表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何も銑十郎元帥  作者: 神山
昭和12年 / 1937年 / 紀元二千五百九十七年
7/59

東京帝国大学講義録 / 東京日日新聞座談会(昭和12年7月15日) / 某大手掲示板 / グレートブリテン及びアイルランド連合王国 首都ロンドン ダウニング街10(1937年10月2日)

『野獣は野獣を知る。同じ羽毛の鳥はおのずから一緒に集まる』


アリストテレス(前384年-前322年)


- 演習召集令状 - 

        召集年 昭和十二年


大阪府 大阪市 ○○区 ××町 △丁目□△番地

(記号のところは個人情報により黒塗り)


陸軍退役大尉 (個人情報により黒塗り) 


右演習ヲ命ス 依テ下記ノ期日時到著地ニ参着シ此令状ヲ以テ当該召集事務所ニ出頭スベシ


到着日時 昭和十二年八月十日午前七時

到着地 大阪府大阪市 (黒塗)大阪城西の丸前広場

服装ハ軍服又ハ団服ニ巻脚着用 (欠字)水筒携行

召集分隊 大阪城内(機密により検閲)分会事務所

(この上より判 右参集セシ事ヲ証明ス 分会長)


(演習の朱印)


帝国在郷軍人会 (機密により検閲)区連合分会長 (朱印) 

大阪連隊区司令官・帝国在郷軍人会大阪支部長 認可



…このように昭和12年の陸軍特別大演習は異例の大規模なものでした。


 確認しておきますが、いわゆる赤紙と呼ばれる召集令状ですが、赤色令状が使用されていたのは充員召集・臨時召集・帰休兵召集・国民兵召集・補欠召集の5つであり、それぞれの内訳は次回説明いたします。


 ではこちらですが……見てわかるとおりの白色ですね。ここに演習の朱判が捺されている事からわかるように、これは演習令状と呼ばれるものです。


 召集者の氏名、配属部隊名、出頭日時に服装まで細かく書かれています。日時のところは空欄であり、動員令が出されてから書かれます。同じく演習印も後から捺されています。この令状は役所の窓口などで本人や家族に直接渡され、病などで出頭出来ない場合を除けば、本人が当日到着時に持参して提出します。その際、このように「参集したことを証明する」の判を捺します。


 これらは召集令状記録簿に保管するため回収されます。そのため民間に現存するものは稀です。これも情報公開請求により開示されたものです。


 平時において最前線の即応部隊を除き、帝国軍隊は戦える組織ではありませんでした。訓練でも同様です。訓練だからといって正規の手続きや動員を省略していては、訓練の意味がありませんからね。


 この令状は普段から警察署か役所の金庫に保管されていました。事前の作戦計画や演習計画に基づき、参謀本部が事前に事細かに決めるわけです。この師団は、この連隊は、この大隊は、この分隊は、この小隊の誰某は何月何日の何時にここに集まるという具合です。令状は交通切符の役割もあります。そのため鉄道省の鉄道院と事前に動員が発令された場合の鉄道のダイヤを調整し、交通規制をかけ、あるいは船を借り受け……


 繰り返しになりますが、平時の軍隊は戦える組織ではありません。


 にもかかわらず昭和12年8月、広島には即応可能な6個師団が演習の為にありました。


 大陸情勢の急変により、演習が実戦となったわけです。当時の林総理は「運がよかった」と述べていますが、誰も信じませんでした。


 考えても見てください。広島から大陸までの兵員輸送船や兵站の確保が、事前の計画なしに可能だと思いますか?


 日中戦争陰謀論-林銑十郎が蒋介石の攻撃を誘い、大陸問題の最終解決を図ったのだという論者は、常にこの点を主張します。私はそこまで極端な見解を支持しませんが、昭和12年の陸軍特別大演習には不可解な点が多いという点には同意します-


- 東京帝国大学 近現代史講座の講義録より抜粋 -



 7月の盧溝橋における日本軍と国民政府軍の武力衝突以降、大陸情勢は風雲急を告げています。3月には広西省政府が日本人排除を命じました。在留邦人への嫌がらせも急増し、第2の尼港事件、南京領事館事件のような事態が発生しないとは断言できない、危機的な状況となっております。


 そこで東京日日新聞は本日から特別連載企画として『支那情勢と日本の選択』を開始します。軍事、外交。そして経済。各界の専門家の皆様に、現在の大陸情勢の解説と、日本のとるべき選択についてお伺いしていきたいと考えております。


 現在(座談会は7月13日)でも刻々と状況は変化しておりますが、本日は第1回ということで、本連載に執筆して頂きます皆様にお集まりいただきました。座談会形式でざっくばらんに、率直な討論を期待します。皆様どうぞよろしくお願いいたします。


参加者一覧(司会は本紙編集委員)


・石原莞爾(軍事評論家。退役陸軍大佐・前参謀本部作戦課長)

・本多熊太郎(外交評論家。元外交官・元ドイツ大使)

・馬場鍈一(日本勧業銀行前総裁。元大蔵官僚)


(司会):まずは石原将軍。現在の情勢について、いかがお考えでしょうか?


石原:その呼び方は止めたまえ!まったく最近の記者はどいつもこいつも失礼なやつらばかりだ!大体、林(総理)が甘やかすからいかんのだ!あのカイゼル禿、あれがそもそもいかん!内弁慶の外地蔵というやつなのだ。弱腰なくせに支那のことが何にもわかっておらん!その癖、粛軍人事で帝国軍を弱体化させる始末!これでは勝てる戦も勝てぬ!

本多:石原さん、ちょっと抑えて……

石原:何も失礼なことは言ってはいないぞ。事実なのだからな。大陸か。大陸は難しいよ君(注:記者)。本多さんはよくご存知だろうが、幣原(元外相)の大馬鹿者は、ことごとく日本の国益を損ねた。しかしだ、唯一正しい判断をしたことが二つある。

馬場:唯一なのに二つですか?

石原:細かいことを気にしてはいかん。それは国民政府との戦を避けたことだ。勘違いしてもらっては困るが、南京領事館事件の対応を是としているわけではないぞ。

本多:あれで国民政府は日本組し易しと、テロリズムを激化させましたからな。

石原:本多大使のおっしゃる通り。では何が正しいのか。心臓複数論である。


(司会):聞きなれない言葉ですが?


石原:かの大臣は『中国には心臓が複数ある』といったそうだ。かりに一つ潰しても、他のものが動き続ける。だから支那と戦うことは避けるべきだと。繰り返しになるが、私は南京領事館事件の対応を是としているわけではない!しかしだ、局地戦ならともかく、国民政府との全面戦争は避けるべきだという点では一致している。

馬場:しかし石原さん。私も経済の実態を調査する為に日本各地を歩いていて感じますが、国民の南京政府への怒りは相当なものです。反日政策を改めさせるため、一撃を加えるべきという国民の、軍への期待は非常に高いと感じますが。

石原:だからそれがいかんと申している!戦うのは簡単だ。勝つのはもっと簡単だ。しかし大陸は広い。蒋介石が南京から逃げだし、他の都市に逃げ出せばどうなる?他の心臓が動き出すだけだ。そして広大な大陸を支配するだけの兵力を、大陸にへばりつけるだけの力が、今の日本経済にあると思われるのか。無敵無敗を誇ったナポレオンの大陸軍が、ロシアの冬将軍と広大な領土に屍をさらしたように、日本がそうならない可能性はどこにあるのか。


(司会):あの閣下。満洲事変を主導されたのは閣下とお聞きしていますが、満州はよくて大陸のほかの地域への出兵はだめだというのは理屈に合わないような……

石原:それはそれ、これはこれだよ君。もっと大陸を勉強したまえ。


本多:なるほど、石原さんのおっしゃること全てに賛成するわけではありませんが、支那との戦闘が泥沼化する危険性を警戒するべきだという点には賛成します。こちらが国際法どおりの戦争をしても、相手が従うとは限りませんからな。しかし日本人へのテロ行為や、居留民への被害が迫る状況での限定出兵はやむをえないのではありませんか?

馬場:それにもうひとつ。これはあくまで過程の話ですが、蒋主席が戦争決意を固めていればどうです?日本が望まなくても、相手が望めば戦争が起きるのではありませんか?


石原:そんなことは簡単だ。逃げればよいのだ。


馬場:に、逃げるですと?!失礼ながら閣下、貴方は正気ですか!!

石原:正気も正気、大真面目である。考えても見たまえ。戦えば泥沼だが、その先はどうなる。大陸に脚を取られている間に、北の赤熊が南下して来れば満州はどうなる?アメリカが日本を攻撃すれば?最悪の事態を考えるのが軍人というものだ。

馬場:冗談ではない!いったい在留邦人が何万人いて。どれだけ直接の資本投資をしているのか、貴方は知らないのか!それをすべて放棄して逃げればいいだと?失礼ながら貴方はそれでも軍人か!!満州さえよければいいとでもいうつもりか!

本多:馬場さん、どうか落ち着いてください……石原さんも言葉が過ぎるよ。

石原:私は間違ったことを言っているとは思わない。

馬場:貴様!

本多:馬場さん、馬場さん。ここは私の顔を立てると思って……


(司会):ところで石原さん。幣原元外相のもう一つの正しかったこととは何ですか?


石原:日英同盟を廃棄し、アメリカとの協調を選択したことだ。あのまま日英同盟を続けておれば、日本はイギリスの極東の憲兵として使われていただろう。しかしそれらは副次的なこと。より大事なことは欧州大戦の後、アメリカの台頭を正しく理解していたことだ。

本多:…意外ですな。私は貴方が反米主義者だと思っておりましたが。

石原:私はアメリカが嫌いだ。より正確に言うと大嫌いだ。実を言うと、私はいずれ日本とアメリカの間で戦争が起こると思っている。


(司会):日米戦争ですか?


本多:海野十三の仮想戦記じゃないんですから……

石原:何を言うか!日米戦争は必ず起こる!東洋の覇者たる日本と、西欧を支配したアメリカの間で最終戦争が起こり、その勝者が20世紀の後半と21世紀の世界を支配するのだ!そのためには支那と戦争して国力をむやみに消耗させるべきではないと、何故わからんのだ!

馬場:話にならん!私は帰らせてもらうぞ!


(司会):馬場さん、馬場さん!お願いですから、後生ですから!すいません。もう少しだけ、もう少しだけですから!私が後で社長に怒られるんですよ!


本多:こりゃ軍事というより、思想か信仰の領域だな……


(中略)


(司会):本題に戻りますが、前作戦課長として国民政府軍の動きをどう考えておられますか?


石原:決まっている。北支にくる!河南の4個軍団は間違いなく北上する。

本多:つまり満洲か、河北省の冀東防共自治政府が狙いだと?

石原:そうだ。自治政府を支援していた軍人の多くが、粛軍人事により軍を追われ、大幅に弱体化している。相手の弱いところを狙うのが軍事の鉄則。私が蒋介石でも必ずそうする。

馬場:上海はどう考えますか?揚子江経済の中心であり大陸-というよりも華南経済は上海なくして成り立たない。上海郊外に国民政府軍が要塞を建築中という話もありますが。

石原:上海は虎の尾だよ。仮に戦争を決意していたとしても、日本と同時に英米を敵にするほど蒋介石は愚かではない。日本単独、日本を孤立化させようとするなら北だ。だから戦争は駄目だ!それを林はわかっていない!!!


- 東京日日新聞(7月15日)『支那情勢と日本の選択』より -



982 名無しの落ち武者 2018/01/12(日) 13:12:00.10 ID:+ZXxBO8x

蒋介石「北だと思った?残念、上海だよ!」

石原将軍「図ったなああ!!!」


満洲の軍神www


983 名無しの帝国軍人 2018/01/12(日) 13:19:40.32 ID:z+vUNwBl

いや、まあこれは将軍を擁護…出来ないなあw

日中戦争はない→ありましたとか、この時期の将軍は本当に逆神過ぎる。参謀本部作戦課が石原将軍の『お告げ』目当てに東京日日を購読していたという話もあるしねw


…冗談抜きでこの人が作戦課長じゃなくて本気でよかったと思う。


984 亡命政府副首相代理心得補佐代行 2018/01/12(日) 13:22:10.52 ID:PyjC53TT

栗林忠道作戦課長「石原さんが北だと言うのなら、蒋介石は上海に来るんだろう」


なお実話…かもしれないのが恐ろしいところw


985 名無しの帝国軍人 2018/01/12(日) 13:26:47.32 ID:z+vUNwBl

>>984

いや笑えねえよ(真顔)

むしろこの時期にこの人がこれだけ好き勝手暴れてくれたおかげで、粛軍人事の正しさが証明されたようなもんだしな。俺はちょっと疑問だけど。そりゃ林元帥だって「閣下」と敬称つけて呼ぶぐらいするよなと



 1937年5月よりグレートブリテン及びアイルランド連合王国の首相に就任したアーサー・ネヴィル・チェンバレンは、その住所をダウニング街11(大蔵大臣公邸)から10番(総理官邸)へと移した。


 見慣れたはずのロンドンの景色が、それまでとは全く異なったものに見える。大英帝国の舵取りを担うのは自分であるという重責は、チェンバレンをして改めて前任者のスタンリー・ボールドウィン伯爵(退任後に叙された)と歴代首相の偉大さに思いを馳せるには十分であった。


 官邸に掛けられた実質的な初代首相とされるロバート・ウォルポールの肖像画はあまりにも有名だが、それですら自分の一挙手一投足を監視しているように感じる。この重圧に耐えていたのかと思えば、あの野蛮な労働党を率い、ついにはそれを身売りしてまで挙国一致政権を率いたラムゼイ・マクドナルドですら偉大に思えてくる気がする……いや、やはりそれは気のせいか。


 とにかくチェンバレンは就任以来、大英帝国に発生し続ける内外の諸課題に、首相として対応や決断を絶え間なく下してきた。


 昨年末に退位したエドワード8世陛下の後処理が一段落したかと思えば、新国王陛下の戴冠式と関連記念式典。世界各国からの賓客と相次いで会談する傍らで、税制改革やアイルランド問題に頭を悩ませる。議会ではマクドナルドを追放して左傾化した労働党に対抗するため、労働時間規制法案や有給休暇関連法の制定に向けて陣頭指揮を振るう。インド植民地では頻発する暴動に強硬策と融和策を繰り返し、これに風雲急を告げる極東情勢や、スペイン内乱や政変相次ぐフランスなど、相変わらず全く落ち着く様子を見せようとしない欧州各国。


 今やロンドンではほとんど相手にされていないチャーチル卿は、かつて「忙しいと寝ていないは自慢にならない」と語っていた。確かにその通りである。特に政治は結果こそ全て。零落したチャーチルの今の姿がそれを物語っている。


 何よりこの地位は自分が望んだものであり、自分よりはるかに優秀であった父や兄が到達出来なかった場所なのだ。


 それを思えば、何ということはない。


 どうということはない。


 ないはずだ。


『いやいや!さすがは大使閣下!良い酒ですなこれは!!』

「我が家はアイリッシュの家系ですからな。酒と女にはうるさいのですよ。これもその自慢の逸品でして。何せ裏オークションでカポネと競り合った品です」

『ほう!それはそれは!大事に飲まないと罰が当たりますな!!!』


 応接間に入るや否や、そこで交わされていた問題しか見当たらない発言の応酬に、チェンバレンの決意は大きく揺らいだ。


 確かここは首相官邸であり、その主はほかならぬ自分であったはずなのだが。何故か他国の大使が我が物顔でアイリッシュ・ウィスキーを開けている。我が愛する妻は何をしているのかと探して見れば、にこにこと笑いながら御相伴に預かっているではないか。


 アン、そんな呼吸をするだけで女を孕ませそうな連中に近づくんじゃない。


『おや、チェンバレン閣下!お疲れのところ恐縮です』


 いつの間にか官邸の常連となりつつある赤ら顔のウガキ大使は、ソファーに座ったまま傍らに立つ見慣れぬ長身の大男を紹介した。


『さっそくですがご紹介いたしましょう!こちらが在英アメリカ合衆国大使の-』

「戴冠式などで何度かお会いする機会はありましたが、こうして直接お会いしてお話しするのは始めてでしたな。ジョセフ・パトリック・ケネディです」


 「どうかジョーと御呼びください閣下」と語る長身のアイルランド人-いや、アメリカ人。


 ウガキも相当あつかましい性格であると思っていたが、この『アイルランド人』はどうやらそれ以上のようだ。薄々感づいてはいたが、言葉や態度こそ形式に沿ってはいるが、その物腰からは肝心要の相手への敬意がまったく伴っていない。


 これだから植民地人はと、チェンバレンは内心毒づいた。


「して、日本とアメリカの両大使がそろって何の御用ですかな」

「Time is money(時は金なり)と申します」


 ケネディ大使は舞台役者のような芝居がかった仕草で指を立てると、本題を切り出した。


「結論から申し上げますと、合衆国政府はチャイナと日本の戦争の仲介交渉に乗り出すことになりました。そこで上海租界における当事者でもある貴国にもご協力願いたいと思いまして」

「和平ですか」


 それは結構なことだと、チェンバレンはアンが用意した椅子に腰掛けながら、以前ロバート(アンソニー・イーデン外相)が用意したケネディ大使の調査報告を思い返していた。ドイツとの宥和政策を可能だと考えるケネディ大使は反ドイツ派のイーデン外相の相性は最悪であったが、それを差し引いても友人にしたい人柄ではない。


 移民国家アメリカの中でアイルランド系は人口の1割以上を占めているが、その多くがカトリックであるため、決して主流とは言えない複雑な階級である。


 何せ1928年にアメリカ大統領選挙の民主党大統領候補に選ばれたニューヨーク州知事が、カトリックだというそれだけの理由で「アメリカをローマ教皇の支配下にする男」というネガティブ・キャンペーンの結果として落選している。


 ケネディ家はアイルランド系の大物であり、代々民主党を支持してきた。


 ボストンに生まれたパトリックは、まだ規制が十分でなかった金融業界においてありとあらゆる手段で-それこそインサイダーまがいのものも含めて-財を成した。その後、初代証券取引委員会委員長に就任した際の規制のほとんどは、自分がかつて手を染めた行為だというのだから徹底している。


 また20年代の共和党政権下の禁酒法時代に公然と密造酒に手を染め、マフィアと組んで映画業界にも進出。現大統領が禁酒法を廃案にすると、その息子と一緒に酒造業界に乗り出して大儲けとまぁ、どこをどう切っても胡散臭い『政商』なのだ。


 どうあがいても今の体制では決して主流派としては認められないアイリッシュとしては、そうした生き方しか出来なかったのだろうが、少なくとも優雅ではないというのがチェンバレンの印象である。


『いやいや!せっかく大統領とも親しいご友人である大使が乗り気になられたので、これは何をさておいても閣下に報告しなければと思いましてな!夜分遅く押しかけた次第であります!』


 半ば滑稽なまでに声を張り上げ、身振り手振りも含めて主張をするウガキに、ケネディ大使も「その通りです」と頷く。


 それにしてもウガキ大使は69歳にもなろうというのに、ここで功績を挙げんとする野心と気概に満ちている。まだ首相となることを諦めていないのか。むしろそれを隠そうともしないあたりが、なんともこの日本人らしいが。


「大統領閣下も今回の戦争には酷く心を痛めております」

「なるほど」


 ならばそれらしい顔をしたらどうなのか。チェンバレンは辟易しながらも、ことさら大きく頷いてみせる。


 現地の大使からの報告によれば、当初より蒋介石の目的は上海であったらしい。数年前より土木工事を名目に塹壕や要塞を複雑に組み合わせて上海を取り囲むように敷設。欧州大戦の「塹壕戦は攻勢より守勢が有利」の戦訓を研究したものか、これにより日本軍の侵攻を食い止め、逆に居留地近辺における戦闘を強いようとした。


 国民政府軍は便衣兵による日本軍を対象にしたテロや、米英仏の3国総領事による停戦呼びかけを無視して、虎の子の空軍を使って上海租界の歓楽街を爆撃した。しかし日本軍は国民政府軍の陽動作戦に乗らず、上海周辺に戦力を集中することで対抗したという。


『小癪にも、いや失礼!国民政府外務省は「和平を求める行動を理解するべき」と国際連盟に訴えたそうですがね!どの口が言うのかと!あえて挑発行動を重ねることで日本軍の手足を縛り、殲滅することが狙いであったようですがね!!』


ウガキが「らしい」と発言したのは、国民党の目論見が全てが失敗したためだ。


 日本は国内で「たまたま」動員中だった演習中の6個師団を派遣軍(中支那派遣軍)に再編し、即応体制の台湾軍の一部、海軍陸戦隊と共に『上海租界の治安を維持し在留邦人を保護する』名目で派遣した。


 クーデター未遂事件後の粛軍人事により弱体化していると思われた日本陸軍であったが、全くそのようなことはなく(むしろ影響の少ない師団を演習名目で動員していたようだ)、ジェネラル・マツイ率いる派遣軍は浸透戦術により上海郊外のクリークを多方面で突破することに成功。


 国民政府軍からすれば、目の前の日本軍と戦っていたはずなのに、いつの間にか横を突破した日本軍が後方にいるというわけのわからない状況である。瞬く間に国民政府軍は壊滅した。この上海決戦に賭けていた蒋介石は着の身着のままで逃げ出す始末であったという。


 日本は勢いのまま追撃-することはなく、大量に発生した捕虜を武装解除して解放(戦時国際法の観点からどうかという議論は出たが、数万単位の捕虜を想定していない為やむをえないと、派遣軍参謀長の畑俊六中将が陸軍省と参謀本部に了解を得て実施した)。


 また派遣軍は爆撃された上海租界の復興や、上海郊外の国民政府軍の塹壕や要塞を(日本軍の護衛のもと)各国新聞社の特派員に公開した。この時、やたらと口のうまい鈴木貞一なる日本軍将校が、爆撃跡地で立ちすくみながら語った空爆の実像は、実に臨場感にあふれており(その時彼は東京にいたはずなのだが)、その際に鈴木が語った「ゲルニカ爆撃のようだ」の一節が、各国記者の心をつかんだ。


 元々新聞社は左派系の人間が多いのは世界各国の共通事項のようなものだ。彼らは人民政府の苦境が伝えられるスペイン内戦に心を痛めており、またマスコミ人特有の心理でセンセーショナルな記事を探していた。記者達は競うように上海の通信社を通じて「国民政府軍のゲルニカ爆撃」と報道。大反響を巻き起こした。


 折悪しく国際連盟総会における中華民国の代表として顧維鈞駐仏大使が演説する直前であり、拍手どころか全く反応のない会場において顧維鈞は顔を青ざめさせたまま、それでも演説を強行したという。


「日本人は自己表現が苦手な民族だと思っておりましたが、中々の役者と脚本家がいるようですな」

『いやいや!大使にほめられるとは、恐縮ですな!!』


 「大家族の父」のイメージを振りまき、海千山千の英国新聞業界を手玉に取った男がいうと妙な説得力がある。そのようなことを考えながら、チェンバレンはケネディ大使から勧められてウィスキーを呷った。


 なるほど、これはよい。樽の香りが仄かに香り鼻から抜ける。イングランド人がアイリッシュの酒をほめるのは癪だが、アイルランド人はともかくウィスキーに罪はない。


 自己表現に長けているという意味では、和平交渉の仲介に名乗り出たというフランクリン・ルーズヴェルトもそうだ。ポリオの後遺症による下半身の障害を抱えているというが、それを隠して強い指導者をアピールし続けている。


 今回の件に関しても、名乗り出た時期が実に巧妙だ。


 ローマ教皇が10月冒頭のミサにおいて、日中戦争における日本の支持を前面に打ち出した直後である。カトリックのケネディ大使としても、ドイツに関する一件を棚上げにしても対英工作に乗り出すだけの価値があると判断することを見越しているのだろう。政権発足の功労者でありながら巧妙に政権の中枢から遠ざけ、それでも支持を取り付けることを忘れない。


 ここまで政局中心だと、かえってすがすがしく感じるから不思議なものだ。


 利用した日本がうまいのか、利用されたアメリカが強かなのか。チェンバレンの見るところ次の中間選挙には有利に働くに違いない。遠縁であり今でも共和党支持者に根強い人気を誇る“テディ”と自分を重ね合わせることが出来れば、支持はより磐石なものとなるだろう。


 さて問題は大英帝国が、この状況下でいかに振舞うべきかだ。


 空になったグラスを傾け、歓談を続ける両大使を見ながらチェンバレンは考えを巡らせた。


 ウガキは69歳、ケネディ大使は49歳。親子ほども年齢が離れているにも関わらず、共に首相と大統領を諦めていないためか、妙に馬が合うらしい。


『それにしても、ドイツは怪しからんですな!駐華大使が、したり顔で仲裁を名乗り出ながら、その内実、国民政府を支援していたとは!武器弾薬といいますが、飛行機に魚雷とあっては、桁が違います!』

「……その点に関しましては、私の口からはなんとも申し上げづらいですな。アメリカはドイツとの関係を日本同様に重視しております。これは日本を軽視しているわけではありません」

『いやいや、大使を批判しているわけではありません!ただ、日本政府としての立場だけははっきりとさせておかねばならんのです!!』


 大仰な手振りをするウガキを見ながら、チェンバレンは昨年の閣議を思い出していた。


『ドイツとわが国の関係が問題なのではない、ドイツが問題そのものなのだ』


 昨年のラインラント進駐への対応を巡り開かれた閣議において、イーデン外相が「ドイツの正当なる主権回復ではないか」と理解を示したハリファックス卿(枢密院議長)にこう反論したことが、今や現実のものとなりつつある事を、チェンバレンも認めざるを得ない。


 チェコスロバキアのズデーデン地方のドイツ民族系政党と手を結び、返す刀で動揺するオーストリーには「同じ民族のもとで再統一を果たそう」と揺さぶりをかける。再度の欧州大戦になることを警戒して英仏が介入に慎重な姿勢を崩さないのに、スペインのフランコ将軍派には公然と軍事支援を行う。


 「ヴェルサイユ体制の打破を目指すと主張しているが、あくまで国内向けのポーズであり、実際には行き当たりばったりでしかない。これという外交戦略はないのではないか。無論備えは必要だが」というハリファックス枢密院議長の見解を否定するだけの材料もないが、現在の状況を見れば「ナチスの侵略主義の歯止めをかけることに失敗したのだ」というイーデン外相の警告にもうなずけるものがある。


 ところがドイツの『侵略主義』をさらに証明するような材料が、極東からもたらされた。


 上海攻防戦において捕虜となった中に、何と現役のドイツ国防軍将校がいたのだ。


 ファルケンハウゼン中将をトップとする軍事顧問団は携えていた多数の資料と共に日本軍に拘束され、これによりドイツ政府(国防軍)と国民政府の軍事連携が明らかとなった。日本軍は日独関係への影響も考慮して情報を秘匿しようとするものの、従軍していた海外の新聞社がこれをすっぱ抜いた。


 駐華ドイツ大使が和平交渉を呼びかけた直後ということもあり、日本国内の世論は激高した。元々、日本は維新以来ドイツにシンパシーのある知識層が多いにもかかわらず「ドイツと断交するべき!」との声が沸きあがっているという。


 どうにも考えが脱線した。チェンバレンは軽く頭を横に振り、思考を元に戻す。


 ロバート(イーデン外相)流に表現するなら「問題は中国ではなくドイツだ」と表現するべきなのかもしれない。


 いや、より正確に言うなら、わが大英帝国がヒトラーに如何に対峙していくか。それが問題なのだ。


 それにしても、この程度の酒量で思考が乱れるとは。チェンバレンはわが身の老いを感じたが、それ以上にこのウィスキーはアルコールが強いらしい。傍でアンがパカパカ空けているので油断したが、そういえば妻は自分より酒が強い事を忘れていた。


「まったく、酒のように飲み干せるものならいいのですがね」

『あんなもの食べては腹を下しますぞ』


 何故か真顔でこれに応じたウガキ大使に、ケネディ大使は腹を抱えて笑った。


・とうとう一切の戦闘描写もなく終わった第2次上海事変。これでいいのだ。

・なお実際にはもっといろんな反日テロが発生してる。全部書いたらわけわからんので省略。

・たまには日本が宣伝戦で有利に立つ展開があってもいいじゃん?

・逆神・石原莞爾。なんで東京日日新聞にしたかといえば、まあ、その、ね?わかる人にはわかります。

・掲示板方式は便利なんだけど、書くのにやたら手間取るんですよね

・はっはっはー!ロンドンは魔窟だぜー

・ロバさん政党の大統領が自己演出が得意なのは、ジャクソン大統領以来の伝統。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ