第106話 どこか遠くに捨ててくるしかないよね
リオンは悪魔の右腕を封印していた結界を破壊した。
「何やってるんだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「何してんのぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「何してるんですかぁぁぁぁぁぁっ!?」
三聖女が同時に目を剥いて叫ぶ。
直後、封印から解かれた右腕がまるで一つの生き物であるかのように、祭壇から跳ね飛んだ。
凄まじい魔力が炸裂する。
右腕の切断面が蠢き出したかと思うと、見る見るうちに肉が盛り上がっていき、右肩、胴体、頭、左腕、下半身と、あっという間に身体を形成していく。
「おおー、確かにすごい再生能力」
「感心している場合かっ! 悪魔が復活するぞ!」
「大丈夫。ちょっと伏せてて」
「っ?」
「エクスプロージョン」
リオンは再生中の悪魔へ、容赦のない高威力の爆発魔法を放った。
「「「~~~~っ!?」」」
「「ん!」」
猛烈な爆風が空間を駆け巡り、吹き飛ばされそうになった三聖女たちを、双子が慌てて捕まえた。
やがて爆風が収まったとき、そこにあったのは元の右腕だ。
祭壇は完全に消失し、周囲には爆発により炭化した肉片が散乱しているというのに、右腕だけは無傷である。
「なるほど、お姉ちゃんが言う通りだね」
「もしかしてわざわざ確かめたのかっ!? で、できるなら早く封印し直すんだ!」
「できなくもないけど、それより完全に破壊しちゃった方がいいでしょ?」
声を荒らげるモーナにそう答えながら、リオンはまたしても身体を再生しようとしつつある右腕へ接近、今度は剣を振り下ろす。
ズガンッ!
「おおっ?」
信じられないことに剣が弾かれてしまった。
ドラゴンの鱗ですらこんなことにはならない。
しかもリオンの剣はただの剣ではなく、アダマンタイト製の剣なのだ。
「無駄だ! その右腕は魔法はおろか、物理攻撃すらも完全に無効化するんだ! やはり封印しか――」
「うーん、ちょっと傷がついただけか」
「――って、傷がついただって!?」
右腕には薄っすらとだが切り傷ができていた。
だがすぐに消えて元通りになってしまう。
それからリオンは何度も剣で斬りつけ、さらには魔法も連発してみたが、僅かなダメージを受けるだけで、それもあっという間に修復してしまった。
信じられない耐久力に再生能力。
これにはさすがのリオンも、破壊するのは難しいなとお手上げ状態だ。
「やはり難しかったか……」
「ていうか、この子、何で剣も魔法も使えるわけ……?」
「【魔法剣士】、なのでしょうか?」
「それにしてはどちらも高レベル過ぎる気がするが……」
「そもそも支援術師だと思ってたんだけど……」
三聖女がそんなやり取りをする中、リオンは思案していた。
真っ当なやり方での破壊は諦めたが、完全に匙を投げたわけではなかった。
「スーラに吸収させる……というのはちょっと怖いしなぁ」
『やってみるー?』
「いや、下手したら逆に取り込まれかねない。やめておいた方がいいだろう」
リオンは小柄なエルフに声をかけた。
「これ、どうにかできそう?」
何だかんだでリオンよりずっと長く生きているし、何かいいアイデアがないか期待したのだ。
「くっくっく、どうやらわらわの出番のようじゃのう」
「お、やれそうなのか?」
「もちろんじゃ。わらわにかかればこれくらい、いとも簡単に――」
「御託はいいから、やってみてくれよ」
「そう焦るでない。こういう相手にはのう、こうしてああして……む? おかしいの? 上手くいかぬか。ならば、こうやって……むむ? またダメか? ようし、では、これならば……ぐぬぬ、なぜじゃ! なぜ上手くいかぬのじゃ!」
自信満々だったはずなのに、色々と試してみたが結局すべて失敗に終わってしまった。
しかしリオンとしては、彼女が時間を稼いでくれただけで十分だった。
その間に大規模な魔法を発動するための準備を完成していた。
「む? なんじゃ、その魔法は? こやつにはどんな魔法も効かぬぞ?」
「まぁ見てなって。――ディメンション・ゲート」
リオンが使ったのはこの世界と異界との間に扉を設け、瞬間的に二つの世界を繋げる超高難度の時空魔法だ。
空間そのものに亀裂が走ったかと思うと、それがゆっくりと開き始めた。
向こうに広がっていたのは、延々と続く奈落のような闇だ。
悪魔たちが棲息するという魔界とは違って、ただただ何もない世界。
「破壊できないなら、どこか遠くに捨ててくるしかないよね」
悪魔の右腕が亀裂に吸い込まれ、無明の闇へと消えていく。
その亀裂もすぐに修復し、何事もなかったかのように元通りになってしまった。
「悪魔の右腕が……消失した……?」
「な、何なのよ、今の魔法は……」
「分かりません……」
理解不能な現象に、唖然とする三聖女たち。
驚愕しているのは自称・大魔法使いのメルテラも同じだった。
「今のは時空魔法かっ!? しかし同一世界間ならともかく、異界との間にゲートを繋げるなど……一体、どうやって……」
「悪魔たちが転移してくるのを見れたお陰だ」
元々どんな術式を組めばいいか、ある程度の目星はついていた。
だが何かが欠けているのか、どうしても上手くいかなかったのだが、悪魔たちが転移してくるのを見たことで不足していた部分が判明したのである。
あれも魔界からこの世界への、世界間を超越した転移だ。
それを目撃したことにより、欠けていた最後のピースが嵌ったのだ。
「見ただけで、じゃと……? ま、まぁ、わらわも本気出せばできるがな!」
もちろんただの強がりである。





