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Loser Crying  作者: 負け犬
9/10

幼女趣味と弛緩主義 01

 ショタコンの弟子はロリコンかよ、という心中のツッコミ虚しく、ルイスさんは僕の新しい顔をいたく気に入った様だった。

 僕を先程まで自分が立っていた椅子に座らせ、右や左や僕の周りをぐるぐる回っている。まるでお気に入りの獲物を獲った猫の様だ。


「服、買いに行きましょうか」


 かつりと高い靴音を鳴らし、僕の正面で停止したルイスさんは、ぽん、と拳を掌に打ち付けた。

 ……こんな仕草をする人だったのか。

 はあ、と生返事をすればじい、と顔をまた見つめられ、またぐるぐると僕の周りを回り始めた。そろそろバターになってもおかしくないのではないだろうか。

 あのう、と声を上げれば、赤い目とかち合う。なんですか、と言外に目で言うルイスさんに、そろそろ気恥ずかしいです、と言えば、少し瞠目した後これは失礼、と一歩距離を置かれた。そう言う意味ではないのだが。それに、顔がこれになった瞬間対応が格段に良くなった。結局は顔か。

 ため息をつきたくなる衝動を堪え、意味もなく自分の手を見つめる。まっさらな手だが、形は幼いながらも男のものだ。

 ふと、肩にかけられているコートを思い出す。何も言わずににルイスさんがかけてくれたのだが、そういう女性に対する礼儀は僕には通用しない。コートを肩から取り、未だにバターまでの道を進み続けているルイスさんに返す。それでもうこのやり取りはおしまいと言外に伝えながら椅子から立ち上がった。

 コートを受け取ったルイスさんは一瞬無表情のまま固まったが、すぐに意図を察したのか、少しだけ肩を落とした。

 無言のまま返した黒いファー付きのコートに腕を通したルイスさんは、物静かな表情に戻り、僕に向き直る。その黒いコートは僕よりもルイスさんの方が居心地が良さそうだった。


「失礼しました。服を買いに行きましょうか」


 そういったルイスさんは紳士然とした格好のまま僕の目をまっすぐ見て言った。やっぱり僕を女性扱いしているようだ。少しばかり不満がたまる。

 マダムが背後から「お勘定はいつものでお願い」と言った。言わずもがな、僕ではなくルイスさんに対しての言葉だ。今更ながら、お金がいることを失念していた。マリアを借金の肩代わりにしたとは言え、僕は本来億単位の借金を背負っているんだ。更にお金を借りるなんてそんな図太い神経は持ち合わせていない。


「あの、代金……」

「貴方は気にしなくてもいいですよ。貴方だと払えないものを彼女はご所望なので」


 どこからともなく取り出した煙草に火をつけながらルイスさんが言った。僕だと払えないとは言うが、そんなものを払わなくてはならないほど高額な手術だったのだろうか。

 紫煙の香りが鼻腔をくすぐり、ルイスさんの口から煙が吐き出される。その一連の動作を終え、ルイスさんは煙草を持ったまま僕らが入ってきたドアへと近づく。思い出されるのは、あの底知れない闇。ルイスさんの後を追い、疑心暗鬼のまま黒い背中越しにドアを見つめる。

 銀メッキの取っ手に黒い手袋の手がかかり、ドアが開け放される。

 途端、差し込んだ光に思わず目を細めた。


 そこは大通りだった。

 様々な会話、雑踏、色、人が行き交う大通りだった。

 ドアを抑え、僕を待つルイスさんが静かに手で外に出るように促す。それを見て我に帰り、外に出ると、大通り特有の色んなものが混ざった匂いがした。背の高いアパートに、様々なものが飾られる無数のショーウィンドウ、少し手狭に見える青空には白い鳩が群れをなして飛んでいる。

 呆然としていると、背後でからん、とベルの音がした。

 振り返れば、ルイスさんがドアを閉めたところだった。ドアにベルなんか付いていなかったのに、とドアを凝視すれば、ルイスさんは煙草を口に咥え直しながら手袋もはめ直していた。


「さ、行きましょうか」


 茶色い革の旅行鞄を持ち、ルイスさんが言った。

 剣呑な雰囲気はとっくに霧散していた。


ーーーーーー


「ありがとうございましたー!」


 死ぬかと思った。

 明るい店員さんの声を背中に受けながら、疲弊しきった足でふらふらと歩く。その横で何食わぬ顔で両手に数個紙袋を持ち、心なしか肌ツヤが良くなっているルイスさん。

 お気づきかとは思うが、僕は彼に店で散々着せ替え人形にされたのだ。あれがいいか、これがいいか、と服を取っ替え引っ替え。それも、例外なく全て女性物だったのだ。しかも少女が着るようなメルヘンチックなものばかり。

 ルイスさんと店員さんの見事な手腕により、借り物の服は剥ぎ取られ、今は簡素だが凝った刺繍が施されている青いワンピースを着ている。不思議の国に迷い込んだ哀れなアリスの気分だ。

 今日は昨日を思えば皮肉なほどに天気が良く、同時に暑かった。あの手術で汗腺も復活したのか、たらりと額から汗が垂れる。少し驚いた。目を見開きながら汗を拭う僕をどう思ったのか、ルイスさんが木陰のベンチを指して休憩しましょうか、と声を上げた。気遣いまで完璧だ。

 半目になりつつ、お言葉に甘えてベンチに座ろうとすれば、肩に手を置かれやんわりと止められた。なんだ、とルイスさんの顔を見上げれば、ポケットから出した布、ハンカチを片手で器用に広げ、ベンチに広げてから、「どうぞ」と一言。

 鳥肌がたった。

 冗談無しで本気で鳥肌がたった。ついでに言うとめまいもある。もっと言えば吐き気もした。

 あの汚物を見るような冷ややか且つ侮蔑的な目線が一転、非常に柔らかく、愛護対象に向けるような目なのだ。鳥肌も立つし、人間の見てはいけない一面を見たような気がする。

 確実に引きつった顔のまま無理やり笑顔を浮かべて礼を言えば、そこに出ている屋台のアイスクリームを買ってくる、と返された。着々と貢がれている。これはまずい。

 ルイスさんが荷物を抱えたまま屋台に行った後、そっとハンカチを取り、畳んで横に置いておいた。流石に悪いし、僕が男だということが露呈したら酷い目に会いそうだ。

 そういえば、とふと思い出す。

 僕の火傷に薬を塗ったと彼は言っていたが、その時に僕の体を見たはずではないのだろうか。もしそうだとすれば、彼は何故尚も僕にあんなにデレデレなのだろうか。

 ベンチの上でうんうん唸りながら考えていると、背後でぱっとクラクションが鳴った。

 何事かと振り返れば、そこに留まっているのは一台の大きな車。確か中々の高級車だった気がする。

 運転席の窓が下にするすると吸い込まれて行き、運転手の顔がひょっこりと窓から出て来た。軽薄そうな見た目をしている青年である。


「やあ彼女! おれとお茶しない?」


 にこ、と花が咲くような笑顔で言い放った青年に、一瞬硬直した。

 目元は前髪に隠れていて見えにくいが、確かな鈍い赤い色が見え隠れしている。髪は金色だが、どこか偽物っぽく、つむじ付近が黒くなっている。まるでプリンだ。快活そうな笑みを浮かべる口元は鋭い犬歯が見えており、どこか犬を彷彿とさせる。

 にこにこと笑う青年に妙な既視感を覚えつつも、また無理やり笑顔を作って口を開く。


「すみません、一緒に来てる方がいて……」

「えー、いいじゃん! それなら三人で遊ぼーよー」


 あははー、と少しばかり気の抜けた笑い声をかけられる。間違いない。チャラ男だ。

 えー、でもー、と笑顔を貼り付けたまま渋り続ける。ここはもうルイスさんに頼るしかない。逃げたとしてもここは車道に沿った道しかない。車で横を並走されるかもしれないし、この場を離れるのは地の利のない自分にとってあまりいい手とは思えない。今はもう邪神(ルイスさん)にでも縋りたい気分だ。

 うふふー、あははー、とのらりくらい躱していると、声をかけられた。ルイスさんの声だ。

 良かった、と思って振り返るとルイスさんはいつになく無表情でそこに立っていた。両手に持ったカラフルなアイスがなんだかアンバランスだ。


「何やってんですか」


 不快そうに低い声で言ったルイスさんの目は、車のチャラ男に向けられている。頭の中を一瞬にしてまるで西部劇の乙女のようなシチュエーションが駆け巡った。私にために争わないで、って奴だ。

 しかし、そんな自意識過剰とも言える懸念はすぐに消え去った。


「いいじゃんルイスのケチんぼー。ちょこっとちょっかいかけただけでそんなに目くじら立てないでよー」


 知り合い、なのか? 随分と砕けた態度で二人は会話を始める。


「ちょっとのちょっかいがナンパですか。ほとほと呆れますね」

「そんなこと言ったってルイスも無理やりその子を連れ出してデートなんてさー。下手したら通報もんじゃん。このロリコーン」

「喧しい。全身弛緩男の癖に」


 眉間に凄まじいシワを寄せているルイスさんからアイスを受け取る。目線と言葉はチャラ男に向いていてもアイスを手渡す手は嫌に丁寧だった。

 現実逃避も兼ねてぺろぺろとアイスクリームを舐めていると、徐にルイスさんがチャラ男の車の後部座席に手に持っていた荷物を積み始めた。その間もぶつくさと文句を言うルイスさんと、それをのらりくらりと躱すチャラ男のやりとりは続く。


「ああ、もう。煩い口だ」


 ルイスさんがとうとう物理的にチャラ男の口を塞いだ。もが、と声を上げてチャラ男は半強制的にカラフルなアイスをもぐもぐしている。自分用に買ったであろうアイスはただの猿轡と成り果てたらしい。

 そろそろアイスも食べきり、コーンをぽりぽりと頬張っていると、後部座席のドアの前を空けられ、綺麗に整頓された荷物が顔をのぞかせながらルイスさんが手を横に滑らせた。


「どうぞ」


 思わずコーンを丸呑みにした。

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