第124話 憑依して排除してくれ
大盛況で二日目が終わり、大会の三日目を迎えていた。
「二日目を終えて順位は……十九位。よし、一気に上がったな」
「「すごい」」
入賞は八位までなので、見える位置に来ている。
だが優勝を目指すならば、まだまだここから大きく追い上げなければならないだろう。
「というわけで、匂い作戦その二だ」
「今度は何をするつもりじゃ?」
「もっと広範囲にまでカレーの匂いを拡散させるんだ」
調べたところによれば、カレー料理を出しているのは、全部で二百あるお店の中でもリオンのところだけ。
恐らく屋台では、パンを焼くための窯が用意しづらいからだろう。
それゆえ、「人はカレーの匂いを嗅げばカレーを食べたくなるもの理論」が正しければ、匂いを嗅いだ全員がリオンの屋台へと集まってくるはずだった。
「しかし広範囲ともなると、さすがに匂いが分散されて効力が弱まるのではないか?」
「ああ、だから広範囲と言っても、狙いを絞って上手く拡散させる。狙うのはもちろん、他のエリアだ」
第一から第四までのエリアを、ピンポイントで狙い撃つ。
そこなら最初から屋台で何かを食べようとしている人が集まっているわけで、客になりやすい。
さらに他の店から客を奪うこともできるだろう。
逆転を狙うならば必要なことだ。
やはり風魔法を使うが、ちょっとした工夫が必要である。
「風の膜でカレーの匂いを覆って……これでよし」
匂いを閉じ込めることで、移動途中の分散を防ごうというのである。
「なるほどのう……」
「感心してないで、メルテラも手伝ってくれ。これくらいできるだろ?」
「当然じゃ! わらわを誰だと思っておる!」
そうして二人で力を合わせ、三日目の販売開始前からカレーの匂いを他エリアへと飛ばしていくのだった。
「な、何だか物凄くいい匂いがしてきたぞ……?」
「本当だ。これは……カレーか?」
「カレーの屋台なんてこのエリアにあったっけな?」
「いや、昨日も来たが、なかったはずだ」
「じゃあ、何でカレーの匂いがするんだ?」
「分からない。だが、お陰で無性にカレーが食いたくなってきたぞ」
「カレーと言えば、第五エリアに不思議な店があるって聞いたな」
「不思議な店?」
「ああ、店主も売り子も全員まだ子供なんだ。しかも斬新なカレーを売ってるらしい」
「斬新?」
「なんでもパンに付けて食べるんじゃなくて、コメの上にかけて食べるんだって」
「本当か?」
「だが信じられないくらい美味いそうだ」
「マジか。そう言われると食ってみたくなるな。第五エリアか……ちょっと遠いが、行ってみるか?」
「そうだな。あのサイコロステーキも捨てがたいが……やっぱ今日はカレーを食べたい気分だ」
「ぬおっ!? 無茶苦茶たくさん客が来おったぞ!?」
匂い拡散作戦が功を奏したのか、三日目の販売開始直後から驚くほどの客が殺到した。
一気に長い行列ができ始める。
しかし行列が長ければ長いほど、それを見た客が「並ぶの大変そう」と思い、回れ右してしまう危険性も高くなる。
それでは大いに無駄になってしまう。
「アルク、イリス、行列の後ろでこう言ってきてくれ。『五分待ち』と」
「「ん!」」
「五分!? 五分でこんな数を捌けるのか!?」
「心配するな。こんなこともあろうかと思ってカレーにしたんだ」
ご飯をよそい、そこへカレーをかけるだけのシンプルな作業でしかない。
さらにリオンのステータスならば、一秒で二、三皿を完成させることも可能だった。
「メルテラ、あらかじめ客に三つのトッピングがあることを伝えておいてくれ。トンカツが+銅貨二枚、チーズが+銅貨一枚、目玉焼きも+銅貨一枚だ」
「わ、分かったのじゃ!」
順番が来てからトッピングを考えられては、時間が勿体ない。
「わ、私はどうすれば!?」
「ゴーストにできることなんて――いや、待てよ……。そうだ、クレーマーっぽい奴がいたら、憑依して排除してくれ」
「クレーマーですか?」
ちょうどそのとき、先ほどカレーを購入した若い男が怒鳴り声を上げながら近づいてきた。
「おい! どういうことだ、これは!」
「ああいうのを大人しくさせて、どこか遠くにやってくれ」
「分かりました!」
「さっき買ったカレーの中に虫が入っ――むぐっ!?」
男は急に静かになったかと思うと、そのまま回れ右して去っていく。
(注意しながら作ってるからな。虫なんて入っているはずがない。大方、買った後に入ってきたんだろう)
……あるいは、ライバル店の差し金か。
虫程度であそこまで怒るとは考えづらい。
もちろん元からそういう人間という可能性もあるが、リオンの目には、男が演技をしているようにも見えた。
「スーラ」
『はいなのー』
「念のためベイビースーラを使って、あの男の後を追跡してみてくれ」
『りょーかいなのー』
そんなことがありつつも、リオンは猛スピードでカレーを売っていく。
あまりの回転の速さに、通常なら三十分は並びそうな行列が、ものの数分で処理されていった。
だが次から次へと客が来るため、行列は途切れることがない。
と、そのときだった。
突然、行列が騒めき始め、何事かとリオンは視線を転じる。
「グルメ王だ……」
「グルメ王が来たぞ……」
そんな声があちこちで上がる中、行列など無視して堂々と先頭まで歩いてきたのは、恰幅のいい中年男だった。
「グルメ王……?」
誰だそれは、とリオンは首を傾げた。





