第115話 わたしへの宣戦布告ですか
「「ぱくっ、もぐもぐもぐもぐもぐ、ごくん。……ぱくっ、もぐもぐもぐもぐ、ごくん。……ぱくっ、もぐもぐもぐもぐ、ごくん」」
スシ一貫はそれほど大きくないとはいえ、双子は小さな口へ丸ごと放り込むと、数回咀嚼しただけで呑み込んでしまう。
そうして頼んだスシが次々と消えていき、お皿だけが積み上げられていく。
「「ん、おかわり。さっきとおなじの。わさびぬき」」
どうやら双子はスシを気に入ったようだ。
特にサーモン、ハマチ、タイ、エビあたりが好きらしく、何度も注文している。
もちろんワサビ抜きだ。
スシに使われる辛みのある香辛料だが、子供の舌には合わなかったようで、最初何も知らずに口にした双子は涙目になってしまった。
「二人で何皿食べてるんだ……?」
「あんなに食ってちゃんと支払えるのか……?」
「子供ばかりだし、見たところあまりお金を持っているようには思えないが……」
幼児とは思えない食べっぷりに、店内がざわつき出した。
「わ、わらわも負けぬぞっ! マグロじゃ! マグロを十貫持ってくるのじゃ!」
「張り合わなくていいって」
「う~、私もスシを食べてみたいです~~っ!」
メルテラが対抗心を燃やし(マグロが気に入ったようだ)、シルヴィアは一人食べることができずに嘆いている。
そこへ店員が不安げな顔で近づいてきた。
「お客様、すでにかなりのお値段になっておりますが……お支払いの方は問題ないでしょうか?」
「うん、大丈夫。ほら」
リオンは金貨数百枚が入った袋をアイテムボックスから取り出し、店員に見せた。
聖王国で褒美として大金を貰ったこともあり、懐は大いに潤っているのだ。
「っ!? し、失礼いたしました!」
定員は頭を下げて去っていく。
「おい、見たかあの金貨の量……」
「なるほど、貴族か大商人の子供ってわけか……」
「その割には貧相な服を着てるが……」
そんな客たちのひそひそ声を余所に、双子の勢いは止まらない。
「「ぱくっ、もぐもぐもぐもぐもぐ、ごくん。……ぱくっ、もぐもぐもぐもぐ、ごくん。……ぱくっ、もぐもぐもぐもぐ、ごくん」」
まったくペースを落とすことなく食べ続けている。
「もう食えぬ……」
先に限界がきたのはメルテラの方だった。
膨らんだお腹を押さえ、座席の上にひっくり返ってしまう。
「げっふー」
「まんぞく」
ようやく双子が手を止めたときには、二人の身体が見えなくなるくらい皿が積み上がってしまっていた。
一人百貫ずつくらいは食べたのではないだろうか。
店を出るときには、店内にいた客たちから賞賛の拍手をされてしまった。
「すごかったぞ!」
「将来は大食いチャンプだな!」
「「?」」
宿へと戻る途中のこと。
「「すんすん……いいにおい」」
「またか」
双子が立ち止まった。
確かに辺りにスパイシーな香りが漂っている。
「この匂い、もしかして……」
行ってみると、リオンが予想した通りカレーの店があった。
「カレーまであるのか」
「「かれー?」」
カレーは南方諸国に特有の料理だ。
幾つもの香辛料を混ぜ合わせ、それを具材とともに煮込んだ汁状のものを、パンなどに付けて食べる。
これもグルメタウンと言えど、百年前にはなかった料理である。
カレーといい、スシといい、世界が平和になったことで、遠い国との交流が増えたのかもしれない。
「「じゅるり」」
濃厚なスパイスの香りに刺激されたのか、双子の口から涎が垂れる。
あれだけスシを食べたばかりだというのに、まだ食べたいらしい。
しかしさすがにこれ以上は食べ過ぎだ。
「焦らなくても、しばらくはこの街にいるんだ。また食べに来ればいい」
「「うー」」
リオンは不満そうな双子の首根っこを掴んで、宿まで連れて帰るのだった。
「げろげろげろ」
……メルテラは途中で吐いた。
それからリオンたちは毎日のようにバルバラの街を食べ歩いた。
ピザやグラタン、ハンバーグといった定番の料理から、独特な色と食感の麺をスープに漬けた〝ラーメン〟、魚介類のタコを小麦粉の生地に閉じ込めて球状に焼いた〝タコ焼き〟など、珍しい料理まで。
やはり百年前と比べ物にならないくらい、多彩なグルメが出回っているようだ。
中でも双子が気に入ったのは、アイスクリームと呼ばれる牛乳を原料にして作った冷たいお菓子だ。
「「ぺろぺろぺろ」」
「うむ、甘くて美味いのじゃ! これなら幾らでも食べれそうじゃの!」
メルテラも甘いものが好きなのか、嬉しそうにアイスクリームを舐めている。
チョコレートやイチゴなど、色んな味を楽しめるのもアイスクリームの特徴だ。
「全種類を食べ尽くしてやるのじゃ!」
「おい、やめとけ。また吐くぞ」
道端でリバースしたことを忘れてもらっては困ると、リオンは忠告する。
「そもそもホムンクルスは食べる必要ないんだろ?」
「確かに必要ないが、味覚はちゃんとあるのじゃ。別に味覚なしでもよかったのじゃが、今思えば付けておいて正解だったのう。こんな美味いものを味わうことができぬとなったら、きっと地獄だったじゃろう」
「そ~れ~は~、わたしへの宣戦布告ですかぁぁぁっ!?」
「ひぃっ!?」
一人だけ食事ができないシルヴィアが、今にも悪霊と化しそうだった。
「そんなことより、さすがにお金が減ってきたな……。そろそろ稼がないと」





