女の敵?
それからの道中も、会話は殆どなかった。
だがリリィは、ギリアンが自分をどこか心配しているような気配をずっと感じているし、刺々しかった言葉尻は格段に柔らかくなった。
鏡を割ったこと、リリィ・ベル・グレイスの身の上話をしたことが、これほどギリアンの関心を買うとは思っていなかった。
だってあれほどひどい態度を取っていたのだ。
さっさと旅を終わらせてしまいたいと思って当然だ。
なのにどこかリリィを気遣う素振りを見せるギリアンと一緒にいると、もしかしたら呪いを終わらせることが出来るかもと、どうしても考えてしまう。
だが、そんな風に彼を利用しようとしている自分が、ひどく浅ましい人間に感じられる。
そもそも初日から、彼がリリィを手当する手はとても優しかったのだ。
あの時から、ギリアンはリリィの特別になりつつある。
嫌だ、と思う。気遣わないで欲しい。自分を見ないで欲しい。優しくしないで欲しい。
彼を、好きになりたくない。
きっとそんなことを思っている時点で、もう彼のことが好きなのに。
だけどギリアンが、リリィに恋をすることはないだろう。
自分だったら、こんな性格の可愛くない女はお断りだ。
どうせ呪いが解けないなら、せめて不快な思いをさせた分、彼の役に立とう。
一時的にでも婚約者と名乗れば、ギリアンは堂々と城へ戻れるというのだから。
それくらいは、してもいいではないか。
二人はとうとう、ランドール国の城下町へ到着した。
あとは城の門をくぐるだけ、とリリィは考えていたのだが、ギリアン曰く、城へ先触れを出したりと色々あるらしい。
自分の家なのに、本当に王族というのは面倒なことだ。
城下町のある宿を取ってすぐ、ギリアンは出掛けて行った。
城への使いをどこかに頼むのだろう。
リリィは相変わらず役立たずな自分に呆れながらも、留守番をするしかない。
せめて夕食の手配だけでもしておこうと、白髪を隠すためにフードを被り、二階の部屋から下階の食堂部分へ降りてゆくと、先程宿泊の手続きをしてくれた宿の女将さんが、リリィの元へ早足で近づいてきた。
「ああ、お嬢さん! あなた大丈夫なの?」
「はい?」
何のことか分からず首を傾げると、女将さんは食堂の端にあるテーブルへとリリィを誘導した。
「あなたの連れ、ギリアン王子でしょ」
「えっ」
驚きに思わず声を上げてしまったが、彼はこの国の王子なのだ。絵姿などが広まっていても何らおかしくはない。
しかし女将さんは真剣な表情で、予想外の忠告をしてくれた。
「悪いことは言わないから、あの王子はやめときなさい。あの方はね、城下で派手に女遊びしたせいで城を追い出されたのよ。女の敵よ」
頬を打たれたかのような衝撃だった。
まさか、ギリアンが城に戻れない理由が女性関係だったとは。
ひどくショックを受けている自分に驚く反面、心のどこかで「ああ、やっぱり」と思っている自分もいる。
ギリアンは京介とは違う、なんて気の所為だった。
そして、自分は他の女性とは違うと言えるほど、ギリアンに好かれてはいない自覚もある。
やっぱり、呪いは解けないのだ。
心は嵐のように吹き荒れているのに、口から溢れたのはとても穏やかで落ち着いた声。
「ご親切にありがとうございます」
穏やかで落ち着いているのに、目の前の相手がこれ以上踏み込むのを許さない、そんな思いが込もった笑みを浮かべ、席を立つ。
その笑みに女将さんは瞠目し、しかし掛ける言葉を見つけることも出来ずに、小さな背中を見送った。