第110話 ばっちり憑りついてます
大聖女と呼ばれていたシルヴィアは、勇者リオンに仲間になることを拒絶された。
国民の誰もが期待する中、すごすごと神殿に戻ってくるなど、できるはずもなかった。
国の主柱であるはずの聖女の名を汚すことにもなってしまうし、彼女の矜持が許さなかったのだ。
神殿地下に存在する迷宮へとこっそり忍び込んだ彼女は、この場所で長き眠りについた。
しかし、いつしか魂だけが肉体から抜け出し、ゴーストとなってこの国を彷徨うこととなってしまう。
そして湖の畔の街で、偶然にも転生したリオンと出会ったのだった。
……もちろん彼女はまだその事実を知らないが。
「うぅ……こんな悲しい死に方なら……思い出したくなかったです……」
いじけたように部屋の隅っこに座り込み、ブツブツと呟くゴースト改めシルヴィア。
「このゴース……このお方が、大聖女シルヴィア様……?」
「勇者と旅をしたというのは、嘘だったってこと……?」
「そ、そんな真実が……」
完全に見えるようになったのか、現代の聖女たちはその様子に大いに戸惑っている。
彼女たちにとって、大聖女シルヴィアは憧れの存在だった。
それがまさかゴーストになったばかりか、これまで当たり前のこととして教えられてきた史実が真っ赤な嘘だったというのである。
衝撃を受けるのも無理のないことだろう。
「……つまるところ、すべてお主が悪いってことじゃの?」
メルテラにジト目を向けられたリオンは、そんなこと言われてもなぁと思いつつ、前世の記憶を探っていた。
(確かにこの国に立ち寄ったとき、それらしき奴がいたような、いなかったような……)
生憎とはっきりとは覚えていない。
「と、とにかく、このことは我々の胸の内に秘めておく方がよさそうだな」
「そうね……それがいいと思うわ……」
「賛成です……」
その方が混乱を招かずに済むと考えたのか、あるいは幻滅を覚えたとはいえ大先輩に対する配慮からか、三聖女たちは全会一致でこの件を秘匿することに決めたようだ。
地下迷宮から地上へと戻ってきた。
「あやつを置いてきてよかったのかの?」
「仕方ないだろ? 声かけても返事しないんだし。まぁ、あの隙を突いて強制浄化させるっていう手もあっただろうけど」
「……さすがにそれは鬼畜の所業じゃろ」
メルテラはあれだけゴーストを怖がっていたのだが、自分と境遇が似ていることを知ったからか、心配そうにしている。
「とりあえず害を及ぼすようなことはなさそうだが……」
「……しばらく様子を見ましょう」
「それがいいと思います……」
普通ならゴーストはすぐに浄化させるものだが、相手は大先輩である。
色々あって疲労が溜まっている三聖女たちは、頭を悩ませるこの問題をひとまず先送りするつもりのようだった。
その日は神殿に備え付けられた宿舎を借りて休むことになった。
聖女たちからは賓客用の部屋を提供しようとの申し出があったのだが、リオンはそれを固辞した。
この宿舎は神殿の職員が利用している他、一般巡礼者にも貸し出しているものだ。
「……で、何でここにいるんだよ?」
「ていうか、置いていかないでくださいよ! 一緒に戦った仲なのに薄情じゃないですか!」
その宿舎に、なぜか地下迷宮に放置してきたはずのゴーストが現れた。
「一応、声はかけたつもりだが」
「さすがの私も少しショックだったんです! でももう大丈夫です! 見ての通り元気になりましたから!」
ゴーストに元気も何もない気がするが、確かに見たところ普段の明るいゴースト(?)に戻っている。
「私、決めました!」
「……何を?」
「あなたたちに付いていきます!」
「は?」
いきなりの宣言に、リオンの口から変な声が零れる。
「何となくですけど、そうするべきだって、私の魂が訴えてる気がするんです!」
「へ、へぇ……」
もちろん彼女はリオンが勇者リオンであることを知らない。
だが霊体だからか、直感的にそれを感じ取り、生きている頃に成せなかった願望を魂になっても実現しようとしているのかもしれなかった。
「くくく、なにせ目の前にいるのはその本人な――むぐぐぐっ」
「おい、余計なことを言うなよ?」
メルテラの口を咄嗟に封じるリオン。
「……? そう言えば、何となくどこかで聞いたことのあるような口調ですね?」
「気のせいじゃないかな~、ゴーストのお姉ちゃん?」
咄嗟に子供らしい純真な笑みを浮かべて誤魔化す。
「でもお姉ちゃん、綺麗な肉体がそのまま残っているんだ。もしかしたら復活できるかもしれないよ?」
しかも、見たところほとんど劣化していない状態の魂が目の前にあるのだ。
リオンの蘇生魔法ならば、当時のままに生き返らせることも可能だろう。
「それはいいです。生きることに未練はないですから。……生きていると恥ずかしいですし、何より私がいると今の人たちが困ると思います」
確かに百年前の大聖女がいきなり現れたら、色々と面倒なことになるだろう。
「それにこの身体にも慣れちゃいましたし。意外と便利なんですよ? ご飯を食べる必要もなければ、汚れを気にする必要もありません。壁を通り抜けられるのも楽しいです」
「そ、そう……」
「というわけで、これからよろしくお願いしますね!」
どうにか逃げられないかな? と真剣に考えるリオン。
「あ、逃げようとしても無駄です! もうばっちり憑りついてますので!」
……無理そうだった。





