二人の身の上
リリィの初日の怪我から二日後、二人は旅を再開した。
それからの道中は、ギリアンとしては比較的順調に進んでいたと思う。
初めこそ、リリィの足を気遣いながらなので、まめに靴を脱がせて傷の手当てをし、乾かすことを繰り返し、ゆっくりとした速度だったが、次第にリリィも歩くことに慣れ、足の傷が治る頃には、一日で進める距離も随分伸びた。
だがやはり、ギリアンに歩み寄ろうという気配はない。どうやらギリアンに似ているらしいキョウスケという男と未だに重ねているようだという腹立たしさはあるものの、ギリアンも半ば諦め、必要なこと以外は声をかけないので、案外苛立つこともなく過ごせた。
宿の部屋はあれからいつも同室にしていた。
リリィから、二部屋取って路銀を使い切り旅が長引くなら同室でよい、と言われたためである。
そこで、気になることが一つだけあった。
リリィは夜中、何度も目を覚ましているようなのだ。
旅に慣れないせいで休めていないのかと一度声をかけたが、「百年も寝たんだから眠りが浅くて当然でしょ」と返され、釈然としないものの、他に百年寝ていた人間を知らないので否定もできず、引き下がった。
それでも気になり、夜中に気配を感じてこっそり様子を伺った時、リリィはベッドに上半身を起こし、ぼんやりと窓の外に浮かぶ月を眺めていた。
その様子があまりに儚げで、なぜか胸がざわついた。
そんな胸のざわつきを自覚したのと同じ頃から、ギリアンは不思議な夢を見るようになった。
不思議な世界に暮らす、自分と瓜二つの男の夢。
見たことのない高い建物が立ち並び、馬のない馬車のようなものがたくさん走る世界。
ギリアンと同じ顔の男は、幼い頃に同い年の少女に恋をした。
だけどそれが恋だと自覚できないままに、大人しい少女を構いたくてちょっかいをかけ続け、初恋だとようやく自覚した頃には、少女にひどく嫌われていた。
優しくしたいのに、今更どうすればいいのか分からない。
どうでもいい女にはいくらでも優しくできるのに、自分を拒絶する少女を見ると苛立ちにひどい言葉を投げつける。
そうしてますます嫌われるという悪循環に、日に日に焦る自分。
ギリアンは確信した。
これは、リリィが言っていた「キョウスケ」の人生を辿る夢だと。
そんな不思議な現象がギリアンの身に起きている中であった、リリィの不調。
いや、不調と言って良いものかも迷う。
鏡を叩き割って震えていたリリィの姿は、ギリアンの胸に大きな不安を落としていた。
「あと十日ほどで着くよ」
部屋でギリアンがそう言ったのは、旅を始めて二十日経った頃だった。
「そう」
リリィは短い返事をした。鏡を見ずに、髪をブラシで梳かしている。
ギリアンはそんなリリィの横顔をしばらく見つめていたが、また口を開いた。
「国王…、父上は賢君だが、母に頭が上がらない。母は庶民の出だが、うちの国はあまり身分に拘らない質で、すぐに馴染んだらしい。料理が上手い」
「…何の話?」
リリィの質問には返事をせず、ギリアンは話を続ける。
「兄が二人いる。もう二人とも結婚してる。長兄は優秀で、次期王として期待されている。次兄は腕っ節が強くて、今軍で大将をしている」
「ねえ、それ私に話しても関係ないでしょう」
リリィが振り返ってそう言うと、ギリアンと目が合った。彼は、何とも言えない表情をしていた。
「…だって、ひとまずお前は俺と婚約するんだろ。実際に何も聞いてませんじゃ怪しまれる」
それは取ってつけたような理由だったが、リリィはすんなりと納得したようだった。
「そうだね。…覚えておくわ」
ぽつんとそう返事をしたリリィに、今度はギリアンが質問する。
「お前は? あ、いや、言いたくなければいいんだけど。昔からそんな性格きつかったのかと思って」
あまりに失礼な物言いに、リリィは眉間に皴を寄せる。
黙ってしまったリリィに、ギリアンはやっぱり無理かと溜息をつく。
そしてギリアンが明日の旅支度を始めてしばらく経った頃、突然リリィが喋りだした。
「昔から、外面だけはよかったみたい」
「え」
何の話かと振り向くと、リリィは不満そうながらも続ける。
「あんただけ話すのは不公平でしょ。リリィ…、私の母は側室で、私を産んでから随分肩身の狭い思いをしてた。父は…、女癖が悪くて、正妃の他に十二人の愛人がいた。母もその一人で、私を産んだことで側室となったけど、他に子どもがいなかったから、その愛人たちと王妃がね…。私がいい子にしていないと母が責められるから、外面だけはよかったの」
始まった話が想像以上に重かったので、ギリアンは焦った。軽々しい質問をしてしまったと後悔した。
どう返事をしようと悩んでいる間にも、リリィの話は続く。
「その反動で、まあ、こんな感じになったみたいなんだけど。一度も外に出してもらえないし、呪いはかけられるし。まあ、母のおかげで死なずには済んだけど」
「…そうなんだ」
捻りも何もない返事に、リリィは不満そうに溜息をつく。
「…何だ、面白くない反応。私の言うこと簡単に信じるのね」
「え、ちょっと待て。今の嘘なのか?」
「さあ」
あまりの返事に、温厚なギリアンも怒りを覚える。
「お前な、ついていい嘘と悪い嘘があるだろ」
怒気を孕んだその声音に、しかしリリィは堪えていないようだった。そして、ぽつりと呟く。
「私も、何がホントでどこまで嘘なのか、もうわからないんだもの」
そう言うと、リリィはギリアンの返事を待たずに寝台に横になり、毛布にくるまってしまった。
「ええ? 何今の話。結局どっちだよ」
困ったようにそう言ったギリアンに、リリィは返事をしなかった。