死刑囚と犯罪者 03
ずるずると無遠慮に引きずられて、ベッドにこれまた乱暴に落とされる。お世辞にも柔らかいとは言えないマットレスに叩きつけられ、またもや肺が空気を全て吐き出す。
咳き込みながら悶えていると、男はベッドの脇に置いてあった年季の入った木製の椅子を引き寄せ、それに座った。
「あー、貴方の話が本当だと仮定するならば、少々面倒くさい話になるのですが……。取り敢えず、貴方の父が本当に私の師匠なのか、証拠を提示できますか?」
淡々と鉄面皮のまま言葉を紡いだその男は、徐に羊皮紙を纏めたメモ帳と、万年筆を差し出して僕を見つめた。筆談をしろということだろう。
苦しい中で、万年筆とメモ帳を受け取り、必死に頭を巡らせる。何をどう言ったらこの疑り深そうな男を納得させられるか。かろうじて動く表情筋を使い、眉間に皺を寄せて考え込む。
ふと、思いついた物があった。下手をすれば父の名誉に関わるが、弟子というのが本当ならば知っていて当然の事象であろう。
『僕の父さんは重度のショタコンでした』
「…………」
『夜中に自作の人形に向かって、延々と話しかけていたのを見たことがありました。その上、口癖も
可愛い男の子が天使なら迷わず死を選ぶね
でした』
「よおく分かりました。貴方は私の師匠の息子ですね色々酷いことしてすみませんでした」
後半を早口で捲し立てたその青年は、考える事を放棄したかの様に背凭れにその体を預け、足を組んで溜息を吐いた。なんだかひしひしと苦労の気配が伝わってくる。もしかしたら父に弟子入りしていた時はまだ幼かったのかもしれない。ショタコンだから色々迷惑かけられたのだろう。
「ああ、そうでした。私の名前は『ルイス』。さっきから散々言ってますけど、貴方の父親の弟子です。貴方の名をお聞きしても?」
『レオ』
「レオですね。記憶しました。しかしまあ、あの師匠がガキをこさえてるなんて、俄かには信じがたい話ですねぇ……」
眉間に皺を寄せ難しい顔をした男、ルイスは右手を自分の膝の上において指を順番に動かしている。何かを考えている様だ。
先程からこの男が父さんのことを師匠と呼んでいるという事は、この人も人形師なのか。あんな辺境の村に住む父に弟子入りするなど、よっぽどの物好きなのだろうか。
そういえば、さっき父さんのことを『マドール技師』だとか言っていた様な。最近では人形師の事をそう言うのだろうか。
「それにしても、何故子供の貴方が師匠の大事なマリアを持ってるんです?」
震えながら持っていた万年筆を取り落とした。
途端に、力が抜けたのだ。何故僕がマリアを、父の形見を持っているのか。それは、至極単純で、至極残酷な、
「いえが、やかれ、ました」
瞼を閉じ、あの光景を思い出す。
柔らかい日を通していた窓ガラスは砕け、木で出来た温かみのある家は焼け落ち、そして、瓦礫の下敷きになって痛みに耐えながら手を伸ばした、誰かの足元に蹲る父さんの姿。
「あ、ぁあ、あづい……あ"つい……!!」
突如、燃え上がるような熱さが体を襲う。火が、家の木ごと僕を包み込み、じわり、じわりと嬲るように、焼いて、焼いて。あの日は確か満月だった。お陰で夜でも外がよく見えた。父さんの白髪混じりの金髪が、火に照らされて、赤に濡れて、ああ、そうだ。騎士だ。顔の見えない騎士がいた。そいつが家を焼いたんだ。痛い。すごく痛い。あつい、あつい、あついあついあついあついあつい!!
ばしゃりと、急に冷たいものを掛けられた感覚。途端に熱さが引いていく。息が弾み、焼けただれた指は濡れたシーツを掴んでいた。
「取り敢えず落ち着きなさい。私が貴方のトラウマを無遠慮に突いたみたいじゃないですか」
ぽた、と雫が滴る手を翳しながら、その青年は面倒臭そうに顔を僅かにしかめた。
その男がスッと手を下ろすと張り付くシーツも、冷たく重くなった包帯も、全て何事も無かったかのように消え失せる。まるで夢でも見ていたかのようだ。
無論、固く握り締めてシワだらけになってしまったメモ帳も濡れてなどいなかった。
見開いた目玉だけをその男に向けると、それは右手で狐の形を作る。そして、
「がお」
その一言とともに、形容しがたい叫び声をあげ、その男の右手が凶悪な獣へと変貌した。そんな状態でも、男は平然と無表情を崩さない。僕は驚いて、あげる声も無く思わずベッドからずり落ちそうになる。
「マドール」
男の声が聞こえた瞬間その獣がさっきの水のように消え失せた。男の右手は、先程も見た黒い手袋が嵌められたなんの変哲も無い手である。
「マドールとは、主に人形を媒介として『悪魔』を降ろし、その人智を超えた力を己が気に入った人間に与えると言われている、世界共通の禁止兵器です」
淡々と、その男ルイスは、傍に置いてある重厚そうな旅行鞄から一体の人形を取り出した。
ふわりとした茶髪に、ピンク色の可愛らしいリボンを頭に括り付け、紺色のドレスに身を包んだ、愛らしい少女の人形。
そして何よりも目を引いたのはキラキラと、宝石の様に淡く輝く紫色の瞳だった。
「この子の名前はキャシー。とても人懐っこい子でして、沢山の人の力になりたがります。この子の持つ力は『幻』、先程のものは全てこの子の力です」
くるり、とその人形はその場でルイスさんの手の元一回転し、ぺこりとお辞儀をした。糸でも繋がってるのだろうか?
「はじめまして、ちいさなぼうや」
僕はとうとうベッドから落っこちた。