第103話 褒められるの大好きだろ
その後、悪魔の襲撃はなかった。
現在は警戒がなされつつも、第二結界が修復――どころか大幅に強化されたこともあって、居住区には避難していた住民たちが戻りつつあった。
リオンたちはというと、その居住区にある教会の一つにいた。
商業区にある宿泊施設がまだ使えないため、ここで寝泊まりしているのである。
居住区に幾つも点在している教会は普段、礼拝堂として使われているのだが、悪魔の襲撃を受けて、旅人やホームレスたち用の避難所として利用されていた。
戦線が第二結界まで後退してきた段階で、さらに第三結界の内側まで避難していたが、今は再びここに戻ってきている。
リオンたちはそれに交じった格好だが、別の教会にいた子供たちがこっちに来てしまったのかなと思われるだけで、それほど怪しまれることはなかった。
……本当はあの戦いの直後、聖女マリーから神殿区にある神殿――そう呼ぶ教会はこの国では一つしかない――に一緒に来てほしいと言われたのだが、「仲間と合流してから」などと告げて立ち去った後、そのままにしているのである。
そろそろ丸一日が経つ頃合いだ。
「いい加減、行ってやったらどうじゃ? 向こうもわらわたちが来るのを待っておるじゃろうに」
メルテラが呆れ顔で言う。
「めんどくさい……けど、さすがに行かないのはマズいよな……」
「この国を救った英雄なのじゃぞ? 相応の勲章や褒美をもらうのは当然じゃろうに」
「それが嫌なんだよ。俺はもう勇者じゃない。ただのごく普通の冒険者として、気ままに旅をしていたいんだ」
「……お主がごく普通であろうとするのは、どう考えても無理があると思うがのう……」
そこでリオンは妙案を思い付いたとばかりに、ぽんと手を叩いた。
「そうだ! そんなに言うなら代表して一人で行ってきてくれよ。自分がこのパーティのリーダーだって言って。ほらお前、褒められるの大好きだろ?」
「べ、別に好きなわけではない! 人を子供みたいに言うな!」
「そう言えば今回、すごく頑張ってくれたな。助かった」
「え? そ、そうか?」
「ああ。もしお前がいなかったら大変だっただろう」
「そ、そんなこともないがのぉ~、ぬふふふ……」
メルテラは気持ち悪い笑みを零しながら、くねくねと嬉しそうに腰を揺らした。
びっくりするぐらいチョロい。
「私も頑張りましたよ!」
と、そこへ割り込んできたのは謎のゴーストだ。
今は昼間なのでリオンにしか見えないが、平然とした顔で教会にいるゴーストというのはなかなか奇妙な光景だ。
「ていうか、お前はいつまで一緒にいるつもりなんだ?」
とっとと浄化されてあの世に逝ってほしいという思いを込めつつ、リオンは訊いた。
「ちょっ、いいじゃないですか! 私も褒めてくださいよ!」
こいつも褒められたい系なのか……と呆れるリオン。
「ま、まだおるのか?」
「すぐそこに」
「ひぃ」
メルテラは相変わらずゴーストが怖いようだ。
「何となくですけど、私、こうして皆さんと一緒にいるべきな気がするんです!」
「ただの気のせいだろう」
「違いますよぉっ!」
そんなやり取りをしていると、
「こんなところにいたのか。探したぞ」
「うげ」
「うげ、とは何だ、うげ、とは」
そこへやってきたのは聖女モーナだった。
後ろにはこの教会の神官たちの姿がある。
リオンたちのことをただの避難してきた子供だと思っていた彼らは、困惑の表情を浮かべていた。
「神殿に来てくれと、マリーから言われなかったか?」
「うん。でも今は事後処理で色々と忙しいでしょ? 迷惑かなって」
「街を救ってくれた英雄が余計な心配をするな」
モーナは呆れたような顔をする。
……実際には迷惑というより、単に行きたくなかっただけなのだが。
「いや、そう見せかけて、ただ来たくなかっただけではないか?」
完全に見抜かれていた。
「ええと、だけどよくここにいるって分かったね」
「宿はまだ営業していないし、恐らく教会のどこかにいるのではないかとあたりを付けて、それらしき子供がいないか教会長たちに調査してもらったんだ。それも何となく探さなければ来ないのではないかと思ってのことだ」
「……なるほど」
やはり完全に見抜かれている。
「あまり目立ちたくないんだ。見ての通り子供ばかりだから、今までも何度か嫌な目に遭ったことがあって……」
「なるほど、そういうことか。確かにその歳でそれだけの力。妬む者もいれば、利用しようと考える者もいるだろう」
リオンが俯きがちに言うと、モーナは納得したように頷いて、
「大々的な式典をやるつもりだったが、それはやめておくとしよう」
やはりその予定だったのかと、リオンは溜息を吐いた。
「しかし、せめて褒賞だけは受け取ってほしい。それならいいだろう? さすがに君たちのような功労者をそのまま帰すとあっては、我が国の沽券に関わるからな」
「うーん、分かったよ」
彼女に説得されて、リオンは仕方なく承諾する。
「でも、一つだけ条件を付けてもいい?」
「条件だと?」
「うん」
「それは何だ?」
眉根を寄せるモーナに、リオンは言った。
「悪魔たちが狙っていたモノ、見せてくれない? 聖女のお姉ちゃんになら、心当たりがあるよね?」





