第105話 こうした方が早いと思うよ
「「えい!」」
ドオオオンッ!
双子の蹴りを受けて、動く鎧が吹き飛んでいく。
さらにガーゴイルが双子に襲いかかったが、あっさりと躱され、反撃で粉々に砕かれてしまった。
いずれも魔法の力で生み出された魔物たちだ。
この人工ダンジョンに棲息しているのはこのタイプの魔物が多かった。
それほど強くもないので、双子だけでも簡単に蹴散らすことができた。
「ぐぬぬぬ……お主らばかり活躍しおって……」
メルテラが悔しそうに唸る。
彼女も率先して魔物を倒そうとはするのだが、得意の土魔法は瞬発力に欠け、どうしても敏捷力の高い双子の後塵を拝してしまうのだ。
「幼児相手に張り合わなくても……」
「べ、別に張り合っておるわけではない! わらわはまだ全然本気を出してないしの!」
メルテラの言い分に対抗するように、双子が主張する。
「「ほんきじゃない」」
「ふん、わらわの方が本気ではないわ!」
「「もっとほんきじゃない!」」
「いやいや、わらわの方が本気ではない!」
「「ちがう!」」
「だから張り合うなって……」
双子はともかく、メルテラはそもそも子供ですらないのだ。
リオンが呆れてると、
「す、すまないが、少し休憩しないか……?」
「はぁはぁ……つ、付いていくだけでやっとです……」
「ぜぇぜぇ……あ、あなたたち、ちょっと速過ぎるわよ……っ!」
三聖女たちが息を荒らげながら追いついてくる。
どうやらリオンたちの進むペースが彼女たちには速かったらしい。
「くくく、だらしがないのう! わらわなど、まったく疲れておらぬぞ!」
「「ん!」」
「ふん、わらわの方がもっと疲れておらんわ!」
「「ちがう!」」
「張り合うなって言ってるだろ……」
リオンは三聖女たちに言う。
「もうゴールは目の前だよ。ほら、あそこに扉が見えるでしょ?」
「「「あれが……」」」
ほっとしたように息を吐く三人の聖女たち。
扉の前までくると、モーナが地下迷宮入り口のときと同様に魔力を流す。
開いた扉の向こうには、ちょっとした礼拝堂ほどの空間が広がっていた。
その中心に祭壇のようなものがあり、
「なるほど、これか」
リオンはすぐにそれを発見した。
祭壇の上、幾重にも施された強固な結界によって封印された状態で、巨大な腕が鎮座していたのである。
身体から切り離されているというのに、まだ生きていた。
結界で封じられているにも関わらず、禍々しい魔力が周囲の空間を歪ませている。
「……これは今から五百年前、この国を襲ったとされる大悪魔の右腕だ」
モーナが教えてくれる。
「恐るべき力を持つ悪魔の襲撃に、この国は存亡の危機に陥った。しかし後に初代三聖女として崇められることとなる三人の女性が、命がけの戦いでそれの討伐に成功する。……ここまでは、この国の民たちなら誰もが知っている伝承だ。だが、実はこの話には続きがあったのだ」
モーナはちらりと祭壇の右腕を見やった。
その目に宿るのは畏怖の感情だ。
「その悪魔の右腕だけは、どれだけ破壊しても破壊することができなかった。しかも放っておくと右腕から再び本体が復活してしまうという厄介な性質を持っていたのだ」
そのため彼女たちは仕方なく封印することにしたのだという。
「お陰で復活を防ぐことはできたが……それ以来、我が国には幾度となく悪魔が攻めてくることになってしまった。恐らくこの右腕を狙ってのことだろう。奴らにとって、この右腕がどういう意味を持つのかは分からないが……」
それで街全体に三重の結界を張り、悪魔に対抗してきたのだった。
「どう? これで満足? 別に見たところで面白くもなんともないでしょ」
モーナの話が終わるのを待って、マリーが呆れたように言った。
封印されているとはいえ、危険な悪魔の右腕が安置されている場所である。
長居はしたくないのか、すぐにでも帰りたそうな雰囲気だ。
「いや、マリー、少し待ってくれ」
それをモーナが制すると、リオンに向き直って、
「この封印を見て、君はどう思う?」
「どうって?」
「……これは初代三聖女の時代からずっとそのままだ。幾ら強固な封印とはいえ、劣化している可能性がないとは言えない。あまりに高度過ぎて、今の我々ではかけ直すことは愚か、状態を診断することすらできないが……あれほどの結界を一瞬で構築してしまった君ならば、何か分かるのではないだろうか?」
実は彼女が今回の話をすんなりと受け入れたのは、リオンならば結界の状態について分かるかもしれないという、打算的な期待があったからだった。
さらにあわよくば、封印をかけ直してもらえるかもしれない、と。
「えっと……」
果たしてモーナが期待した通り、封印の状態を見抜いていたリオンは、はっきりと告げたのだった。
「これ、そう遠くないうちに破られそうだよ」
「「「なっ!?」」」
三人の聖女たちはそろって驚く。
「ほ、本当かっ?」
「うん」
「ど、どれぐらい持ちそうなんですかっ!?」
「いつってことまでは分からないけど、少なくとも封印が本来の力より半減、ううん、それ以下になってるのは間違いないと思うよ」
「でも、あなたなら封印をかけ直せるんじゃないのっ?」
「うーん、できなくはないけど……」
リオンは思案気に頷きつつ、その右腕へと近づいていった。
「こうした方が早いと思うよ」
そして何を思ったのか、突然、思い切り剣を振り下ろし、
バキィンッ!
「「「っ!?」」」
結界を破壊してしまったのだった。





