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眠り姫と第三王子  作者: 山下ひよ
4/15

最悪の二人

更新が遅くなり申し訳ありません…


 最初に手に取ったのはハサミだった。


 ギリアンは部屋の外に追い出した。こんな格好で旅は出来ないので着替えたいが、ギリアンに見せてやる義理も義務もない。

 まずは重い髪を切ることにした。バッサリいっても良かったが、思い直して胸の下くらいの長さに留めておいた。こういう世界では髪の短い女性は罪人とかいう法律があることが多い。罪人はごめん被りたい。

 次にクローゼットと思われる棚を開けて、動きやすい服を探した。かかっているのはドレスばかりで辟易したが、そのドレスの裾に埋もれるように大きな袋が隠されているのを見つけた。

 袋の口の紐をほどくと、そこには地味めの簡素なドレスと外套、下着などの着替えが数枚。そして乾燥した非常食のようなものと空の水筒が入っていた。

 リリィ・ベルは旅に出る準備をしていたようだ。遠慮なく使わせてもらうことにする。

 だが非常食は置いていくことにした。さすがに百年前のものを口に入れる気がしない。

 地味な紺のドレスに着替えて髪は水色のリボンで束ね、最後に外套を羽織って袋を手に取る。紐を工夫すればリュックのようになったので、背中に背負った。

 気は重いが、行動するしかない。

 とりあえずギリアンと婚約して、婚約破棄して、それからのことはその後考える。旅の間にこの世界のこともわかってくるだろう。

 リリィは大きなため息をつきながら部屋を出た。



 呪いなんて解くんじゃなかった。


 それがギリアンの正直な気持ちだ。

 はっきり言って、リリィの外見は大変好みだ。あのプラチナにも見える白髪も、海の浅瀬のような瞳も、顔の作りも大好きだ。

 だけど、でも。


「あんなに性格キツいなんて思わねぇじゃん…」


 何だあれ、とギリアンは振り返る。

 いきなり平手打ちをくらい、彼女が嫌いな誰かに似ていたがために邪険にされ。

 婚約してすぐ別れることには異論はない。あんな性格のこわい女と添い遂げられる気がしないし、とりあえず連れて帰ればギリアンの面目も立つ。

 だが、ランドール王国までの距離は近くはない。ましてやろくに歩いたこともないだろう少女を連れての旅だ。かなり長い期間を一緒に旅することになる。


 胃に穴が空くかもしれません。


 今のうちに逃げるか、とも考えたが、王女として生きてきた少女を置き去りにすれば、生きる術を知らぬ彼女は死ぬしかない。どんなに嫌いでも、見殺しにできるほどギリアンは冷血ではない。

 

 そんなことを考えていると、リリィの部屋の扉が開いた。

 その彼女の姿に瞠目する。

 そんな地味な紺のドレスをなぜ一国の姫が持っているのかとか、ドレスのデザインがやたら古風だとか、背中に担ぐ袋がちょっとどうかと思うくらい古いこととか、そんな田舎娘みたいな格好なのに美人なせいでなおさら違和感がすごいこととか。

 どこから突っ込めばいいのかわからないギリアンだが、とりあえず一番気になることを聞いた。


「髪、切った?」

「さすがにあの髪引きずって旅は無理だわ」


 リリィはそんなことを言いながら扉を閉める。外套についているフードを被ると顎をしゃくった。


「ほら、行くよ」

「……はーい……」


 心底嫌そうにギリアンが返事をすると、リリィに睨まれた。

 もう本当に勘弁してほしい。



 その後塔を降り、城の中を歩いていたのだが、何故かリリィはギリアンに前を歩かせた。茨は二人に襲いかかることもなく、ギリアンが来るときに開いた道を辿るだけではあるが、普通は住んでいた場所ならリリィが先導しそうなものだ。

 そして、生まれ育った城の変わり果てた様子に、動揺している様子もない。まるで他人事のように不思議そうに周りを見渡している。


「このまま城を出るけど、寄りたい所とかないのか?」

 やんわりそう聞いてみたが、返ってきたのは予想外の返事だった。


「覚えてないからいい」

「えっ」


 覚えていないとはどういうことか。百年も眠っているとそういうものなのだろうか。

 そういえば目を覚ましてすぐの時も、彼女はずいぶん混乱していた。何やら昔の自分が書いた手紙で状況を把握したようでもあったし、本当によく覚えていないのかも知れない。

 僅かに気の毒に思った。あくまでも僅かにだが。

 もし記憶がないとしたら、一つだけ納得出来ないことがあるからだ。


「…覚えてないのにキョウスケって奴のことは覚えてるんだ…」


 その囁きは小さかったがリリィには聞こえたようで、ギリアンは睨まれた。


「うるさいな。詮索すんな」


 本当に口が悪い。ギリアンは口元がひきつるのを自覚していたが、それ以上言い返すのは止めることにする。

 気まずい空気のまま歩き続ける。途中で、兵士の訓練場のような場所を通った時、リリィは壁にかけられていた木剣を突然物色し始め、自分の身長の半分くらいの長さの木剣を選んで背中にくくりつけていた。


 あれ、自分で使うのかな…?


 見たところ、リリィの筋肉のない体にも剣ダコなど見当たらない手のひらにも、剣を扱えそうな要素は全くない。

 きっと護身用のつもりなのだろう。

 ギリアンはある程度剣を使えるし、頼ってくれてもいいのにと思ったが、リリィはものすごく嫌がりそうなので口に出すのはやめておいた。英断だ。



 そしてギリアンの不安は的中する。

 彼女との道中は、予想通り最悪だったのだ。


 リリィ・ベルはギリアンがこれまで出会ったどの女性よりも口が悪く生意気だった。

 普段のギリアンであればそんな女性の様子も可愛いと思えたのだろうが、出会いが出会いなだけに、すでにギリアンの中でリリィは「苦手な女」に認定されていた。

 初めこそ、ギリアンはリリィと少しでも歩み寄れないものかとあれこれ話しかけていた。記憶が曖昧とはいえ、目覚めたら国を失っていた姫への同情もあったのかも知れない。そして、リリィの見た目だけは自分の好みのど真ん中であることや、これまで数々の女性たちと浮き名を流してきた男としての矜持もあったのだろう。だが、リリィの反応は「良くない」どころではなかった。


 まず、リリィはほとんどの受け答えを無視した。それでも懲りずに話しかけていると、今度は冷たい目で睨まれた上に鼻で笑われた。

 この態度にはさすがのギリアンも頭に来たが、リリィに怒りをぶつけたとしても結局は邪険にあしらわれるか無視されるかのどちらであろうことは容易に想像できたので、最終的にはギリアンも無言で道中を行くことになった。


 ああ、この旅早く終わらないかな。


 この気持ちだけが、二人の唯一の共通点だった。



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