第109話 恋仲だったというのも頷けるわ
「『私は今日、聖女の一人に選ばれました。魔王軍が各地で猛威を振るっているこの大変な時期です。本当に私などでいいのでしょうか? 正直まったく自信がありません……。うー、不安しかないよー』」
棺の中にあった日記を開いたモーナは、中身を声に出して読んだ。
どうやらこれは過去の聖女が遺した日記のようだった。
「あ、あれ……? なんだか、嫌な感じが……」
アンデッドでも悪寒を感じるのか、ゴーストがなぜか身体を震わせ始めた。
「しかし魔王軍……ということは、百年前の聖女だろうか? この先も苦悩が書き綴られている」
「なんかちょっと親近感湧くわね……」
「今の私たちと似たような不安を抱いていたんですね……」
さらにモーナは慎重な手つきで日記を捲っていく。
遺体の主を特定できるような情報がないか、探しているのだ。
やがてあるページで手を止めた。
「『どういうわけか、みんなから大聖女などと呼ばれるようになってしまいました……。確かに三人の聖女の中で、【聖者】のジョブを取得できたのは私だけですが……だからと言って、そんな大それた尊称はやめてほしいです……荷が重くてつらい』」
モーナたちは互いに顔を見合わせた。
「大聖女……まさか、大聖女シルヴィア様なのか……?」
「百年前ってなると、その可能性は高いわね……」
「じゃあ、このご遺体は、あの大聖女様のもの……?」
彼女たちの視線が、棺の中で眠る美女へと向けられる。
「噂に違わぬ美しさだな……」
「そうね……。かの伝説の勇者リオンと恋仲だったというのも頷けるわ」
「ですが、なぜこんなところにご遺体があるんですかね? 確か魔王を討伐したあとは、勇者リオンと一緒にひっそりと幸せに暮らしたって……。わたしあの絵本、大好きでした」
「……は?」
リオンは思わず変な声を漏らしてしまった。
(いやいやいや、どういうことだ? シルヴィアなんて知らないし、ましてや魔王と戦って俺は死んだはずだぞ?)
まるで身に覚えのない話である。
だが少し前に似たようなことがあった。
そう、それはエルフの街で――
「確かにおかしいな? だが続きを読めば、何か分かるかもしれない」
困惑するリオンを後目に、モーナは日記の先を読み進めていった。
「『この国に攻めてきた魔王軍を無事に撃退しました。もちろん私も頑張りましたよ。自分で言うのもなんですが、かなり活躍したと思います』」
「う~ん……やっぱり気持ちが悪いです……」
「『民たちが最近こんな話をしているようです。私なら勇者の仲間になって、魔王討伐において大きな力になれるはずだ、と。いやいや、勝手なこと言わないでくださいよ。まぁ確かに私は天才かもしれませんけど、さすがにそこまでは……。過去の勇者の仲間たちは、いずれも当代の英雄ばかりですしね』」
「ううぅ……苦しい……」
「『この国の近くに勇者が来ているようです。もしかして私を仲間にするためでしょうか? ふふふ、やはり勇者も私の才能を捨ておくことはできなかったみたいですね。いいでしょう、魔王討伐に私の力をお貸しいたしましょう!』」
最初は謙虚というか、自尊心があまり高くない様子だったのだが、周囲から持ち上げられ続けたせいか、段々と自信に溢れ出してくる。
最後の方はもはや傲慢とも取れる文章が綴られているほどだ。
「どうやら次が最後のページのようだ」
モーナが日記の最後へと至る。
すると直前のそれと内容が一転していた。
「『勇者に置いていかれた……仲間は要らないって……死にたい……』」
それは絶望を表すかのようなよれよれの文字で綴られていた。
「『どうやって国のみんなに説明したらいいんですかね……? あんなにノリノリで仲間になるつもりだったのに、きっぱり断られましたって? ふふふ……きっと歴史に残りますね……もちろん黒歴史として……』 ――日記はここで途切れている……」
モーナが最後まで読み切ったそのとき、さっきからずっと苦しそうにしていたゴーストが突然、大声で叫んだ。
「ああああああっ!? 思い出しましたっ! 全部、思い出しましたぁぁぁっ!」
頭を抱えて、穴の開いた風船のようにあちこちを飛び回る。
「っ!? な、何だ、あれは……っ?」
「ゴースト!?」
「一体どこから!?」
「ひぃぃぃっ!」
その強い感情が存在感を高めたのか、リオン以外にも彼女を認識できるようになったらしい。
聖女たちが驚きの声を上げ、メルテラが顔を青くする。
「あの姿、まさか……」
「し、シルヴィア様!?」
「も、もしかして、私たちが勝手に日記を読んだことを怒っていらっしゃるのでは……っ!?」
秘密を知ってしまったがゆえに、このままでは呪い殺されてしまうのではないかと、戦慄する聖女たち。
しかしそんな彼女たちを後目に、ゴースト改めシルヴィアは、一通り暴れた後は部屋の隅っこに蹲ってしまった。
「そうです……私はあのあと勇者とともに旅に出たふりをして、この神殿の地下に来たんです……そして一人ここの隠し部屋に籠って……自分を魔法で氷漬けに……」
あれだけ怯えていたメルテラが、憐れむような顔になる。
自分とよく似た経験をしていた彼女に親近感が湧いたのかもしれない。
それからジト目でリオンを見ると、責めるような口ぶりで言った。
「……つまるところ、すべてお主が悪いってことじゃの?」





