第127話 奴らをこの広場から排除しろ
「なぁ、あんた! 俺たちにもカレーを食べさせてくれるんだって!?」
「本当にありがてぇ! 最近、何にも食えてねぇんだ!」
大挙して押し寄せてきた貧民街の住人たちから、カレーを食べさせてくれと要求されるリオン。
どうやら昨日、子供にカレーをタダで食わせてあげたことが、貧民街に知れ渡ってしまったらしい。
(……なるほど、上手い嫌がらせだな。直接的に手を出してこられた方がよっぽど楽だ)
恐らくライバル店による妨害工作だ。
何者かが意図的に貧民街中に情報を拡散させようとしなければ、さすがにたった一日でこれだけ知れ渡ることはないだろう。
(全員にカレーを食べさせて帰ってもらう? ……無理だな。幾らなんでも数が多過ぎる。準備してあるカレーが食べ尽くされるぞ。しかも本当にここで無料提供を始めたら、さらに貧民街から人が大挙して押し寄せてくる)
かといって、数人限定と言っても今さら納得しないだろう。
すでに彼らの目は血走っており、もし食べることができないとなれば暴動が起きかねない雰囲気だ。
他の屋台にも被害が出てしまうだろう。
いや、もう出ている。
仕込みのためにやってきた店主たちが、広場に溢れかえる貧民街の住人たちのせいで、自分の屋台に近づくことができずにいるのだ。
「ふん、こんな奴ら無理やり排除すればいいではないか」
「さすがにそうはいかないだろ」
「しかし、お主がせぬとも、あやつがやりそうじゃぞ」
「……? あ、グルメ王」
リオンの躍進に一役買ったあのグルメ王・バザールが、またしてもこの広場へとやってきたのである。
「何だ、こいつらは?」
「バザール様。恐らく貧民街の者たちかと」
「貧民街? 道理で汚らしい格好をしているわけだ」
バザールは不快気に貧民街の住人たちを睨み、大声で怒鳴りつけた。
「ここは料理を売っている場だ! 貴様らのような汚らわしい輩どもが来るようなところではない! とっととゴミ溜めに帰れ!」
それを耳にした貧民街の住人たちは、当然ながら激怒する。
「うるせぇ、このデブ貴族が! 毎日好きなだけメシが食えるてめぇに、俺らの気持ちが分かるかっ!」
「ぶくぶく太りやがって、このブタ野郎!」
「だいたいお前の政治がクソなせいで、オレたちはロクに飯にもありつけねぇんだ!」
「そうだそうだ! この無能貴族め!」
罵詈雑言を浴びせられ、バザールもまた激怒した。
「これだから卑しい貧民どもは……っ! 貴様らごとき、わしらがその気になれば簡単に排除できるのだぞっ? 前々からあの汚らしいゴミ溜め地域を大掃除すべきだという声は、何度も上がっている! だがそうはせずに、あそこに場所に住まわせてやっているのだ! その慈悲を知らず、よくそんなことが言えたものだな!」
さらにバザールは、彼に従う護衛たちに命じた。
「奴らをこの広場から排除しろ! 武器を使っても構わん! 抵抗する者は叩き切れ!」
「「「はっ」」」
忠実な護衛たちはすぐさま動き出した。
剣や槍を手に牽制し、住人たちを追い払おうとする。
「そ、そんな脅しに乗るか!」
「カレーを食うまで帰らないぞ!」
「そうか、ならば死ね」
「っ!?」
護衛の一人が容赦なく住人へと剣先を突き出した。
住人は腹を突かれ、そこから血が噴き出す。
「ほ、本当にやりやがった!?」
「に、逃げろっ!」
「「「うわああああっ!」」」
先ほどまで激高していた貧民街の住人たちも、これにはさすがに騒然となった。
バザールの護衛はせいぜい五、六人程度しかいなかったが、彼らは所詮、武力を持たない烏合の衆だ。
何人かが逃げ出すと、瓦解はあっという間だった。
波が引いていくような速さで、気づけば広場からいなくなっていた。
「うぅ……いてぇ……」
腹を斬られた男だけが一人、呻きながらその場に蹲っている。
「バザール様、どうしますか?」
「ふん、ここで死体を作っては料理がマズくなる。見たところ大した傷でもない、とっととここから連れ出して、布でも巻いておいてやれ。ポーションを使うのは勿体ない」
「はっ。……おい、立て」
男は無理やり立たされると、手当もされないまま追い立てられていった。
「面倒なことになっていたな」
「う、うん……」
バザールに声をかけられ、リオンは曖昧に頷く。
「お前のカレー料理はこのわしも認めるところだ。あのような卑しい者どもには、たとえ金があろうとそれを食う価値もない。ましてやタダでなど……」
「……」
「ともかく、お前には期待している。恐らくこの大会で優勝するだろうが、それで満足することなく、バルバラ一の料理人を目指すのだ。そしてこのわしにもっと美味いものを食わせてくれたまえ」
それからバザールは、まだ開店前にもかかわらずカレー(トッピング全乗せ)を注文すると、やはりその場で平らげ、また金貨一枚を支払って去っていったのだった。
「あのおっさんのお陰で、どうにか五日目もやれそうになったが……」
「「りおん……」」
双子がくいくいと、リオンの手を引いてきた。
「「あのひとたち、おなかいっぱい、たべられない……?」」
かつて自分たちも奴隷としてロクに食事にありつけなかったことを思い出したのか、二人とも悲しそうな目をして訊いてくる。
物心ついたときには親がいない二人は、もし奴隷となっていなかったら、彼らと同じように貧民街で生活していたかもしれない。
きっと他人事だとは思えないのだろう。
「……仕方ないな」
リオンはやれやれと嘆息した。
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