第1話 勇者はパーティで魔王に挑むものだ
「――クロス・メテオブレイク」
「ぐおおおおッ!?」
青年が放った攻撃スキルが、爆音とともに巨大な身体を十字に斬り裂いた。
「ば、馬鹿な……」
苦悶の表情を浮かべて呻くのは、身の丈五メートルはあろうかという巨漢。
すでに瀕死のダメージを負っており、地面に膝をついて立つこともできない。
「魔王であるこの我が、敗れるなど……」
魔王。
それは古の時代から、幾度となく現れては人類に絶望をもたらしてきた巨悪。
しかし未だその人類が生き永らえているのは、その度に勇者と呼ばれる存在によって打ち滅ぼされてきたからだ。
そして今代の勇者こそがこの青年――リオン=リベルトだった。
「別におかしなことじゃないだろう? 魔王は勇者によって滅ぼされるものだと歴史が物語っている」
「……た、確かに、歴代の魔王は貴様ら勇者に敗れてきた……この私とて、いつかこの日が来るかもしれぬと、覚悟はしていた。……だが……だがなッ……」
魔王は最後の力を振り絞るようにして叫んだ。
「なんで貴様はたった一人なんだッ!?」
痛みで顔を歪めながら、魔王は勇者を糾弾する。
「普通、勇者はパーティで魔王に挑むものだろうッ!? 旅の途中で出会った仲間たちッ! 最初は性格や意見が合わず喧嘩が絶えずも、幾多の逆境を乗り越えていくうちに、いつしか背中を預け合える関係にッ! ついには力を合わせて魔王を撃破するッ! そして辛かった旅路を思い出し、涙を流しながら互いの健闘と勝利を讃え合うのだッ! それこそがッ! それこそが後世にまで語り継がれる勇者の冒険譚というものではないかッ!」
物凄く熱く語る魔王である。
「……もしかしてお前、実は勇者が好きなのか?」
「そそそ、そんなわけがあるか! 我は魔王だぞ!」
「だってやけに詳しいじゃん」
「勇者打倒のため、過去の勇者どもの研究をしてきただけだ! って、そんなことはどうでもよい!」
魔王は残る力を振り絞るような勢いで怒鳴る。
「なぜ貴様は仲間も引き連れずにたった一人できたッ!?」
そんなこと言われてもなー、と勇者は呟き、
「一人で十分だったからとしか」
自惚れに聞こえるかもしれないが、そうではない。
それは客観的な事実だった。
現に彼はソロでもこうして魔王を圧倒しているのだ。
「剣も魔法も使えるし、自分で治癒だってできる。罠も見つけられる。だから別に仲間は要らないかなって」
「貴様ッ、仲間が要らないなど、それでも勇者かッ!」
「……」
勇者は思った。
むしろお前にこそ問いたい。
それでも魔王か、と。
「なあ、そろそろトドメを刺してもいいか? この隙に体力を回復させようったって、そうはいかないぞ」
そうして彼は瀕死の魔王へ、最後の一撃を繰り出し――
「おい! とっとと起きてきやがれ! いつまで寝てやがるんだ、グズ!」
「っ!?」
――怒鳴り声で少年は目を覚ました。
……またあの夢か。
粗末なベッドの上で身体を起こしながら、少年は嘆息する。
いつの頃からか、繰り返し見るようになった不思議な夢。
そこではなぜか彼は勇者で、魔王と対峙していた。
何度も見ているからか、目が覚めた後でも、怖ろしい魔王の姿をはっきりと思い出すことができた。
人間なんて片手で持ち上げてしまえそうなくらいに身体が大きく、拳で硬い床を打ち砕けるほどの怪力で、しかも強力な魔法まで使えて……。
「そんな相手をたった一人で倒すとか、どんな強さなんだよ、勇者の僕……」
幾ら夢だからって、もう少しリアリティを……と思う彼だったが、驚くべきことにこの世界にはかつて、本当に一人で魔王を討伐してしまった勇者がいたという。
史上最強の勇者・リオン=リベルト。
百年くらい前に実在した人物だ。
ちなみに少年の名もリオンと言った。
この名は決して珍しくない。
伝説の勇者にあやかり、男の子に同じ名前をつける親が多いからだ。
リオンを産んですぐに亡くなってしまった母親も、強くて勇敢な大人になってほしいとの願いを込めたのだろう。
残念ながら、今のところまるでその期待に応えられていないのだが。
「まだ起きねぇのか!」
「お、起きてるよっ! すぐ行くっ!」
再び廊下の向こうから兄の怒声が響いてきて、リオンは慌ててベッドから飛び降りた。
ここは彼の部屋だ。
ただ、ベッドと簡単な机を置いただけでいっぱいになってしまうくらい狭くて、ほとんど物置のようなものだった。
実際、以前は物置として使われていたらしい。
すぐに服を着替えると、髪に寝癖がついたまま部屋から飛び出す。
兄――スネイルはすでに玄関で待っていた。
かなり怒ってる。
リオンを見るなり、睨みながら怒鳴ってきた。
「遅ぇよ、ウスノロ!」
「で、でも、まだ予定より早いし……」
先ほど時計を見たら、あと二分ほどあった。
ギリギリではあるが、ちゃんと間に合ったはずだ。
「ああ? お前、このオレに意見するってのか? オレを待たせた時点でダメなんだよ!」
「ご、ごめんなさいっ……」
リオンはとにかく謝るしかない。
これ以上機嫌を損ねたらきっと殴られる、とこれまでの経験から理解していた。
ここでは兄こそがルールであり、リオンは従うしかないのだ。
「ふん、行くぞ」
そう言ってほとんど手ぶらで屋敷を出る兄。
リオンは当然のようにそこに置いてあった荷物を抱えると、すぐに後を追いかけた。
現実の少年は勇者どころか、こんな情けない毎日を送っている。
地方貴族の家に次男として生まれたリオンは、妾腹の子供だった。
正妻の子であり、家督を継ぐ予定の兄の命令は絶対で、リオンはほとんど従者のように……いや、奴隷のように扱き使われていた。
今日は友人たちと魔物狩りに行くらしく、リオンは荷物持ちをさせられることになっているのだ。
リオンはそこらの魔物にすら勝てないので、非常に憂鬱だった。
(夢の中の勇者のように強ければ、こんなふうに不安になることもないんだろうなぁ……)
そんなどうしようもないことを考えながら、彼は先を行く兄に必死で付いていくのだった。





