死刑囚と犯罪者 01
「ーーえ、ねえ……、ちょっと……」
ぼんやりと、まるで水中に潜っているかのような声が聞こえる。
「起きてーー、ねえ、……い」
薄っすらとした心地良さに、その声に応える事が出来ない。
「ーーの……。起きろクソガキィ!」
ガツン! と鈍い音が響いた。同時にぐわんぐわんと揺れる脳みそ。重い鈍痛に飛び起きて、目を白黒させる。同時に胸に抱えていた包みが滑り落ちるのを感じ取り、慌てて拾い上げる。小さく包みを開けて中の物が壊れていないか確認し、どこも壊れていない事がわかった瞬間、体の力が抜ける。
その時、カッ、と光った空に、誰かの影が僕に降りかかっているのが分かった。恐る恐る顔を上げると、誰かが立っている。
黒い影の様な、人の形をしている様な。そんな姿にぽっかりと、人間ならば目に当たる場所に浮かんだ赤色のガラス玉。意識を失う前にぼんやりと見えたそれだと思い出した。
「起きたかクソガキ……」
急に、地を這う様なおどろおどろしい声で話しかけられた。思わず肩が跳ねる。
だんだん暗闇に目が慣れ、ガラス玉だと思っていた物は人間の瞳である事が分かった。振り続ける雨故か、深く被られたフードの下から覗き見るそれは、何やら怒りに満ち満ちていた。わなわなと肩を震わせ、歪なシルエットから手に何かを持っている事が分かった。
再び空が光り、その手に持っているものが露わになる。ーー首。
長い髪が垂れ下がった赤ん坊くらいの大きさの首だった。ひゅっ、と喉が変な音を立てた。まさか……人殺し……!?
軽くパニックを起こしそうになると、ぐい、と赤い目が僕の顔に近付いた。
「お前が落ちて来てくれたお陰で、私の商品が真ん中からボッキリなんだよ」
静かで、でも確実に憤怒を湛えたその声色で、僕の前にその手に持っていた物を掲げる。
それは人形だった。
非常に精巧に作られた、美しい少女の顔。薄桃色に染まったふっくらとした頬に、今にも瞬きをしそうな美しい双眼、愛らしくぷっくりとした唇と、軽くウェーブのかかったブロンドの髪。
一目見ただけで一級品である事が容易に想像できるこの人形は、人影の言う通り、胴から下がぼっきり折れて無くなっていた。さっき僕が首だと思っていたのは、どうやらこの人形の様だった。
そしてどうやらこの人はその人形が壊れて大層ご立腹で、その怒りは僕に向けられているようである。
思わず胸に抱えた大事なものを抱え直した。
「これ、オークションに出したら億は下らない代物なんですけど、どうしてくれるんですかぁ?」
億は下らない、その言葉に包帯の下の目を丸くする。一級品だとは思っていたが、まさかそんな値のするものなんて……! とても弁償できる額じゃない。
ごめんなさい、と声を紡ごうとしたら、喉に何かが引っかかった様に声が出ない。途端に思い出したヒリヒリとする痛み。自分が火傷をしたと言うことを完全に忘れていた。声が出ず、変な音が喉から鳴る。
「ちょっと、聞いてるんですか?」
聞いてるけど答えられないのですよ! とも言えず、だんだん息が荒くなり、目の前がぼやけ出す。胸に抱えた物がずるりと滑り落ちるのを夢見心地に感じて、はっきりしない頭と手探りで探し当て、もう一度胸に抱え直す。
「! それは」
黒い影が僕の胸に抱えたものを見て、驚いた様な声を出した。
しかし、だんだん増大していく火傷の痛みに耐えきれず、また意識が遠のいて行った。