第128話 細かいことは気にしなくていいと思うよ
「どういうことだ……?」
「う、嘘だろ……」
「カレー店が……無くなっている?」
ついに大会最終日の販売がスタートとなった。
しかし第五エリアに殺到した客たちが、呆然とその場に立ち尽くしていた。
というのも、四日目終了時点でランキングトップの座を走り、今や街中で話題が沸騰しているカレーの屋台が、どういうわけかその屋台ごと消失してしまっているのである。
「一体あのカレー店はどこに行ったんだっ!?」
そのカレー店はというと、第五エリアからそう遠くない場所にあった。
「はいはい、並んで並んで! ちゃんと全員分あるからさ! 並ばないと食べさせてあげないよ!」
リオンの大声を受け、ボロ雑巾のような衣服を身に着けた人々が慌てて整列していく。
今まで行列に並んだことなどないような彼らだが、さすがにこの食欲をそそる匂いを強烈に漂わせている食べ物にありつけないとなっては困ると、兵隊も驚くほどの綺麗な行列を作り上げた。
その様子に満足しつつ、リオンはカレーを皿によそっていく。
「マジでタダで食えるのか!?」
「すげぇ! ありがてぇ!」
「あんた最高だよ!」
「ほ、本当に食っていいのか? 俺たち、金なんて持ってないぞ……?」
「いいよ。今日は特別」
そう。
リオンは今、屋台ごとこの貧民街へと移動してきていた。
移動販売用の屋台ではないため、アイテムボックスに保管して持ってきたのだ。
もちろん、第五エリアを追い出された貧民街の住人たちに、無償でカレーを振舞おうというのである。
「はぁ、間違いなく逆転されてしまうだろうな……」
「「……ん」」
「まぁ気にするな。別に料理人を目指しているわけじゃない。賞金は貰えなくなるが、また冒険者の依頼で稼げばいい」
「「ん!」」
メルテラが呆れたような顔を向けてくる。
「意外とお人好しじゃのう」
「意外もなにも、前世では世界を救った人間なんだけどな?」
「そういえばそうじゃったの」
気づけば行列は、長さにして五百メートルを軽く超えてしまっていた。
最後尾が見えないほどだ。
少しでも待ち時間を減らそうと、リオンは住人たちに猛スピードでカレーを配っていく。
「う、うめぇぇぇっ!」
「俺、こんな美味いの食ったことねぇよ!」
「ひゃっはーっ!」
リオンのカレーを口にした住人たちから、次々と絶賛の声が上がった。
「店の前で食べないで! 受け取ったら屋台の後ろ側に移動して食べること! そして食べ終わったら速やかに離れるように! こらそこ! 横取りしようとしない! おかわりしてもいいけど、列の最後から並び直すように! 割り込みは禁止!」
段々と屋台周辺に人が集合し過ぎてしまったので、リオンは声を張って呼びかける。
だが食べ終わってもなかなかその場を離れようとしない者も多く、このままではすぐに溢れ返ってしまうだろう。
「メルテラ、どうにかできないか?」
「ふっふっふ! わらわに任せておくがよい!」
どうするのかと思っていたら、メルテラは土魔法を使い、小型のゴーレムを大量に作り出した。
「うわっ、何だ!? ゴーレム!?」
「お、押される……っ?」
小型と言っても、大人の男性ぐらいの大きさはあるそれらが、食べ終わった人たちを強引に押し出していく。
こうして丸一日、貧民街の住人たちに大量のカレーを食べさせ続け……夕方には完食されてしまったのだった。
リオンの屋台が最終日に突如として消えたことは、当然ながら大きな騒ぎとなった。
色んな憶測が飛び交っているが、今のところライバル店による襲撃・拉致説が有力で、すでに大会運営が調査に乗り出しているという。
しかしそんなことなどまったく知る由もなく、リオンは最終報告のために大会の運営本部が設置されている飲食店ギルドを訪れ、
「ちょっ、リオンさん!? ご無事だったんですか!?」
「え?」
「え、じゃないですよ! 最終日にいきなり屋台ごといなくなって、大騒ぎになってるんですから! 一体どこで何をされていたんですか!?」
「えーと……予想を超える売れ行きで、食材が完全に切れちゃって。どうにか調達しようと頑張ったんだけど、結局、間に合わなかったんだ」
「そうだったんですか……。確かに、初出場であの売り上げ……予想できなくても無理はないですけれど……」
貧民街で無料配給していたことは黙っていた方が良いだろう。
幸いもっともらしい嘘を吐けたことで、運営は納得してくれたのだった。
「あれ? でもそれなら、なぜ屋台ごと……?」
「細かいことは気にしなくていいと思うよ」
「結局、最終的な順位は十三位か」
翌日、大会の最終結果が発表された。
リオンは十三位。
四日目が終了した時点では一位だったが、最終日に一気に追い抜かれた形になる。
「まぁ最終日の売り上げがゼロだったことを考えれば、健闘した方だな」
八位以内に与えられる入賞も逃してしまったが、リオンとしては別に悔いは残っていない。
大勢の人たちが、自分の作った料理を美味しそうに食べてくれた。
何だかんだで、そのことに一番、満足させられていたのだった。
「いっそこのまま本当に料理人になってやろうか?」
「ちょっ、お主、本気か!?」
「ええっ? せっかくなんですから、もっと色んなところを旅しましょうよ!」
「冗談だって、冗談」
メルテラとシルヴィアが猛反対する中、
「「……」」
毎日美味い料理が食べられるなら、それでもいいかもしれない。
食いしん坊な双子だけはそんな顔をしていた。
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