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Loser Crying  作者: 負け犬
3/10

死刑囚と犯罪者 02

「ーーーあれ?」


 目が覚めた。

 声が滞りなく出た。

 目前には木の天井。

 起き上がると、包帯に覆われていないまっさらな手があった。

 ベッドも、窓も、そこから見える景色も、故郷のそれとなんら変わりない。

 ベッドから降りて、タンスを開けると部屋の外から変な臭いがして、慌てて飛び出るとキッチンで困った様に頭を掻いているお父さんがいて、僕が起きて来たのに気付いて、『おはよう』と苦笑しながら言った。

 普通の、いつもの、朝が……。


『あら、そうかしら』


 突如、聞こえて来た声に振り向く。


『本当に、そうなのかしら』


 そこにいたのはーー


ーーーーーー


「ーーーッ!」


 目が覚めた。

 声が相変わらずでない。

 石造りの冷たそうな天井が見える。

 体が痛くて、起き上がれない。

 なんだかとても嫌な夢を見た気がする。汗腺も潰れてしまっているからか、汗は出ていないがどうしても冷や汗が出ている様な気もする。


「あ、起きましたか」


 にゅ、と視界に誰かが割り込んで来た。

 黒髪に人形の様に奇妙なまでに整った顔をした青年。何処か、触れれば凍ってしまう様な無機質な冷たさがある。

しかし、僕が目を奪われたのは顔ではなく、その瞳だった。

 赤い、赤い色。あの、影の目だ。

 一瞬でも痛みを忘れてしまう様な恐ろしさが、その目を見た瞬間僕を襲う。反射的に起き上がろうとして、鋭い痛みが全身に走ってベッドに逆戻りした。

 声も出せないから、その人を凝視するしかない。


「ああ、起き上がらない方が良いですよ。勝手ながら包帯も変えさせていただきましたし、その時に薬も塗ったのでまだ染みるはずです」


 淡々と、あの怒りに満ちた声ではなく、ただ只管に淡々と投げかけられた機械的な声に、本当にあの恐怖の人だったのか疑わしい。

 不意に、視界から男がいなくなる。

 一度起き上がったのが響いたのか、首も動かせない為眼球だけでその姿を追う。

 中途半端に伸びた髪を一纏めにした後頭部と、細身なその背中は、何かをごそごそと作業しつつ声を出した。


「本当なら高給重労働所に放り込んで一生搾取し続けようかと思ったのですが、貴方が持ってた『コレ』。少々見覚えがありましてね」


 そう言いながらくるりと振り返り、再び僕の視界に自ら入り込んで来て、自分の顔にある物を持って来た。

 それを見た瞬間、僕は目を丸くした。


「マドール技師、ジオルドの最高傑作にしてプロトタイプ『マリア』。……何故貴方がこれを?」


 それは人形である。静かな、静かな湖畔の様な微笑みを湛えた貴婦人の人形である。

 それは、大事な。


「か、え、し、て……」

「……なんだ、喋れるんですね。これは貴方のものではなく、ジオルド、私の師の物です。もう一度問います。何故貴方がこれを?」

「かえ、し、て……!」

「……話になりませんね」


 呆れた顔をしたその男は、また僕の視界から外れた。

 動かない体を痛みが走るのを無視して無理に起き上がろうとする。身体中が嫌な音を立てているのが分かった。

 こちらに背を向けて何かをしているその男まで数歩、蹌踉めく足で近付いた。


「かえして、くだ、さい……!」

「! ちょっと……!」


 男の背中に追いすがる様にしがみつく。男がバランスを崩しそうになり、机に手をついたのかバンッという大きな音が響いた。包帯まみれの痛む身体のまま、男にのしかかる。


「だいじな、ものなんです……!」

「そりゃあ大事でしょうねっ! 天才の『最高傑作』なんですから!!」

「ちがう……! それは、とうさんの……!」


「…………え?」


 素っ頓狂な低い声が聞こえたと思えば、次の瞬間に僕は薄っすら埃が溜まった床に勢いよく叩きつけられていた。肺が一瞬潰れたような錯覚を覚え、ひりつく喉で咳を吐き出す。全身を痛みに耐える為に丸め、その耐えている鈍痛に目をきつく瞑る。

 恐らく男が僕を床に叩きつけたのだ。


「あー……、痛そうなところ悪いんですけど私の耳がラリってなければ今『とうさん』って言いました?」


 薄い膜に包まれたように不明瞭に聞こえる声に、荒い息もそのままに何度もコクコクと頷いた。

 それを見てか、青年は「あー……」と零して黒い手袋に包まれた手を顎にあて、何か考えている体だった。実に難しそうな顔をしている。


「……あの朴念仁が……? 女どころかガキまで……」


 身体中がひりつく様に痛む中、胡乱げに僕を見つめる赤い瞳。ゆらゆらと涙か何かで視界が揺れだした。男のシルエットがぐにゃりと歪む。

 その様子を見て取ったのか、男は徐に手袋を脱ぎながらしゃがみこみ、僕の額に手を当てた。第一印象を裏切らないひんやりとした無機質な冷たさが心地良い。熱でもあったのだろうか。


「…………取り敢えずはベッドにとんぼ返りですね」


 呆れた顔がため息を吐いた。

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