海軍将官会議条例 / 海軍将官会議議事録 / 報知新聞 / 東西新聞・東京日日新聞 / 大英帝国 ロンドン 在アメリカ合衆国大使館 / 東西新聞号外(1938年9月)
『謙譲の美徳により相手の尊大さに勝てると信ずるものは、必ず誤りを犯す』
ニッコロ・マキャヴェッリ(1469-1527)
海軍将官会議条例
第一条 海軍将官会議ハ東京ニ置キ海軍ニ於ケル重要ノ事項ヲ審議スル所トス
第二条 海軍将官会議ハ海軍大臣ヲ以テ議長トシ議員若干人ヲ置キ海軍将官ヲ以テ之ニ補ス
第三条 海軍大臣ハ必要ニ依リ議員ニアラサル将官並将官相当官ニ臨時議員ヲ命シ又上長官ヲシテ議事ニ参与セシムルコトヲ得
(注釈:海軍大臣が必要と認めた場合には常設議員以外の将官並将官相当官を臨時議員として参加させることができる)
第四条 海軍大臣事故アルトキハ上席将官ヲ以テ議長トス
第五条 議案ハ議長ヨリ下付ス議員ニ於テ議案ヲ提出セムトスルトキハ議長ノ許可ヲ受クヘシ
第六条 海軍将官会議ノ事務ハ海軍大臣官房ニ於テ之ヲ処理ス
(明治22年勅令第75号制定・明治24年勅令第234号改正)
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昭和13年(1938年)9月22日 海軍将官会議議事録
出席者は以下の通り
議長-米内光政・海軍大臣(元帥海軍大将・海兵29期)
・常設議員
永野修身・軍令部総長(元帥海軍大将・海兵28期)
長谷川清・横須賀鎮守府長官(海軍中将・海兵31期)
山本五十六・海軍次官(海軍中将・海兵32期)
上田宗重・艦政本部長(海軍中将・海軍機関学校出身)
井上成美・軍務局長(海軍少将・海兵37期)
・臨時議員(海軍大臣の指名による)
伏見宮博恭王殿下(元帥海軍大将・海兵16期)注:前軍令部総長
高橋三吉・軍事参事官(海軍大将・海兵29期)注:前GF長官
古賀峯一・軍令部次長(海軍中将・海兵34期)
注:GF長官の吉田善吾中将(海兵32期)は病欠。
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米内「支那情勢は不透明感を増している。蒋介石の辞任後、後任の主席は決まらず、広西省に続き広東省でも南京の統制から離れようという動きがある。南京市街においてはついに武力衝突が発生した。現下の情勢にあって海軍は大陸情勢にどのように対処するべきか。また総理から提案されたシャン陸-上海海軍特別陸戦隊を基盤とした海兵隊創設構想に、海軍としてどう回答するか。その点を議論していきたい。本日の将官会議には議長要請で前軍令部総長の伏見宮殿下に御臨席を仰いだ。また古賀軍令部次長、高橋参事官にも出席を要請した。率直な議論を期待したい」
高橋「総理提案を審議する前に、前者について話し合う必要があると思う」
山本「同意する。海軍としての方針がなければ決めようがない」
永野「軍令部も同意する」
(伏見宮元帥はうなずいて同意)
長谷川「海軍の方針など考える必要はない。海軍は政府の方針に従うべきだ」
上田「それはそうかもしれないが、いささか乱暴ではないか。海軍としての立場を鮮明にしておく、あるいは整理しておく必要はあると考える」
長谷川「海軍としての大陸政策を持つべきという考えなら、反対だ。揚子江沿岸部の拠点を維持することは必要だと考えるが、それ以上深入りする必要はない」
井上「現内閣の大陸への不干渉政策を次の内閣も維持するのなら、それでよいかもしれない。しかし仮に政策が変更した場合はどうか。沿岸部地域での経済権益や合法権益を守る、あるいは居留民を守るのは当然のことだ。しかしそれ以上の、何らかの政治的な野心のある大陸への政治的な出兵を内閣なり陸軍が考えた場合、シャン陸がその先兵とされる恐れもある。軍務局長としてそれは受け入れられない」
高橋「政府の要請であってもか」
井上「政府の要請ということは海軍大臣も了承したということだと思う。海軍は政府の決定に従うべきとする長谷川長官の意見には同意する。だがその大前提として、閣議の場において海軍としての意見を海軍大臣たる閣下より代弁していただく必要がある。そのための意見、つまり海軍としての大陸政策を討議する場だと考えている」
古賀「それはそうだ。海軍のことは海軍が主張しなければならない。それは海軍の政治的主張を反映させるという意味でなくとも、専門家として文民政府に現実の海軍の実力を踏まえた上での取るべき、あるいは取りうる作戦なり計画について提案し、説明する義務がある」
長谷川「そういう意味であるのなら同意する」
永野「陸軍流の、現地の軍令が考えた作戦に中央の軍政に従わせるという意味ではない。当たり前のことだ」
高橋「だが、そのあたり前のことがわからない連中がいる。困ったものだ」
上田「実際、支那はどうなのか。上海に再び国民政府軍が攻めてくる可能性はあるのか」
古賀「その軍が分裂している。地方で軍閥化する動きがある。これではどうしようもない。現在、上海租界への再度の侵攻に備えて展開するシャン陸と、即応体制にある陸軍2個師団で陣地設営に取り組んでいる」
高橋「いわゆる『ゼークト・ライン』の再利用か」
古賀「陣地を解体し、あるいは回収して要塞化する作業を進めている。ベトンを塗り固めた強固な陣地も多く、陸軍の工兵部隊も梃子摺っているようだ」
山本「誰が現在の大陸情勢の泥沼化の原因か、意見が分かれるだろう。しかしまさか日本が上海租界を爆撃したとは、後世の歴史家はいわないだろうよ。あそこまで眼の前で堂々と陣地設営工事をされながら、気がつかなかった陸軍は間抜けとしか言いようがない。ところで上海市参事会の了承は得ているのか?」
井上「全会一致で。皮肉なことに大陸情勢の悪化が彼らの危機感をあおり、日本を頼るしかないという意見に落ち着いたものかと。先の第2次上海事変におけるシャン陸の活躍と国民政府空軍の蛮行の記憶が新しい現状では」
古賀「ただ戦局悪化による避難民の流入が問題だ。市参事会も一定の避難民受け入れはやむをえないと考えているが、治安が悪化するほどの大量の避難民受け入れは拒否するという姿勢であり、各国公使団も同様の見解であるようだ」
永野「シャン陸は参事会の傭兵ではないわ!」
井上「しかし誰かがやらなければならない事でもある。陸軍に押し付けるのは簡単だが、またぞろシナ通の一部将校がよからぬ事をたくらむ可能性を考えると、まるで関係しないわけにもいかない」
(中略)
永野「繰り返しになるが上海租界の防衛のためのシャン陸だ。その点を考えるなら、あくまで防御のため、現地の租界を守る為であるべきで、それ以上の出兵は慎むべきだ」
上田「経済権益に関してはどうか」
古賀「難しいかと。民間同士の債務不履行なり踏み倒しに、シャン陸が介入するわけにもいかないだろう」
高橋「よほど悪質な事例ならどうか。例えば民間資本の工場を政府軍が接収した場合などはどうか」
永野「個人的にはその場合は介入するべきだと考えるが、まずは政府、外務省の判断になると思う。経済制裁、その次に軍事制裁であるべきではないか。相手が軍事力を背景に接収しようとする場合はわからないが」
長谷川「その場合は即座に介入するべきだ。そのようなことが起きれば中央の判断を伺うまでもない。最早政府軍ではなくただの強盗、白色テロではないか。シャン陸の存在意義そのものが問われかねない。上海市参事会も黙ってはいないだろう」
井上「現段階では仮定の話であるが、十分にありえる話だ。外務省とも協議するべき案件だと考える」
上田「無用な摩擦を避けるために、現地在留邦人に大陸内部への出資を規制するというのはどうか」
井上「それは別の政治問題を引き起こしかねない」
上田「しかし注意喚起はしておくべきだ」
古賀「同意する」
永野「同意はするが、それは何か事が起こったときのアリバイ作りのようだ」
高橋「現地の情勢に関して軍事の専門家として民間人に注意喚起をする。渡航延期勧告や注意喚起は外務省も行っていることだ。海軍だけが責められるいわれはあろうか」
(この後、林銑十郎総理からの提案の討議に入る)
米内「では内閣からの提案について議論したい。佐藤中将(総理補佐官)の資料にもある通り、海軍唯一の常設陸戦隊であるシャン陸を基盤に将来的に海兵隊を創設出来るかという提案である」
伏見宮「陸軍からの提案という点は気に入らないが、そもそも海兵隊創設の目的とは何なのだ。海兵隊の求められる役割は国柄によって異なる。創設の目的こそ海賊対策や要塞警備部隊の発展解消など様々だが、イギリスのロイヤルマリーンは植民地の港湾警備や騒乱の鎮圧、タイでは海賊対策、沿岸警備部隊と化しているアメリカにいたっては、海兵隊不要論まで出る始末である」
高橋「そもそもこの草案は誰が書いたかわからないが、将来的には戦車や航空部隊、自動車部隊まで保有するべきだとしている。ここまでする必要があるのか?」
長谷川「先に検討した海軍の大陸に関する対処方針に従うなら、シャン陸の規模拡大だけで十分ではないかと考える。少なくともこれは旅団か師団規模、それも複数のものを前提とした構想である。上陸参戦の場合には艦隊の支援は必要だろうが、実現すれば海兵隊だけでの独自の作戦行動が可能となる。中南米の植民地や権益を維持する為に投入された一時期の米国海兵隊方式を念頭においているのか?」
永野「仮にこれを実行するにしろ、しないにしろ、予算要求は楽になると考える。陸軍の真似事をするのは気に入らないが、何せこれは総理肝いりの政策だ」
古賀「総長、さすがにそれは」
米内「軍令部総長、誤解されるような発言は慎んで頂きたい」
永野「失礼した」
高橋「これは最終的にどの程度の規模を念頭においているのか?現在のシャン陸は2個大隊を基幹とする約2000人程度だ。旅団や師団に拡充するには、絶望的に人員が不足している。そもそもシャン陸もその創設は各地の鎮守府や艦隊から募った臨時編成した部隊であるという点を忘れてはならない」
長谷川「仮に創設するとなれば教育課程の再編成や人材育成など大規模な組織改変が必須となる。兵機一系化問題に取り組んでいる時に、更なる混乱は望ましくない」
上田「兵機一系化はこの問題とは関係ない。あらゆる問題に優先する海軍の最優先事項である。仮に海兵隊創設に着手したとしても、兵機一系化が遅れる理由にはならない」
山本「それはその通りだ。兵機一系化と海兵隊は、まったく別次元の問題だ」
注:上田中将は機関科出身
山本「私としては、そもそも空軍を陸軍がとるから、海軍は海兵隊を作ればよいという考えが気に入らない」
高橋「山本、貴様は身も蓋もないことを言うな」
山本「とにかく陸軍中心の航空兵力一元化は、断じて不可!認められない」
永野「トレンチャード子爵の招聘が正式に決定したわけでもない。仮に英国式でやるのなら、空母艦載機の分離方式を拒否する大義名分にもなるだろう。悪いことばかりではないのではないか」
山本「だから政治は嫌いなのだ。そもそも海兵隊を創設しろというのは、海軍に陸軍の教えを請えというに等しいではないか。この草案によれば、将来的には戦車の運用まで検討しているという。強襲揚陸艦の運用や上陸援護の為の艦砲射撃に艦載機からの援護。ここまでなら海軍独自で出来なくもないだろうが。そもそも創設されるという海兵隊は、仮想敵国をどこにしているのか」
古賀「大陸における騒乱に備えたものでは?」
山本「浦塩か青島あたりに上陸しろといわれかねない恐れがある。まさか布哇とは言わないだろうが」
上田「次官。ここは将来の可能性を討議する場ではない。実際に海軍として、この提案にどう回答するのか。それを討議する場であるべきだ。そうでないと意見が拡散してしまう」
山本「失礼した。しかし海軍の名と実を立てる振りをしながら、対外戦争に関して陸軍の主導権を拡大しようとしている可能性は否定しておきたい。陸軍と戦争がしたいわけではないが、満洲事変以来、あるいはそれ以前から、きわめて最近に至るまで陸軍が大陸でどれほど危険な火遊びをし続けてきたか。それを考えてもらいたい」
高橋「それは否定しない」
永野「そもそも陸軍の火遊びが蒋介石の危機感をあおった側面もある。もっともあちらの反日政策が先かもしれないが」
長谷川「鶏が先か、卵が先か」
(昼休を挟んで会議が再開された)
井上「先ほど海軍次官が懸念を表明されたように、確かにこの提案は陸軍に利用される恐れはあります。しかしここは海軍として陸軍を利用するチャンスとも考えます」
山本「貴官の言う意味が理解出来ない。説明を」
井上「現状において陸軍の大陸各地の出先機関は縮小傾向にあります。大陸浪人の拡大など困った側面もありますが、その点は望ましい」
井上「仮に切り込み部隊-殴りこみ部隊として海兵隊を創設するというのなら、対外戦争の主導権、あるいは拒否権は海軍が持つということになる。日露戦役、あるいは日清戦争以来、半島や大陸に拠点が出来てより、わが国の大陸政策は陸軍の主導の色合い、比重が大きくなった。しかし半島や大陸に拠点が出来るまでは、第一発は海軍の軍艦から放たれていたわけです。海洋国家たる日本の戦争は、海軍が始める。海軍の同意がなければ始まらない。故・山本(権兵衛)大将の目指した海軍の陸軍との両立体制。あるいはその先にある国防における海軍の優位性を確立することも出来るのではないかと」
上田「軍務局長の発言は政治的過ぎる」
井上「これは政治なのです。そして外交も戦争もすべては政治あってのこと。粛軍人事により去勢が進んだとはいえ、組織としての陸軍の本質であるテロリズムや統制経済体質が緩和されたと見るのは早計。ならば海軍として陸軍への拒否権を持っておくことは、決して悪くはない…というよりも損にはならない」
永野「先程も言ったが、予算要求という点から考えても悪くはない。これは陸軍からの提案だ。海軍が陸軍に教えを請うわけではない。陸軍が言うので海軍が戦車や航空機の運用、あるいは歩兵部隊育成や運用に関して学ぶという形がとれる。2個大隊しかいないというのも、それだけ予算要求がしやすくなると考えることも可能だ」
井上「ただ艦政本部長が指摘したように、これは政治的な判断である。大川内は確かに奮戦したが、2個大隊を旅団なり師団に拡充しては質の低下は避けられない。数だけ増やして質が低下したでは本末転倒だ」
長谷川「つまり軍務局長は漸次的に進めるべきだという考えか」
井上「取れるときにとっておくというのも必要であると考えます。しかし装備はいずれ劣化するし、人材は即席栽培は出来ません」
山本「局長の考えはわかった。しかし陸軍の海軍への干渉を許す可能性についてはどうか」
井上「現在の帝国海軍は、現在の帝国陸軍より能力に欠けると私は考えていません。むろんこれは軍人としての能力や国家への忠誠、あるいは献身という意味ではない。組織防衛に関しての防衛本能、官僚組織としての外部への排他性という意味においてですが」
伏見宮「…相変わらず嫌な事をはっきりという男だ」
井上「光栄であります」
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- 山本海軍次官、シャン陸の拡充について検討 -
山本五十六海軍次官(海軍中将)は22日、海軍省における記者団との懇談の中で「シャン陸(上海海軍特別陸戦部隊)の拡充について検討を始める」と表明した。次官は「悪化する一方の大陸情勢に、海軍唯一の常設陸戦部隊を拡充する必要がある」と述べ、海軍省内部に検討委員会を設置することも重ねて表明した。軍令部ではなく、海軍省内部に委員会を設置することについては「まだ検討段階であるため」だとしている。
- 報知新聞(9月23日) -
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- イムレーディ・ベーラ前首相、国民統一党より除名 -
22日にブタペストで国民統一党臨時党大会が行われ、ハンガリー王国前首相のイムレーディ・ベーラ氏が党を除名された。これに関連して同氏の派閥や亡くなったゲンベシュ・ジュラ元首相を支持していたグループが統一党を集団脱党するのではないかという観測があったが、党大会では造反の動きはなく、むしろ右派や極右の中からイムレーディ氏への批判が噴出することになった。
党大会冒頭、緊急動議を提出した同党の重鎮であるベトレン・イシュトヴァーン伯爵(元首相)は、除名の理由として「イムレーディ氏は自己の野心により国政に混乱をもたらした」と述べたが、ホルティ摂政や同党穏健派から批判されていた反ユダヤ政策について触れることはなかった。
イムレーディ氏は財務大臣を経て、本年5月より首相に就任したが、外交面では親英派からドイツおよびイタリアとの関係を重視する姿勢に転換したこと、また国内政策では全体主義的な改革や反ユダヤ政策に着手しようとしたことで、党内の主流派や穏健派から批判を浴びていたが、右派や強硬派からは強い支持を受けていた。
財務大臣経験者として対英関係を重視していたイムレーディ首相(当時)がベルリン=ローマ枢軸へと外交の基軸を移したことは、3月のアンシュルス(独墺合邦)にイギリスがなんら有効な対応を取れなかったことが原因であるとする見方が強い。ハンガリー王国はトリアノン条約の修正、すなわち欧州大戦により失った旧領回復を悲願としており、これは左派右派を問わず、ハンガリーとしての国論である。しかしイムレーディ前首相の強権的な姿勢や急速なドイツ傾斜、何より反ユダヤ政策は党内論争を引き起こした。ハンガリー王国がユダヤ人に親和的というよりも、ドイツの歓心を買うための民族政策だとする批判は保守派にも存在していた。
そんな中、イムレーディ氏の曾祖父がユダヤ人である事実が公文書等で発覚したことは、反イムレーディ派だけではなく、元々の支持基盤である右派や極右の間から猛反発を浴びた。おりしも国民議会補欠選挙での応援演説で、同氏が反ユダヤ政策の強化を打ち出した直後の発表であり、同党公認候補のまさかの落選と合わせてイムレーディおろしが激化。ついに摂政ホルティ閣下に引導を渡され、今日の除名に至ったわけである。
なお、この公文書を発見した大川周明氏は、ツラニズム研究の為に独国に滞在中であり、研究の過程でたまたまこの文書を発見したという。本紙は研究中の大川氏へのインタビューを試みたが「運命石の扉がついに開かれたのだ!意味などない!それこそ意味のある意味であり、その言葉の羅列にこそ、意味があるのだ!」と意味不明の回答をするばかりで(略)
- テレキ・パール首相「国民の信頼を回復する為に全力を尽くす」 -
ハンガリー新首相に就任したセーク伯爵テレキ・パール氏は、世界的な地理学者であり、前内閣で教育相を務めていた。また短期間ではあるが首相も経験している。前任者とは異なり政治時姿勢はきわめて穏健であり、ハンガリーきっての親英派で知られる同氏だが、トリアノン条約の修正を目指すという立場は共通しており、近隣諸国との摩擦が懸念される。同氏は就任会見で「ここ数ヶ月の国政の混乱、および与党内部の政争により失われたハンガリー国民の信頼を回復する為に全力を尽くす」と表明した。
- 東西新聞(9月23日) -
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- チェコスロバキア内閣総辞職。後任は軍人首相 -
22日、辞意を表明していたチェコスロバキアのミラン・ホッジャ内閣が正式に総辞職した。農業党、国民社会党などの連立4党は欧州大戦における活躍で知られるヤン・シロヴィー上級大将(軍監察総監)の擁立で合意。ヤン・シロヴィー内閣が正式に発足した。シロヴィー首相は国防大臣を兼任する。
今回の政変は、ベルヒテスガーデンでの英独首脳会談(9月15日)、およびロンドンでの英仏首脳会談(9月18日)の成果を踏まえた上で、プラハ駐在の英仏公使が共同でチェコスロバキア政府に何らかの要求を突きつけたことへの反応と見られる。関係筋からはズデーデン問題での譲歩のため国内を押さえるためにヤン・シロヴィー首相が国防相を兼任したという見方もあるが、エドヴァルド・ベネシュ大統領(国民社会党)は依然としてドイツの譲歩を拒否していることから、戦時内閣を組閣したのではないかとする見方もある。また同国首都のプラハでは同日、ドイツに対する大規模デモが開催され、参加者が気勢を上げた。
- 駐英・チェコスロバキア大使「我が国は奴隷にはならない」 -
チェコスロバキアの駐英大使であるヤン・マサリク氏は、米国のジョセフ・P・ケネディ大使との会談後、記者団との会見に応じた。同氏は「チェコスロバキアの領土は先の大戦により画定したものであり、神聖にして不可分である」と強硬な立場を繰り返した。またプラハは十分に譲歩したとして「ズデーデン地方における自治権拡大要求を拒絶したのはヘンライン氏であり、彼を煽る国外勢力である」と、現在の緊張状態を作り出しているとして、ドイツを暗に批判した。
ケネディ大使はコメントを拒否したが、マサリク大使の強硬姿勢は米国がチェコスロバキアの主張に理解を示したのではないかという見方もある。またマサリク大使は「新内閣は戦争を恐れてはいないが、戦争をしたいとは考えていない」とも述べた。
- 東京日日新聞(9月23日) -
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アメリカ合衆国の駐英大使であるジョセフ・パトリック・ケネディ・シニアは、自分こそが偉大なるアメリカ合衆国を率いるにふさわしい人物であると、神に選ばれた人間であると確信している。
これは狂信でも自惚れでもなく、純然たる事実であるとするのがケネディという人物であった。所謂、WASPではないアイルランド系移民のカトリックであることは自身の能力や財力に比べるなら何の政治的なハンディにならないと彼は考えている。アル・スミス(元NY州知事で民主党大統領候補)は早すぎたのではない。能力や人気があろうとも、彼には家柄と人脈がなかった。自分は違う。ボストンの表と裏で長年築き上げてきたケネディ家の地盤は、たとえ政治的なハリケーンが襲来しようとも揺らぐものではない。
今のホワイトハウスの住人であるフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトも、彼に言わせるのなら自分が大統領に押し上げたのだ。
あの愚か者の集団である共和党をホワイトハウスから叩き出した1932年の大統領選挙。ハーストに提灯記事を書かせ、ウィルソンの娘婿や、政策的には正反対の保守派のサボテン・ジャック(ガーナー副大統領)の支持を取り付けることが出来たのも、自身の行った多額の献金の結果なのだというのが彼の考えだ。ルーズヴェルトを通じて、ケネディはホワイトハウスを『買った』。年齢が上であるためにその主人の椅子を譲っただけのこと。当然ながら次に座るのは自分である。少なくとも彼はそう考えている。
しかし『仮』の主人はそう考えていないらしい。最初に自分に与えられたポストは証券取引委員会委員長。やり口を知る自分に古巣を取り締まらせる。あのニューヨーカーらしい陰険なやり口だが、自分と同じようなやり方で財産を築かれては面白くないので、彼は熱心に職務に取り組んだ。
ところが古巣をすべて敵にまわして自分が得たのは、希望していた政府の主要閣僚ではなく、連邦海事委員会委員長のポスト、そして駐英大使である。大使候補として上院外交委員会の公聴会に臨んだケネディは、候補者としての適性を確かめるという名目で自分をあげつらう有象無象の上院議員らの顔を眺めつつ、必ず大統領として戻ってくることを誓った。
ケネディは駐英大使として赴任して、すぐさまルーズヴェルトの真意を悟ることになる。
これまでの委員長ポストは、裁量の範囲内とはいいながらも、ある程度自分の意思なり思惑がさしはさめた。ところが特命全権大使はアメリカ合衆国の国家としての意思を代弁する唯一の人物。すなわち大統領の代理人である。手足を縛られ、常にホワイトハウスの意向を気にしながら口だけを動かす仕事は、まったく持ってケネディの性にあっていなかった。少しでも本国の意向に背けば解任されるという立場。このまま、あの男の思惑通りにロンドンで飼い殺しにされるのか。家族を大英帝国の社交界に華々しくデビューさせながらも、ケネディは使用人に手を噛まれたといわんばかりに、ホワイトハウスへの憎しみを募らせていた。
ウガキ・カズシゲというジャパンの大使と会ったのは、マンション・ハウス(ロンドン市長公邸)で開催されたパーティーの席上である。禿げ散らかした不恰好なアジア人の老人が、なれなれしく近づいてきたか思えば、なまりの強い英語で一方的に喋り捲る。ボストン訛りの英語にいささかなりともコンプレックスを持っていたケネディからすれば信じられない下品な振る舞いである。しかしその老人は自分の感じたような嘲笑ではなく、何故か尊敬と敬意のような、よくわからない扱いを受けていた。それがなんとも奇妙であり、ケネディは老人のまくし立てるような会話に応じる事にした。
以来、宇垣とケネディはそれぞれの国や年齢を超えた関係を築いた。押しの強い性格に、枯れることのない政治的野心。似たもの同士は不倶戴天の敵と憎みあうか、それとも前世からの親友であるかのように意気投合するかと極端に分かれるものだが、この二人の場合は後者であった。
チェコスロバキア大使との会談を終えたケネディは、本国への報告書を作るよりも、大使館にいつものように押しかけてきた親子ほども年の離れた悪友との会話を望んだ。
『いやいや!お疲れ様でしたな!』
「疲れましたよ。貴国がドイツの地方自治体の名前になろうと知ったことではないという内心を隠しつつ、心にもないことを言うのはね」
ケネディは応接室のソファーに倒れこむように座ると、眼鏡を外して眉間を揉んだ。チェコスロバキアのマサリク大使との会談は15分の予定が1時間を大幅に延長するものとなり、疲れが隠せていない。ケネディが切り上げようとするたびにマサリクは、それこそ肘をつかみ掛からんばかりににじり寄り、アメリカの支援を求めた。
『言質など与えなかったのでしょうな』
「レインボー師団を再び欧州に送れとでも?信頼を失う方法はいくつもありますが、最も簡単なのは出来もしない約束を安請け合いすることです」
『なるほど。国際連盟の提唱者である貴国が言うと、説得力がありますな』
この言い様には、さすがのケネディも鼻白んだ。不愉快そうに鼻を啜ると「一兵たりとも派兵しなかった帝国陸軍の出身であるご老体のお言葉としてお聞きしましょう」と剥き出しの皮肉を返した。
『はっはっは!これは手痛いところを。しかしいかに精強なわが帝国陸軍とはいえ、20個師団前後しかない兵力を派兵するのは難しかったでしょう。言語の問題や規格の問題もありますがね』
「わがアメリカ合衆国は大西洋を横断したのです。貴国と大して条件は変わらない。モンロー主義を旗頭に国際協調を無視する我が国の態度が不適切だという意見があることは承知しておりますが、旧連合国とは比べると少ないかもしれませんが10万人の犠牲者を出したのです。さて日本はどうなのです?」
『その通りであり、貴殿が見落としている点もありますな』
「アンザック師団の護衛ですか」
日本海軍の地中海派遣などを例に挙げるケネディ大使に、日本の退役陸軍大将はその大きな顔を横に振って答える。
『極東の憲兵として貴国やイギリスの権益を守り通しました。連合国として参戦することで極東におけるドイツの戦力を無効化し、チャイナの政府を中立化させ極東アジアを安定させたのは日本です』
「それは貴国の利益のためでしょう」
『いやいや大使。我が国が連合国として参戦し、極東でにらみを利かせていたからこそロシアは東部戦線において全力で戦うことが出来たのです。例え轡をともにしなくとも、我が国が先の大戦で果たした後方支援基地としての役割は大きい』
「ウガキさん、貴方は優秀な軍人だということは理解しています。しかしメディアや大衆というもの、そして彼らが選ぶ政治家という生き物にはいささか無頓着ではないですかな?」
苦々しい表情でケネディは続けた。陰徳を積むといういかにも東洋的な思想は、欧米では通用しない。見えない貢献は次の選挙の投票行動に影響することはないし、選挙民に見せる絵がなければ訴えようがない。プロが理解しても、大衆が理解しなければ意味がないのだ。むしろ戦わずに安全な後ろで金儲けにいそしむとネガティブキャンペーンをする材料しかないではないかと語る米国大使に、宇垣も苦笑するしかなかった。
『貴方ほどマスコミをうまく使う人間を私は知りませんのでな。貴方がそういうのならそうでしょう。東京にも気をつけるように伝えますとも』
「兵士の命は金では買えない価値がありますからな。特に兵士は死ぬことで価値が跳ね上がる」
『ふむ。きわめて不愉快ですが同意せざるを得ませんな』
このようなやり取りは、この二人にとっては挨拶代わりである。いつものようなじゃれあいを終えると、ケネディは早速、宇垣と情報交換を始めた。
『ドイツの現政権びいきの貴殿には何ですが、ドイツのやり方はさながらマフィアの恐喝の手口のようですな。強い要求をぶつけたかと思えば次の瞬間に頬をなで、優しい笑顔を浮かべながら相手の腹をいきなり殴る。チェンバレン卿にはいささか酷な相手でしょう』
「マフィアとはそれは。いやおっしゃりたいことはわかりますがね」
『22日の首脳会談でチェコスロバキアの解体と領土の再編を要求したのは事実のようです。トリアノン条約を始めとした一連の戦後体制の否定でありながら、チェンバレン首相に要求への同意と協力を求めたとか…ところが最後にはズデーデン割譲だけでよしと述べたそうです』
「……なるほど、確かにそのやり方には覚えがありますよ」
あまりにも身に覚えのあるそのやり方に、ケネディは思わず微笑を浮かべていた。相手の弱みに徹底的につけ込むそのやり方は、かつての自分の十八番であったからだ。無論そんなことは目の前の日本の大使が知るはずもないのだが。
「しかしそれは弱者の手法です。自分の能力なり財力に自信のあるものは小細工を弄しない。そのようなことをしなくとも勝てるからです。自分に自信がないから必要以上に居丈高となり、高圧的に振舞うのです。笑いながら殴るというのも、相手から冷静さを奪わせる戦略といえば聞こえがいいですが、その実はどうでしょう」
『総統閣下でない限り、その内心はわかりませんな。しかしドイツが用意していることは確かなようで』
宇垣もケネディもその手の内を完全にさらすことはしないが、二人とも10月初頭にドイツがチェコスロバキア侵攻を目的とした作戦計画を実施に移したことは了承していた。無論それは英仏首脳もチェコスロバキアも、そしてその周辺国も理解している。問題はそれに如何に対処するか-第2次欧州大戦を了とするか否とするかだ。
「ホワイトハウスのわが主は、ローマの統領に仲裁を期待しているようです」
『パリ講和会議のオルランド(元首相・イタリア全権)の醜態を忘れたとでもいうのですかね。10年前ならいざ知らず、ヒトラー総統はイタリアを恐れてなどいないでしょう。むしろ仲裁者の振りをしながらドイツに肩入れする可能性すらある』
「そういう人物だからこそ、ドイツに恨まれる立場になる危険性よりも、自らの名誉欲を満足させる機会だと説得できると考えておられるようです…ソビエトはどうでしょうかな」
チェコスロバキア大統領のエドヴァルド・ベネシュは、独立以来17年外務大臣を務め、隣接するすべての国と何らかの領土紛争を抱える同国の存続のために遠交近攻外交を展開した。具体的には西ではフランス、東ではソビエトと協商関係を結び、領土紛争を抱える周辺国と対峙しようとした。くしくも現在の状況は、ベネシュが危惧していた通りの展開である。
『もっともオーストリーが消滅することまでは想像出来なかっただろうがね……ポーランド、ルーマニアの両国の大使と会談したが、ソビエトの無害通行権要求を正式に拒否したようだ』
「それはそうでしょうな。共産主義マフィアの親衛隊を入れてしまえば、そのまま領土に居座られる可能性もある」
アメリカ人の資産家としては極めて平均的な反共感情の持ち主であるケネディは、プラハの外交を皮肉って見せた。ソビエト軍がチェコスロバキアを直接支援しようとすれば、ポーランドかルーマニア領を通過しなければならない。両国ともにチェコスロバキア、あるいはソビエトと領土紛争を抱えているのに、そのようなことを許可するはずがなかった。
『では大使は戦争になると?』
「ならないと考えない理由はありませんな。しかしあの首相に戦争が出来るとも思えない」
ダウニング街10の住人の顔を思い浮かべ、ケネディはさてどうだろうかと首をかしげた。ネヴィル・チェンバレンやエドゥアール・ダラディエという政治家個人の問題ではない。国民が望まないことは、基本的に政治家は実行することが難しい。先の大戦の戦火と記憶が生々しい現状では、『見えないチェコスロバキア』を守るために『見えるドイツ』と戦う選択肢を両国の国民が受け入れるとは、彼には思えなかった。
「ご老体こそ、どう考えておられるのです?そもそもチェンバレン首相とは貴方のほうが関係が深い」
『それは買いかぶりですな。この私にそのような力はありません』
宇垣の言葉にケネディ大使は、胡散臭そうな視線を向けた。言葉とは裏腹に目は爛々と輝き、口元が緩んでいる。ケネディにはそれに見覚えがあった。それは長男のジョーや次男のジャックが幼い頃に父親である自分に悪戯を仕掛けて、こちらの反応をうかがっている時の表情にそっくりだったからである。
「何か、こそこそとチェンバレン氏に知恵をつけておられるようですが」
『何、ただの情報収集ですよ。岡目八目という諺がわが国にはあります。当事者では見えないことが、第三者だからこそ理解出来ることもある。しかし当事者に代わって利害関係者となることなど出来ないのです…しかしですな。ほかならぬ貴方と私の間柄です。それではあまりにも勿体無い』
そう言うと宇垣は身を乗り出して、この老人には珍しく小声で続けた。
『ギリギリですが間に合ったとだけ、お答えしておきましょう。細工は流々、仕上げを御覧じろというわけですな』
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- チェコスロバキア政府、総動員を発令!第2次欧州大戦へ! -
チェコスロバキアのヤン・シロヴィー首相(国防相兼任)は23日、総動員を発令。ベネシュ大統領もこれを了承した。同日、ドイツ外務省はプラハへの要求事項32ヶ条を公表。ズデーデンの即時割譲、28日までの政府職員ならびに軍警察の退去、資本および資産移動の制限など内容は多岐に渡る『最後通牒』である。
ベルリンからの報道によればドイツ帝国鉄道(DRB) は既に一部路線の運行停止を発表。ドイツ軍の動員は開始されているという見方もある。チェコスロバキアの動員はドイツの侵攻作戦に備えたものと見られ、ソビエト連邦のマクシム・リトヴィノフ外務人民委員(外相相当)は「同盟国であるチェコスロバキアを守るために赤軍はあらゆる尽力を惜しまない」と表明。フランス陸軍のモーリス・ガムラン軍事評議会副議長(陸軍総司令官)は「フランスはチェコスロバキアとの条約を遵守する」として緊急の評議会招集を政府に要請した。
25日には英仏首脳会談が再び予定されており、1914年の7月危機が再び繰り返されるのか。両国の対応が注目される。
- 臨時閣議を召集。対応策を協議へ -
林銑十郎総理はチェコスロバキア軍動員の一報を受け、24日未明に臨時閣議を招集した。
- 東西新聞 号外(9月24日) -
・海軍さんのやつ、ぶっちゃけ台本方式です。案外書くの難しかった。
・とりあえず予算が引っ張れればいい永野、海軍としての独自性にこだわる山本、逆に主導権握っちゃおうぜ!というイケイケ井上。
・イムレーディ・ブーメラン
・アンシュルスの後で親ドイツ政策に切り替えるのは別に不思議じゃないとは思うが…
・これがこの世界線の選択なのか!(やかましい)
・やんのかこらぁ!といいつつ腰の引けてる総統閣下。
・やったるぞこらぁ!といえない旧連合国
・やるしかねえぞこらぁ!と悲壮なチェコスロバキア。なおなんでこの国がこんなに周辺に嫌われているかというと、まあ自業自得な面も大きかったり(ry
・大変嫌な男になったケネディ大使。まあいいか(おい)
・宇垣は便利です。
・さあ盛り上がってまいりました(しらけ鳥が~飛んでゆく~)