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眠り姫と第三王子  作者: 山下ひよ
2/15

ギリアン・ランドール

今回は王子目線です。


「お前を旅に出す」


 きっかけは、この国の王であり、彼の父親でもある男の一言から始まった。


「嫌ですよ」


 彼はしれっとそう返したが、王はこめかみをひくひくさせながら彼に言う。


「嫌だろうが何だろうがこれは決定事項だ。そもそもお前が、城下で何人も女を口説いた挙げ句、三股などかけるから」

「父上、情報は正確に。四股ですよ」


 にこやかにそう返した彼に、堪忍袋の尾が切れた王は、勢いよく王座から立ち上がった。


「やかましいわこの馬鹿! 今後は城に戻ることも王子を名乗ることも許さん! 路銀もやらんぞ。ちょっと市井に揉まれてこいこの馬鹿!」


 馬鹿と二回も言われた王子は、さすがに王の出した条件に冷や汗をかいた。


「え、ちょっとそれ厳しすぎませんか父上。路銀くらい世話して下さいよ。箱入り王子舐めてんですか」


 彼は、三人いるこの国の王子の末っ子だ。それ故甘やかされてきたし、確かに箱入りだ。だが、それを自分で分かっていて改めようとしない辺り、手に負えない。

 王の隣に座っていた、彼の母である王妃は、口許で広げた扇の向こうで溜め息をついたようである。そしてその傍らに立つ彼の兄達も、呆れたような表情で弟を見やる。だが、助け船を出したのは長兄、第一王子であった。


「父上。こいつの言動に腑に落ちないものを感じるのは私も同じですが、確かに苦渋を知らない第三には酷かも知れませんよ。変な所で王子だってバレて政治的陰謀に巻き込まれたり、の垂れ死んだりしたら面倒ですよ」


 第一王子はいつもこんな感じだ。弟を心配しての発言だと家族は知っているが、それを知らない人間には血も涙もない男に見える。そして第二王子も加勢する。


「兄上の言う通りですよ。せめて国に戻れる条件を付けてやってはどうですか」


 第二王子の案に、王は考えるように髭を生やした顎を撫でる。ふむ、と唸ったあと、第三王子に言った。


「では、こうする。我々と、国民全てが納得する花嫁を連れて国へ戻れ。そうすれば、お前を再び王家の人間と認めよう」

「えっ、俺まだ身を固めるつもりは」

「うるさい馬鹿王子! 路銀もないし身分も剥奪! 女遊びも出来ない状況なら、お前も本気で花嫁を探す気になるだろう」


 彼は困ったような顔で母と兄達に助けを求める視線を送るが、三人とも何故かにっこりと微笑みを返してきた。そしてそれまで口を閉ざしていた王妃が、扇をぱしんと閉じると、微笑んで息子に言った。


「あんまり舐めてんじゃねえぞ、クソガキ」

「お、王妃、王妃! 地が出とるから!」

「あら陛下。ごめんあそばせ」


 ちなみに母は元庶民である。実家は肉屋で、肉切り包丁を使わせたら右に出るものはいないと息子たちは聞いている。逆らってはいけない。

 母は再びたおやかな笑みを浮かべた。


「自業自得ですよ。いってらっしゃい」


 逆らってはいけない。母に包丁を握らせてはいけないのだから。

 第三王子は、大きく溜め息をついた。




 彼はランドール王国第三王子、ギリアン。今年十八歳になる彼は、黒髪に黒目の、実に容姿の整った青年だ。

 ギリアンには二人の兄がいる。

 王太子でもある第一王子は大変頭が切れ、現在は王が行う業務の半分を任されている。

 第二王子は武に優れ、剣の腕は国で一番と言われており、現在は軍の大将を勤め、ゆくゆくは元帥の地位を約束されている。

 そんな優秀な王子たちも、年の離れた弟には弱かった。幼い頃から愛らしかったギリアンは、兄と両親に非常に可愛がられた。そんな彼は、頭脳も剣術もそこそこ、兄たちと比べれば平凡であった。

 だが可愛がられたが故に、楽観的で自意識過剰に育ったギリアンは、それを情けないとも悔しいとも感じていない。愛されることが自分の才能だと信じていた。だって自分は女にモテる。皆が自分を好きだ。自分に靡かない女性は今までいなかった。そして彼は女性がとても好きだ。可愛いし良い匂いがする。

 そんなこんなで来るもの拒まず遊んでいる内に四股をかけてしまい、先程のような事態となってしまった。



 城を追い出されたギリアンは、あちこちを転々としていた。

 始めこそこの事態に苛立ちを感じていたギリアンだったが、彼は人に取り入る術をよく知っていた。

 行く先々で日雇いの仕事にありつき、そこそこ上手くやり、路銀を稼いだ。


 そして彼は、旅の間に聞いた話から、ある場所を目指すことにした。

 向かう先は百年前に滅んだ、地図からも名前が消されたある国。そこには、魔女に呪いをかけられ百年間眠り続けている、世にも美しい姫君がいるという。

 この話は大陸中でも有名なおとぎ話で、ギリアンも勿論知ってはいたが、旅先で、これは本当の話だと言われている国があった。その話の舞台は現在では廃墟となっている隣国だと言う。戦争でも内乱でもなく、突如全ての国民が消えたのだと。気味悪がって、周辺の国々は今でもその国には近づかない。

 そして興味本位や盗み目的で近づいた者達は、全員がひどく怯えた様子で帰ってきた。そして口を揃えてこう言うのだという。

「茨に殺されそうになった」と。


 だがギリアンが興味を引かれたのはそこではない。

 おとぎ話の中で、眠り続ける姫君を目覚めさせる、その方法だ。

 運命の王子との、愛のキス。

 小さな子どもでも知っている、定番の「呪いの解き方」だ。

 ギリアンだって本気でそれを信じているわけではないが、もし、もしも万が一それが本当で、自分が運命の王子だったなら。

 父王たちを見返せる。


「良いじゃないか。それほどの花嫁を連れ帰れば父上たちも何も言えないだろうし、…世にも美しい姫! きっと清楚で性格良いんだろうなあ」


 どうせ連れ帰るなら、誰にも文句を言わせないくらいに非の打ち所の無い女性でなければ。

 そしてギリアンには、女に関しては揺るぎない自信があった。

 王子で、顔がよくて、女に優しい。

 俺カンペキ、と本気で思っているギリアンだが、彼は二人の兄から「あいつ異常にポジティブでちょっと引くよな」と言われていることを知らない。


 そして女癖の悪い第三王子は、意気揚々と「忘れられた国」へと向かった。

   


「ここか」


 ギリアンは、廃墟と化した国、その中心にある石造りの城の前にいた。

 ここまで来るのは一苦労だった。呪いに阻まれたとかそういうことではなく、その国はかつてあった民家も道も、全て茨で覆われていたのだ。

 持っていた剣で道を切り開き、何とか城まで辿り着いた。一人の女性に会うためにここまで苦労するのは初めてだった。

 そして、異様にポジティブだが頭が悪いわけではない王子は、不審を感じていた。遺跡となってしまった国の跡は、文明の高さを窺わせた。このような国が、突如滅びることなどあるだろうか。そしてさらに不可解なのは、人間のいた痕跡がないということだ。家はある。人が暮らしていた痕跡はあるのに、そこで暮らしていた人々、百年経っているものの人骨くらいはあってもおかしくないはずだがそれがない。しかし、国から人々が逃げたという話は一切なかった。

 だが、それで怯むタラシ王子ではない。

 その辺の話は所詮お伽噺だと割り切ることにする。姫君のことも噂かもしれないが、それはそれで仕方がない。もし本当にいたら幸運だ。


 そんなことを考えながら、ギリアンはようやく城まで辿り着いた。

 城も茨に覆われていた。


「また茨か…」


 前向きな王子もさすがにうんざりしながらも、一度腰に納めた剣をもう一度抜こうとしたとき。

 驚くべきことが起きた。

 あれほど蔓延っていた茨が突然意思を持ったように動き出し、左右に分かれたのだ。ちょうど、ギリアン一人が通れる程度の幅で。

 ギリアンは呆然とその事態を見ていたが、そこは前向きな彼である。


「すっげえ! やっぱり俺が運命の王子かも!」


 そしてギリアンは、作られた道を歩き、誰もいない城の中へ入っていく。茨の道は、ギリアンを導くように一本道になっている。

 そしてギリアンが導かれたのは、城の西側にある高い塔だった。その塔に入り、長い長い螺旋階段を、息を切らせながら上りきり、小振りだが美しい模様が彫られている扉の前に辿り着いた。

 ギリアンは汗を拭って息を整えると、緊張しながらも、ゆっくりと扉を押し開いた。



 その部屋は、まるで今も使われているかのようにきれいに整えられていた。

 壁の明かりには火が灯され、温かみのある木で作られた机の上には、先程まで誰かがいたみたいに、本が開いた状態で置いてある。どこにも埃ひとつなく、却って異様さを物語っている。

 だが、ギリアンの視線はそんな不可解な部屋の様子よりも、ある一点に注がれていた。

 窓際にある寝台。机と同じように木で作られた、豪奢とは言い難い素朴な造りのその寝台に、少女が横たわっていた。ギリアンは、その少女から目が離せない。

 それはギリアンがこれまで出会った中で、誰よりも美しい少女だった。

 髪は真っ白で、百年かけて伸びたのだろうか、寝台を覆い床に付くくらいに長かった。閉じられた瞼を彩る睫毛も白い。肌は透き通るように白いが、頬は薔薇色。そして唇は若々しい果実のような淡い薄紅色。

 歳はお伽噺の通りなら十五歳のはずだ。まだあどけなさの残るその少女の顔を、ギリアンはそっと近づいて見つめる。

 姫君は、どんな目の色をしているのだろうか。どんな声で話すのだろう。知りたいと心から思う。

 ギリアンは壊れやすいものに触れるように、そうっと少女の顔にかかった髪をすく。女性に触れるのに、こんなに緊張するのは初めてだった。


「目を、覚ましてください」


 心からそう言い、ギリアンは白い姫君にそっと口付けた。

 ゆっくりと離れ、姫君の顔を見つめる。それは短い時間だったが、ギリアンには恐ろしく長く感じた。

 白い睫毛が震える。唇が僅かに開き、姫君は目を開けた。その瞳は、海の浅瀬のような水色だ。

 ギリアンが息を呑んで見つめる中、姫君は何度か瞬きをし、やがてギリアンの存在に気がついた。姫君の視線にギリアンの胸は高鳴るが、そこはタラシの意地で押し殺し、女性なら惹かれずにはいられない笑顔を浮かべた。


「初めまして。私は貴女の運命の王子」


 しかしギリアンは、最後まで言うことが出来なかった。左頬に衝撃を感じたと思ったら、気がつくと尻餅をついていた。

 何が起こったのかしばらく把握できず、呆然と寝台の上で起き上がった姫君を見つめた。

 ギリアンの頬を思いきりビンタした姫君は、驚くほど嫌そうな顔でギリアンを見下ろし、予想外の言葉を吐いた。


「近い! 離れろ変態!」


 その声は、ギリアンの想像通りに鈴がなるような愛らしい声だったが、言われた言葉が全く可愛くなかった。


 ポジティブな王子は、姫君を目覚めさせたことを後悔し始めていた。



こんな王子、どう思いますか?


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