってねぇくらいだからな。……しかし、合格を出したはいいが、大丈夫だろうな?)
護衛というのは、素早い状況判断力が問われ、経験が必要となる任務である。
本来ならば、たとえ実力があったとしても、経験に乏しい子供に務まるようなものではない。
(ま、その辺りは他でカバーすりゃいいか。こいつがいたら恐らく大抵の魔物は出てもどうにかなるだろう)
護衛依頼の当日。
リオンは再びバザールの屋敷を訪れていた。
「おう、来たか」
リオンの姿を確認して、ジギルが近づいてくる。
「……で、その幼児らがお前の従魔ってやつか?」
「うん。アルクとイリス。こう見えてかなり強いから期待していいよ」
「「ん、つよい」」
「あと、スーラも」
「なのー」
「まぁ、お前が言うならそうなんだろう」
今日は双子やスーラも連れてきていた。
試験に合格した後にあらかじめ伝えておいたこともあり、ジギルはすんなりと受け入れてくれたようだ。
「しかし、まさか従魔士とはな……。あんな体技を使える従魔士なんざ、聞いたことねぇぞ」
屋敷には他の冒険者たちも集まっていた。
リオンを含めて十名。
四人パーティが二つ、そしてソロパーティが二つという内訳だ。
もちろんソロパーティの一つはリオンである。
Aランク冒険者は二名いて、一人はパーティのリーダーを務める大柄な青年。
もう一人はソロの女性冒険者だ。
(どこかで会ったことがあるような?)
その冒険者を見て、リオンは微かな違和感を覚えた。
顔にはまったく見覚えがない。
しかしその気配に何となく既視感があったのである。
「ん? そっちのエルフは何だ?」
リオンの後ろから現れたメルテラに、ジギルは眉根を寄せた。
「いつも勝手に後を付いてくる他人」
「おい、どういうことじゃ!? わらわは仲間じゃろ!」
「と、本人は言ってるけど。あくまで本人は」
「そ、そうか……。悪いが、関係ない者を連れていくわけにはいかないのでな」
「だってさ」
「わらわの扱いが酷くないかの!?」
屋敷から追い出されるメルテラ。
事実上リオンの仲間であると言っても、彼女は冒険者ではないため、正式なパーティとしてギルドに登録しているわけではない。
確かな身分が保証されている必要がある護衛任務に、そんな人間を同行させることができないのは当然のことだった。
「ぐぬぬ……こうなったらわらわも冒険者になってやるのじゃ!」
そう悔しそうに宣言して、冒険者ギルドへと走るメルテラだった。
「言及してもらえるだけいいですよ! 私なんて存在すら認識されてないんですから!」
シルヴィアはなぜか怒っていた。
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