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眠り姫と第三王子  作者: 山下ひよ
13/15

魔封じの王子


「ギリアン、今の話…」


 どこから聞いていたのだろう。

 王妃は、ギリアンに向かってにっこりと微笑んだ。


「ようこそ、王子様。あなたにも用があったの、丁度よかったわ」


 リリィの心臓が撥ねた。いったいギリアンに、何をするつもりだ。

 ギリアンは、警戒した様子で王妃を睨みつける。


「このまま放っておいても、まあリリィ・ベルが死ぬのは回避できないと思うのだけれど、邪魔な芽は摘んでおいた方がいいと思うのよ。だから、あなたを殺すわ」


 世間話のようにやんわりとそう言われ、ギリアンは眉根を寄せた。綺麗な女だが、リリィが泣きそうな顔をしている時点で、すでに敵として認識している。


「そう簡単には殺されないよ、ご婦人。それより、今の話はどういうことだ。…リリィ」


 最後は、リリィに向けられた言葉だ。ギリアンの真っ直ぐな目に耐えられず、リリィは目を背ける。

 そんな二人の様子を見ていた王妃は、くすりと笑って口を開いた。


「全て本当のことよ。あなたは呪いを完全に解くことはできなかったの。だから可哀想なリリィ・ベルはもうすぐ死ぬ。わかっていて、ここまで付いてくるのも健気よね」

「やめて!」


 リリィは蒼白になって王妃の言葉を遮る。だが、王妃は止まらない。


「王子様は騙せても、私は騙せなくてよ、リリィ・ベル。あなたは王子様が国に戻れるよう、婚約者として共に国に行き、そして死ぬ。愛する姫を失った傷心の王子様にはしばらく縁談も来ず、自由気ままな生活に戻れるということ。ふふ、随分大事にしているのね」

「違う!」


 リリィの否定の声は、しかし今にも泣き出しそうな悲鳴で、それが今の王妃の言葉を肯定したも同然だった。


「…リリィ」


 ギリアンに名前を呼ばれ、リリィは体を震わせる。両手で口元を押さえ、涙に濡れた目でギリアンに目をやる。

 ギリアンの胸が、裂けそうに痛んだ。

 いつからそんなことを考えていたのだろう。

 ずっと一緒にいたのに、彼女の何を見ていたのだろう。


「死ぬことがわかっていて、俺と一緒に来てくれたのか?」


 ギリアンのその言葉に、リリィはうつむく。その目から涙がこぼれた。それは、何よりの肯定だった。

 不意に王妃が、高らかな笑い声を上げた。


「まるでおままごとみたいな恋ね。だけどもう終わり。これで私も、せいせいするわ」


 王妃がギリアンに向かって指を刺した。その指先が光る。

 ギリアンが剣を抜く。だが、現在はほとんどない魔法を初めて目の当たりにし、動揺が見られる。


「っだめ!」


 リリィが守りの魔法を紡ごうとするが、間に合わない。王妃の手から、大きな光の塊が放出される。それが、ギリアンの剣にぶつかり、爆発した。


「ギリアン!」


 リリィの叫びが広場に響く。王妃は薄笑いを浮かべながら、煙が晴れるのを待つ。

 リリィは絶望に、その場に座り込んでしまった。涙がこぼれる。自分のせいで、ギリアンを巻き込んでしまった。

 だが煙が晴れたとき、そこには剣を手にしたままぽかんと立ち尽くしているギリアンがいた。


「…あれ?」


 間の抜けたギリアンの声が響く。王妃もリリィも、何が起きたかわからず、その状況を呆然と見つめていた。


「そんな馬鹿な! 今、当たったはずなのに」


 王妃が初めて動揺の声を上げた。ギリアンはとりあえず、剣にまとわりつく煙を振り払った。


「まさか、…魔封じ体質」


 リリィのその言葉に、王妃は目を瞠る。

 魔封じ体質とは、ごく稀に魔法によるあらゆる攻撃・治癒・呪詛の一切が聞かない体質のことである。もちろん本人も魔力はない。つまり、この場において、ギリアンが魔法の力により命を奪われることは有り得ない。

 既に魔法が廃れている現在、ギリアン自身も知らなかったのだろう。


「そんな、…魔封じ体質が、本当にいるなんて」


 王妃が動揺している隙に、リリィは地面に手をついた。恐るべき速さで魔法を組む。すると、王妃の足元が割れ、無数の茨が王妃の体を絡め取った。


「っリリィ・ベル!」


 王妃は憎憎しげにリリィを睨みつける。リリィは涙の跡が残る顔を苦しそうに歪め、王妃を睨みつける。


「もう、終わりにしよう」


 王妃は嫌だ、と叫んだ。だが、リリィの茨は王妃たち十二人の女たちの意識を飲み込もうとする。それは、とてつもない力だった。


「リリィ…! 馬鹿な子ね。これだけの力を使ったら、もうあなたの命は、尽きる」


 途切れ途切れにそう言った王妃に、リリィは初めて笑みを浮かべた。


「そうね。構わないわ。…あんたたちを道連れにできるなら」

「リリィ!」


 リリィの言葉を聞いたギリアンが、悲痛な叫び声を上げる。急いで駆け寄るが、止めるには遅すぎた。

 王妃の姿が、やつれた妙齢の女の姿に変わり、その体から十二人の女の残留思念が飛び出す。どれも悲鳴を上げながら、やがて空に溶けて消えた。

 女の体に絡みついた茨が消え、女が倒れる。そして同時に、リリィも糸の切れた人形のように倒れた。


「リリィ」


 ギリアンはリリィを抱きかかえる。顔にかかった白い髪を払い、何度も名前を呼ぶ。

 リリィの頬は驚くほど冷たかった。だがギリアンの必死の呼びかけに、わずかに目を開ける。白くなった唇が動き、何かを喋る。ギリアンは聞き逃すまいと、顔を近づける。


「…髪飾り、落としてきちゃった」


 囁くような声でそう言われ、ギリアンは泣きそうに顔を歪める。拾ってきた髪飾りを、必死でその手に握らせる。その感触に気がつき、リリィは胸元で髪飾りを握り締めて、安心したように溜息をついた。


「リリィ、しっかりしろ」

「ギリアン、…巻き込んで、ごめん。迎えに、来てくれて、ありがとう。私、来てくれたのが、ギリアンで、よかった」

「リリィ、そんなこと言うな。リリィ?」


 リリィの体から力が抜けた。まだ息はしている。だが、最早意識はなかった。

 ギリアンはリリィの体を、強く強く抱きしめた。


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