リリィの葛藤
今回はかなり短めです。
部屋を出たリリィは、廊下の端まで歩き、握り締めた髪飾りを改めてじっと見つめた。
どうしてこんなものをくれるんだろう。自分は、あんなに嫌な態度を取ったのに。
自分の目の色と同じ石を選んでくれた。細工も地味で確かに安物なのだろうが、ギリアンは、リリィがこれをもらってどれだけ嬉しいかなど、きっとわからないのだろう。なぜなら彼にとっては、城に戻れさえすれば、結婚相手は自分でなくてもいいのだ。
引き起こされた呪いにより、この世界で体は眠りにつき、魂は他の世界で生を受けた。
宮田ゆりとして生き、健やかに成長し、たくさんの人に出会って幸せに暮らしていた。
リリィ・ベル・グレイスだったことなどすっかり忘れて。
あの世界での運命の相手は、京介だった。
彼と結ばれれば、リリィとしての記憶はないまま、あの世界で一生を過ごすことになったのだろう。
だが、そうなる前にこちらの世界で百年が経ち、時間切れとなった。
宮田ゆりは運命の相手と結ばれず、呪いから開放されないままに、リリィに戻ってしまった。
そして、何故か京介と同じ顔をしたギリアン・ランドールにより、目を覚ますことになった。
彼が、リリィの運命の王子。
だけど彼はきっと、自分を好きにはならない。
ギリアンが知りもしない京介のことで彼を責めて、ひどい態度を取った。
こんな性格が悪くて愛想のない女に優しくするほど、彼は寛容ではない。
嫌われるのが怖い。だったら初めから、嫌われるようなことをしていればいい。そうすれば、嫌われても「やっぱり」だから、傷つかなくて済む。
なのに、どうして彼は、こんなものをくれるんだろう。
「何て顔をしているの、リリィ・ベル」
突然かけられた声に、リリィはびくりと体を震わせる。この、声は。
振り向くと、数歩先に女が立っていた。前に鏡越しで見た、大嫌いな女。
「王妃…!」
王妃と呼ばれた女は、赤い唇を笑みの形に歪めた。
「遅いな…」
しばらく部屋で荷物の片付けをしていたギリアンだったが、なかなか戻らないリリィが心配になってきた。
部屋を出てからの足音からして、廊下にいるであろうことはわかっていたのだが、意地を張って戻りにくくなっているのだろうか。
そうっと扉を開けて廊下を見る。だが、そこにリリィの姿はなかった。
「リリィ?」
気付かない内に階下に下りたのだろうか。だが、気を配っていたがそんな気配はなかった。
ブーツを履き廊下に出てリリィを探そうとしたそのとき、廊下の端に光るものを見つけた。まさか、と思い駆け寄って拾い上げると、それはギリアンが先程渡した髪飾りだった。
ギリアンは蒼白になる。リリィの身に、何か起こったのだろうか。
ギリアンは部屋に戻って上着と剣を取ると、宿を飛び出した。